僕の人生には事件が起きない
2019/07/12

ハライチ岩井が脱出ゲームオタクの男性に魅せられたワケ

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お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による初めての連載エッセイ。お笑いのこと、ラジオのこと、アニメのこと、この世界のこと……独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「リアル型脱出ゲーム」です。

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第21回「リアル型脱出ゲーム」


イラスト:岩井勇気(ハライチ)

“リアル型脱出ゲーム”というものを知っているだろうか。建物の一室や1フロアを使って、閉鎖された空間から脱出することを目的とするゲームだ。コンピューターゲームでも脱出ゲームはあるが、リアル型脱出ゲームは本当に自身がどこかに閉じ込められ、謎を解いて脱出を目指すものである。東京都内には色んな所にリアル型脱出ゲームをする場所があり、僕は何度か行ったことがある。

 初めて行ったのは、番組で知り合った制作スタッフに誘われたのがきっかけだった。ある日「最近リアル型脱出ゲームというものにハマってるんですけど、今度岩井さんも行きませんか?」と言われ、存在は知っていて興味もあったので、行くことにしたのだった。

 当日、待ち合わせ場所の都内某所の建物の前に行くと、番組制作スタッフが待っていて「友達連れてきました」と友人の男性を1人連れていた。どちらも僕よりは少し年上で、脱出ゲームは何度もやったことがあるようだ。番組制作スタッフは、その友人に誘われて始めたらしい。初心者の僕には心強いメンバーに「よろしくお願いします」と挨拶をし、建物に入った。

 聞く所によると、その日は10人で脱出を目指すゲームへの参加らしく、僕らの他に全然知らない7人がグループや個人で参加するのだ。建物に入るとすぐ受け付けがあり、予約名を言い参加費を払ってから、その日の脱出ゲームの概要が書かれた紙をもらい、待合室に案内された。

 待合室には、一緒に脱出を目指す人達が集められていた。カップル、OLらしきグループ、1人で来ている男性。まるで館で殺人事件が起こる前の様な空気である。そんな中、僕ら3人は「よろしくお願いしますー」と軽く挨拶をし、待合室の椅子に腰をかけた。

 僕の隣には1人で参加している40代前半くらいの男性が座っていて、受け付けで貰った都内にある他の脱出ゲームのパンフレットを見ながら、ブツブツつぶやいているのが聞こえた。「これは行った。脱出できた。これも脱出した。これは難しかったな。これはまだ行ってないから今度行ってみよう。でも意外と簡単そうだな」などと、やや早口で言いながらパンフレットを分けている。挙動を見ていると、その男性はリアル型脱出ゲームのオタクらしい。

 パンフレットを分けた後は、今日の概要が書かれた紙を隅から隅まで何回も読んでいる。どうやら全員に渡されたその紙に、脱出のヒントが書かれている場合があるようだ。読んだ後は、何故かその紙を手のひらで挟み、少し擦りながら手の温度で温め始めた。しばらく温めて手を離し、紙を確認して「うん、違うか」と一言。察するに、以前参加した脱出ゲームで、概要が書かれた紙を手で温めたらヒントが浮かび上がったことがあったのだろうか。謎の行動を隣でされていると少し怖い。

 脱出ゲームオタクの男性はその後、スニーカーの紐をしっかりと締め直し、バランス栄養食のSOYJOYを食べ始めた。まるで試合前のアスリートの様である。軽い気持ちで参加している初心者の僕は、その男性の気合いの入れ方に一抹の不安を覚えたのだった。

 しばらくするとOLグループが何やらそわそわし出した。するとOLグループの1人が脱出ゲームの運営スタッフに声をかけ「すいません。今日来るはずだった子が1人、行きの電車が止まって来れなくなっちゃって……」と言った。どうやら4人グループの1人が来れなくなったので、3人で参加する旨を伝えたようだ。運営スタッフは「では本来10人ですが、1人来れなくなったということで、この9人でゲームを始めましょう」と参加者に伝えた。全員が「そういうことならしょうがないか」という空気の中、僕の隣にいた脱出ゲームオタクの男性が小声で「そうか、1人減ったのか。うわー、少し難易度が上がっちゃうな。大丈夫かな」と言っているのが聞こえて、僕はまた少し怖くなった。

 そしてついに脱出ゲームが始まる。待合室から10畳ほどの部屋に通される。いくつかの棚や、テーブル、椅子、美術品のようなものが並ぶ部屋だった。程なくして入り口が施錠される。運営スタッフから「入り口が閉じられました。ここは研究所です。今から1時間でこの部屋の謎を解き、脱出してください」と案内があり、ゲームがスタートする。

 しかし、いざ始まってみると一体何をしていいのかわからない。初心者の僕は1人でオロオロしていると、僕と一緒に来た番組制作スタッフの友人が動き出す。「あなたはあそこの棚を探してください! あなたとあなたはあそこ! あなたたち3人はあの奥の壁のあたり!」とリーダーシップをとり、全員に指示を出して仕切り始める。全員の雰囲気から察するに、毎回最初に指示を出す人がなんとなく1人いるようだ。

