僕の人生には事件が起きない
2018/09/28

ハライチ岩井がメゾネットタイプの一人暮らしで遭遇した出来事とは

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による初めての連載エッセイ。お笑いのこと、ラジオのこと、アニメのこと、この世界のこと……独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「一人暮らし」です。

 ***

第2回「一人暮らし」


イラスト:岩井勇気(ハライチ)

 東京で一人暮らしを始めて1年半が経つ。僕は30歳になるまで埼玉の実家に住んでいたのだ。しかしその事を恥じた事は一度もない。夜、家に帰ればそこそこ美味いご飯が用意されていて、お風呂も沸いている。家賃も払っていないのに自分の部屋があり、テレビやパソコン、エアコンは使い放題。僕の場合は、朝起きるとその日の仕事で使う衣装が、何故か不思議と枕元に畳んで置いてあるのだ。

 一番不思議だったのは、実家のダイニングテーブルの端にある、英語で“BREAD”と書かれた小さい木箱だ。それを開けると毎朝違うパンが入っている。朝はいつもその木箱を開け、入っているパンを食べる。食べたら木箱を閉じる。そして翌朝起きてリビングへ行きテーブルの上の木箱を開けると、なんと新しいパンが入っているではないか。何故あんな魔法の木箱が実家にあるかは知らないが、素晴らしい代物だ。実家の近くのショッピングモールに行った時に、同じ木箱が売られているのを一度だけ見たことがある。しかし誰もあの魔法の木箱の事を知らないのか売れてはいなかった。僕は「無人島に1つだけ持っていくとしたら何?」と聞かれたら迷わず「実家にある“BREAD”と書かれた木箱です」と答えるだろう。

 最悪何もしなくても生きていける状況、自分の部屋の居心地の良さ、そして謎の木箱。この3つが揃っていることで、実家住まいを否定する人を論破できると僕は思っている。

 実家暮らしは最高だったが、30歳という節目の歳に思い切って一人暮らしを始めることにした。実際一人暮らしへの興味ということ以外、そこまで大きな理由はなかったが、しいて言うならば仕事の現場に行くのに埼玉の実家からだと、電車で片道1時間かかってしまうという事だろうか。

 こうして今から約1年半前、人生初の一人暮らしが始まった。家は東京都心の1階と2階があるメゾネットタイプのアパートだ。メゾネットタイプ……一人暮らしにおいてものすごくオシャレな家の作りではないか。家の中に完全なる階段がある、一人暮らしなのに。それまで埼玉の実家に住んでいた男が、東京のメゾネットタイプの家に住む。すごろくで「80マス進む」という壊れたマスに止まったくらいの感覚だ。

 最初住み始めた頃はまだ体が慣れていなかったので、あまりのオシャレさに吐きそうになる、通称“オシャレ酔い”に陥ることもしばしばあった。メゾネットタイプの家に住んだ人が稀になる症状らしい。そんな時はヤンキージャージに着替え、一回家を出て外の空気を吸いながら、携帯の動画サイトで埼玉のテレビ局で流れている埼玉銘菓『十万石まんじゅう』のCMを見る。そうすると吐き気が治まり、最初の頃はこの独自の方法を使ってなんとか生活していた。

 そんな一人暮らしの初心者期間も終わって生活に慣れてきた最近、ある出来事が起こった。今住んでるところの1階には、窓の外にちょっとした庭がある。そして庭の奥に僕の肩の高さほどのブロック屏があり、そのさらに奥は広めの墓地が広がっているのだ。僕は今までの人生で一度も幽霊を見たことがないので、隣が墓地というその物件に何の問題も感じず住む事に決めた。

 しかしある日それは起こった。ブロック屏のあるべき場所には一箇所だけ太めの枯れ木が生えていて、それを避けるようにブロック屏のない部分がある。逆に言えばブロック屏のない部分に木が生えているのだが、掃除をしようと庭に出て、ふと見るとその木が朽ち果てているではないか。あるべきはずの木がボロボロに砕けて半ば土に還ろうとしている。

 なぜこんな事になったのか。恐る恐る朽ち果てた木のかけらを見てみると、表面以外はもうスカスカでいつ崩れてもいいような状態だった。つまり風化でボロボロになり、そこに立っているのがやっとだった枯れ木が、その前の週に連日雨が降り、風も強かったせいで終わりを迎えたのだ。

 しかし木が朽ち果てたのはしょうがないが、それによってブロック屏のない部分を塞ぐものが無くなってしまった。しかもその奥は墓地なのだ。墓地という霊界、僕の家という人間界、それを隔てるブロック屏という壁。ブロック屏の間の枯れ木がなくなり、唯一霊界と人間界を行き来できる門が破壊されたように思えた。

 人間界への幽霊の侵入を防いでいた門が破壊されたことにより、これからは霊界から幽霊がメゾネットタイプの僕の家に入ってくるに違いない。とにかくこの隙間をどうにかするしかない。僕はしばらく考え、とりあえず家の管理会社に電話してみることにした。

「すいません! 家の庭にある人間界と霊界を隔てるあの門が破壊されてしまって、このままだと幽霊が人間界の僕の家に押し寄せて大変なことになりそうです!」「は?」「あ、すいません。えーっと、家の庭のブロック屏のない部分に枯れた木があるじゃないですか。あれが今日見たら朽ちてボロボロになっちゃったんですね。そこだけ今何もない状態なんですけど、どうすればいいですかね?」「あー、少々お待ちください」しばらく待っていると「もしもし、岩井さん。その木なんですけど、今調べましたら元々そこの物件の持ち物ではなくて墓地側の持ち物らしいんですね。なのでその一部を修復するというのは弊社ではできないんですよ。お力になれず申し訳ありません」そう言って電話は切れた。

 これは困った。こうしている間にも幽霊があの隙間を通り家に侵入してくるだろう。そう思ったら、幽霊が家に入ってくることに対してまず「部屋ちゃんと片付いてたかな……」という考えが頭をよぎった。一人暮らしを始めてからあまり人を家に招いたことがないので、部屋が綺麗だと思われたいという気持ちが幽霊にまであることに少し恥ずかしくなった。

 結局その隙間はブロック屏で埋めることもできないので、どうしようか考えた結果、ある結論に至った。そこに何か植物の種を植えよう。木のあったところに木が生えれば文句はないだろう。まぁ恐ろしく時間はかかるが。

 後日、僕は渋谷のガーデニングショップへ向かった。店内は色々な植物が所狭しと並んでいたが、詳しいわけではないので40代くらいの女性店員に声をかけ、おすすめされた『シラカシの種』という樫の木の種を買った。正直ブロック屏の隙間を埋めてさえくれれば、あそこに生える木が何であろうとどうでもいい。

 夕方家に帰り、庭へ出てブロック屏の隙間を見ると夕暮の雰囲気も相まって禍々しい空気を漂わせていた。屏の隙間の地面の土を触ると、地中のぬるい温度が伝わって来る。そこに少し穴を掘り、買ってきたシラカシの種を植えて優しく土を被せた。そして最後にキッチンからコップで水を汲んできて、液体肥料と一緒にかけた。よかった。時間はかかるが、これでいずれ霊界と人間界をつなぐこの道は塞がれるだろう。

 今これを書いている現在、種を植えて何週間か経つが、まだ芽は出ていない。シラカシの木は大きくなれば秋にどんぐりを実らせるらしい。今後が楽しみだ。

 ***

次回の更新予定日は10月12日(金)です。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加