僕の人生には事件が起きない
2019/03/08

野球嫌いのハライチ岩井が落合福嗣と神宮球場に行って楽しんだ話

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お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による初めての連載エッセイ。お笑いのこと、ラジオのこと、アニメのこと、この世界のこと……独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「野球観戦」です。

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第13回「野球観戦」


イラスト:岩井勇気(ハライチ)

 僕はスポーツ観戦に興味がない。幼稚園から高校までサッカーをやっていたのだが、サッカーですら観戦することには興味がないのだ。

 人を応援することに興味がないのかもしれない。知り合いでもない人と知り合いでもない人が勝負しているのを見て沸き立つ気持ちが僕にはない。スポーツ観戦好きから批判を受けようが、そんなものは知らない。とにかく興味がないのだ。どうしようもない。僕は勝負事には自分が参加していないと楽しめない人間なのだ。

 そんな僕が最も冷ややかな目で見ているのが野球だ。そもそも僕の父親はサッカーのコーチをやっていたので幼少期からサッカー漬けの毎日で野球を一切経験してきていない。父親とキャッチボールではなくサッカーボールを蹴り合っていたので、野球に関してはルールすらよくわかっていない。

 野球好きな人は熱量の押し付けがすごい。と、よく思う。当たり前のように選手の名前を日常会話に入れてくる。織田信長と言うかのごとく選手の名前をサラっと言われると「この人はパラレルワールドの住人なんだ」と思う。自分の応援しているチームが優勝した時には「一緒に喜ぼうよ!」という雰囲気が体中から出ている。それをどんなに指摘しようがパラレルワールドを生きているのでこっちの世界の常識は通用しない。「そんなことも知らないの? 日本人なのに」という非国民扱いを受けるのがオチだ。これが僕を野球から遠ざけている理由のひとつでもある。

「国民的スポーツ」という言葉がある。しかし、実際はというとスポーツ観戦をしている国民のほうが今はマイノリティではないか。大概ルールもちゃんと理解していないスポーツの結果をニュースで見る程度だ。だからイケメンや可愛い選手が現れた時には特別話題になる。多くの人がちゃんと見ていないし、そもそもそのスポーツのことをよくわかっていないので、食いつくポイントがその程度のところしかないのだ。なので恐らくスポーツ観戦をしていないほうが“国民的”だ。そして“国民的”という、さも常識であるかのようなイメージを押し付ける表現は怖い。

 さらに、僕が野球観戦をしない理由は野球場にもある。野球場ではお酒が売られていて多くの観客が酒気を帯びている。その上、敵のチームのファンも同じ会場にいるので若干殺気立っている。酔っていても理性のきく人ばかりではないし、普段より気が大きくなっている人も多い。大声で野次も飛び交う。野球場に限らずそんな空間が嫌いだ。毎回そうではないという意見があるかもしれないが、行った回がそうではない保証だってない。そんな訳で僕は野球観戦をしたことがなかった。

 しかし、先日ある番組で落合福嗣さんと一緒になった。落合福嗣さんは中日ドラゴンズの落合博満元監督の息子だ。仲良くなり連絡先を交換すると、「今度野球観戦しに行きましょうよ!」と誘われた。スポーツ観戦に興味はないが、初の野球観戦が落合監督の息子と一緒ということには興味があった。「行きましょう」と返事をして後日、福嗣さんと番組スタッフの女性(40代)も含め、3人で神宮球場に野球観戦をしに行くことになった。

 その日はヤクルトスワローズ対中日ドラゴンズの試合だった。神宮球場で待っていると、福嗣さんと女性スタッフが来た。チケットを買い、野球観戦の世界に飛び込むためビールも買った。球場内に入り席に着くと、野球場では試合前に球団のマスコットキャラクターやチアガールがダンスのショーをしている。試合開始までの時間も楽しませてくれるという気配りに感心した。

 野球場を見渡して、福嗣さんが「そろそろシーズン終わるんで人多いですね~」と言ったので、僕は「そうですね~」と一応相槌をうち「……シーズンってなんですか?」と聞いた。僕の野球の知識などそのレベルだ。聞くと、どうやら6球団で予選をする期間のことらしい、予選がそろそろ終盤なので客が多いということなのだ。その後、セ・リーグとパ・リーグとは何か……など、基礎的な説明を受けた。この程度の野球の説明を落合監督の息子に直々にしてもらう。そんな贅沢な使い方はないのだろう。説明を聞きながら少し申し訳なくなった。

 そして試合が始まる。なんとなく、一応僕と女性スタッフがスワローズ、福嗣さんがドラゴンズを応援することに決めた。

 その日、なんとスワローズの先発投手は初先発の新人投手だった。初めて観に行った野球の試合で、初先発の新人投手が投げている。なにかの縁を感じその選手に注目しながら応援することにした。

 新人投手は1回、2回と順調に0点で抑える。3回も0点に抑えた時には「いいぞ、いいぞ」といつの間にか僕も前のめりで応援してしまっていた。しかし4回、ドラゴンズの外国人選手にホームランを打たれ、そこから調子を崩して4回だけで5点入れられてしまう。「まずい……」と思ったのもつかの間、新人投手は次の投手に代えられてしまうのだった。

 応援していた新人投手とチームの悲劇に、僕もスワローズファンも少しテンションが下がった。しかしその矢先の6回、スワローズに連続ホームランが出て、5点を入れ返したのだ。球場は大盛り上がり、あまりの面白い展開に僕らも席を立って盛り上がる。その時、事件は起きた。

 立ち上がって応援していた女性スタッフがバランスを崩し、おつまみとして買っていた皿の上のソーセージの盛り合わせを前の席にぶちまけたのだ。前の席には若いサラリーマンの3人組が座っていて、運悪くサラリーマンの1人の白いワイシャツにソーセージの油とマスタードがベットリとついてしまった。サラリーマンは突然の出来事に「うわぁぁあああっ!」と絶叫。女性スタッフは「すいませんすいません!」と謝りながらも、慌ててバッグから海外製のシミ抜き用のスプレーを取り出してサラリーマンのワイシャツにかけ出した。しかし得体の知れない液体をかけられたサラリーマンは「ちょっと待ってください! これ大丈夫なやつですか!?」と叫びながら恐怖に震え、その場は混沌とした。

 その後、ハンカチで一生懸命叩いているとだんだんとシミは落ちて目立たないくらいになった。人のいいサラリーマンは「あ、ありがとうございます」とハンカチでしばらく叩いていた女性スタッフに言った。僕は「ありがとうございます」だけは絶対に違うだろ、と思った。シミを落としてもらったとはいえ、そもそもシミをつけられているのだ。混沌の末、立場が逆転するという現象が起こっていた。

 試合はスワローズの1点リードで終了し、6対5で勝利。初の野球観戦はすごい攻防戦を繰り広げ、応援したチームの勝利で終わった。興味の無かったスポーツ観戦も、球場側の楽しませ方、周りの雰囲気に押され、最終的に僕は結構楽しんでいたのだ。

 3人で野球場を出ると、球場の外で対立するチームのファンらしきおじさん2人が酔って喧嘩をしているのが遠巻きに見えた。

 「野球好きへのイメージは拭いきれないが、野球観戦にはまた行きそうだな」

 おじさん2人の怒号を背中で聞きながら、僕はそう思った。

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次回の更新予定日は2019年3月22日(金)です。

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