 この人こういうタイプの人だったんだ。と思いつつも「岩井さんは隅にあるタンスを調べてください!」と言われたので、タンスの捜索に取り掛かる。全部の引き出しの中を見て、何かが入っていないか調べる。

 しばらくタンスを漁っていると、いきなり脱出ゲームオタクの男性が僕の方に向かって早足で歩いて来た。なんだ!? と驚く中、僕が調べたはずの引き出しをもう一度開けて、引き出し自体を完全に引き抜き、引き出しの裏や、引き抜いた後のタンスの奥まで調べ出す。

 すると引き抜いたタンスの奥から小さな袋が1つ出て来て、それを僕に差し出しながら「こうやって隅々まで調べないとダメですよ!」と注意した。僕はゲームが始まってすぐに怒られてしまい少しテンションが下がる。ちなみにこの脱出ゲームオタクの男性は、全員に一通り指示が出される前のゲーム開始直後、すでに部屋のカーペットを裏返し始めていたのだ。

 タンスからは、暗号が書かれた紙や、何かの鍵、よくわからない玉などが出てきた。各々見つけてきた物を一旦テーブルにかき集め、その中にいくつかある暗号や数式が書かれた紙を、番組制作スタッフの友人が1人1人に振り分けて渡し「各々渡した紙の謎を解いてください!」と言った。僕も渡された紙の謎を解く。割と全員早めに解け、僕も謎を解くことができた。だが、僕が1枚の紙の謎を解いている間に、脱出ゲームオタクの男性は2枚の紙の謎解きを終わらせていた。

 着々と部屋の謎が解けていくと、部屋の隣にもう1つ同じ大きさの部屋がある事がわかり、通路を通っていけるようになる。隣の部屋は元いた部屋と家具の配置が全て同じで、実は通路が時空のトンネルという設定になっており、2つ目の部屋は元の部屋の1日前の部屋だということがわかる。そして2つ目の部屋で動かしたものは、元の部屋である、1日後の部屋に帰ると同じように動いているという、タイムリープを利用した非常に面白い設定だ。しかし、そんな複雑な仕掛けが乗っかると謎解きもより難しくなってくる。全員が謎解きに行き詰まった。

 中でも、1つだけ難しくて誰も解けない謎があった。それを半ば諦めながら進んでいたのだが、脱出ゲームオタクの男性が全員行き詰まっている間にも熱心にそれに取りかかっていた。何かをブツブツいいながら謎を解こうとしていると、カップルの彼氏の方が「どれどれ……」と覗き込み、次の瞬間「あ! これ、こうじゃないですか?」と言って、サラッと解いてしまったのだ。

 ふとした思いつきかもしれないが、全員から「すごーい!」という歓声が上がり、彼女の方も少し誇らしげな顔をしている。脱出ゲームオタクの男性を見ると、Tシャツの首元を掴んでパタパタやりながら「いや、でも今の謎は大体解けていたというか、答えが出てたようなもんなんですけどね……」と加速する小声で呟いていた。

 ゲームも終盤になりかけた頃、残り5分のアナウンスが流れるとさすがに焦り出す。その頃には僕も脱出ゲームに没頭し、率先して行動しつつ、頭を回転させて考えてはいたが、またも謎解きは行き詰まった。全員の空気が一瞬止まった時、僕はOL3人組を見てあることが閃いたのだ。

 しかし喉元まで出かかったそれは、言ってしまえばとんでもない空気になるということに、直前で気が付いた。全員が1日前の部屋に居たその時、僕はOL3人組を見て「今、来れなかった友達に電話して、明日電車が止まるってことを伝えたらいいんじゃないですか!?」と言おうとしたのだった。

 恐ろしい。脱出ゲームの世界観にのめり込み過ぎてしまったが故に、ゲームの設定だということを忘れ、本当に1日前にいると思ってしまっていた。もし言ってしまえば、全員に“触れてはいけない人”と思われ、仲間とやる脱出ゲームは僕だけ先に事実上ゲームオーバーを迎えていただろう。背中にじっとりとした汗をかいた。

 謎は解けないまま、アナウンスで「10、9、8……」とカウントダウンが始まり、「4、3、2……」というところまで来た時に、脱出ゲームオタクの男性が「あ゛ぁぁーっ! 脱出率がぁぁーっ!!!」と悲痛な叫びを漏らした。その声に他の参加者が一瞬ビクッとなり、同時に照明が暗くなって「ゲームオーバーです」というアナウンスが流れた。僕の初リアル型脱出ゲームは、脱出失敗に終わったのだった。

 皆がっかりしながら部屋を出て、預けていた荷物を受け取り、建物の受け付けを出た所で「お疲れ様でした~」とお互いに挨拶しながら散り散りに帰って行った。しかし、失敗に終わってしまったにも拘わらず、僕は帰る頃には脱出ゲームの虜になっていた。そして、参加者の中で一際落胆した表情で声にならない挨拶をし、トボトボ帰って行った脱出ゲームオタクの男性の背中を見て、僕もいつか脱出ゲームの概要が書かれた紙を手で温める謎解きに参加できたらいいな。と、思ったのであった。

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次回の更新予定日は2019年7月26日(金)です。

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