僕の人生には事件が起きない
2019/09/19

怪談好きのハライチ岩井が恐怖に震えたタクシー乗車中の怪談話

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お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による初めての連載エッセイ。お笑いのこと、ラジオのこと、アニメのこと、この世界のこと……独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「怪談」です。

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第15回「怪談」


イラスト:岩井勇気(ハライチ)

 目に見えないものをあまり信じていない。超常現象やオーラや占い、ましてや幽霊の類などはまず信じていない。僕の家は墓場の真横にあるが、それで何かを感じたりしたことはないし、怖いと思ったことも一度もない。

 しかし、僕は怪談というものはかなり好きである。実際に自分が霊体験をしたことがなくても、その人の話が上手いと思わずゾッとしてしまうからだ。墓場の横の家で、夜中、墓場の方を見ながら動画サイトなどで怪談を聴いていると、そこそこ怖い思いをすることができる。まるで“怖い”という感情がわからない悲しき怪物のような行いではあるが、一人暮らしの暇な夜は怪談を聴きながら寝るのが割と好きで、快眠音楽とは真逆だがそれでぐっすり眠れる事もある。

 ある日、インターネットで怖い話を検索していると、東京都内に『怪談バー』なる飲み屋があるという情報が出てきた。どうやらお酒を飲みながら怪談を聞けるバーらしい。怪談好きな僕は、翌週、早速友達を2人連れてその店に行ってみることにした。

 怪談バーは割と都内の中心地にあったので行きやすく、調べた住所に到着すると、そこにあるのは古びた雑居ビルだった。怪談バーはそのビルの地下1階の一画にある。外観から真っ黒で、怪しげな雰囲気を放っていた。期待しながら店に入ると、中はお化け屋敷のような内装で、カウンターといくつかのテーブル席があり、店の一番奥の小さなステージに椅子が1つ置いてある。期待して良さそうだ。僕らはテーブル席に座り、各々お酒を頼んだ。注文を取りに来た店員にこの店のことを聞くと、どうやら1時間に1回、「怪談師」と言われる人がステージで20分程度の怪談を話すらしい。なので僕らは次の公演までお酒を飲みながら待つことにした。

 程なくして、店内のBGMがゆっくりと小さくなり、明かりも徐々に絞られ、ついには真っ暗になった。するとステージの椅子にぼんやりとスポットライトが当たり、そこにゆっくりとした歩みで怪談師がやってきた。小柄の男性で、衣装なのか学ランを着ている。店内の雰囲気や、明かりの演出も手伝って、いい感じにゾワゾワする。

「常連の方も、初めての方もありがとうございます……」と怪談師が挨拶と自己紹介をし、「それでは一つ怪談を話させてもらいます」と言い、いよいよ怪談が始まるのである。「これは、私の友人が実際に体験した話なんですが……」と話し始めるが、怪談師というだけあって話し方や、怖がらせ方がかなり上手い。途中途中の怪談の盛り上がり所では、他の席から悲鳴が聞こえてくる。そして20分程話した後「……という、友人が体験した夏の夜のお話でした」と締めくくった。正直、幽霊を信じていない僕でも恐怖体験を上手く話されると、かなり怖かった。

 怪談師の話が気に入った僕らはそこから3時間程その店で飲み、3回の公演を聞いたが、どれも相当よくできた話で、3回目ともなると全員お酒も入り、恐怖に震えることが楽しくなって、さらに恐怖を求めるという一種の怪談中毒のようなものを起こしていた。しかし時間も遅くなっていたので、その日はもう帰ることにした。

 会計をして店を出て、道でタクシーを拾い、全員乗り込んだ。行き先を伝え、タクシーがしばらく走ると、運転手の50代くらいのおじさんが「飲みに行ってたんですか?」と僕らに話しかけてきた。「そうなんですよ」と友達が答えると、運転手はさらに「さっき乗せた若い女の子2人組も飲んでたって言っててね、この後もう一軒飲みに行くって言ってましたよ~」と言った。一体なんの話なんだという気持ちはあったが、割としっかり相槌を打っていると、運転手は上機嫌になったのか「この間なんかね、女優の新垣結衣を乗せちゃいましたよ~やっぱり可愛かったなぁ。一般の女性とは大違いでね」と乗せた芸能人のことをベラベラ喋り始めた。僕も一応芸能活動をしているので、乗せたことをそこまでベラベラ喋られると多少の嫌悪感がある。

 しかし運転手は「でも芸能人っていうよりは、芸人を乗せた事の方が多いかな」と続ける。「前にモノマネ芸人さん乗せたときはね、何か質問すると全部モノマネで返してくれて楽しかったですよ~」「千原ジュニアさん乗せた時は、細かくちゃんと道を教えてくれて、降りる時も、ありがとう!なんて言ってくれていい人だったなぁ」などど止まらない。すると運転手は「あ、でも一人だけ嫌な奴いたなぁ。名前なんでしたっけ……えーっと……あ、思い出した!」と言った時に、僕の背中に一瞬悪寒のようなものが走った。そして運転手が言った。

「そうそう、あいつだ。えーっと、ハライチの……渡部? あの、デブの方」

 車内は一瞬で凍りついた。僕は一瞬言葉を失い、友達もどう反応していいかわからない空気だった。僕は運転手の真後ろに座っていたので、運転手から顔は見えていない。運転手の話に突然相方が登場したのだ。しかも最悪の登場である。僕は恐怖に震えた。

 それでも、何も知らない運転手は続ける。「あいつはね、乗るや否やぶっきらぼうに行き先を言うと、イヤホンで音楽聴き出しちゃうんですよ。目的地までなんていくつかルートあるのに訊けやしない」「乗った時から態度も悪かったですからね。テレビで明るい芸能人ほど裏じゃ分かりませんよ~。ハライチの渡部?でしたっけね」プライベートの相方の姿に怯える僕。気まずそうに運転手の話を聞く友達2人。そして運転手は「料金払う時も札を投げるように置いていってね。あんな奴は芸能人続きませんよ!」と話に熱が入る。散々な言われようだ。しかし、そのあたりでタクシーが目的地に着いた。20分程度ではあったが、着いた時には背中にじっとりとした汗をかいていた。数十分前に怪談師の怪談を何本も聞いていたが、帰りのタクシーの中で、僕はその日一番の怪談を聞いたのだった。

 僕は、そんな恐怖体験をさせてくれた運転手に降り際「すいません。その芸人ってハライチの渡部じゃなくて、ハライチの澤部じゃないですか?」と尋ねた。すると運転手は「あ、そうだそうだ! 渡部じゃなくて澤部だった!」と気付き、「ありがとうございます。お客さん、お笑い芸人とか詳しいんですねぇ」と言ったので、僕は一呼吸置いた後「えぇ……だって、そのハライチの澤部って……僕の相方ですから」とゆっくり答えた。そして運転手の顔を見る。その時の恐怖におののいた運転手の顔を僕は忘れない。良質な怪談を話してくれた運転手へ、僕から恐怖のお返しである。

 そして僕は家に帰り、ぐっすりと眠るのだった。

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次回の更新予定日は2019年4月26日(金)です。

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