僕の人生には事件が起きない
2018/10/16

ハライチ岩井「家の庭を“死の庭”にしてしまうところだった」

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お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による初めての連載エッセイ。お笑いのこと、ラジオのこと、アニメのこと、この世界のこと……独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「庭」です。

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第3回「庭」


イラスト:岩井勇気(ハライチ)

 庭付きのメゾネットで一人暮らしをしている。一人暮らしなので、もちろん定期的に自分で掃除をしなくてはならない。それが結構面倒くさい。

 窓が大きく、砂埃で汚くなった窓を外側から掃除するのも一苦労だった。庭に出て水拭きしようと思ったが上まで手がとどかないので、長めのモップで水と洗剤を使って泡立てながらゴシゴシ洗う。しかし問題はここからだ。
 最後、水で流したいのだが、家にはホースをさせる蛇口がひとつもないのだ。一応通販でホースを買ってはみたものの、買ってからホースをさせる蛇口が家に一つも無いことに気がついた。仕方がないので、家にあったバケツに水を汲んで庭に出る。そしてバケツの水を窓の上の方にぶつけるようにかけた。
 すると、まるで漫画の1コマのように水が跳ね返ってきて頭からかぶり、ずぶ濡れになったのだ。春の日の午後、鳥の声を聞きながらずぶ濡れのまま1分ぐらい沈黙した。家で一人ずぶ濡れになると思考が停止して何も考えない時間が1分ぐらい生まれる。そのあと急激に虚しくなり、お風呂へ向かうのだ。

 なぜか庭付きの家に住んでいるので、庭の手入れもしなくてはならない。正直ちょっとしたバーベキューができるくらいの庭ではあるが、僕はちょっとしたバーベキューをするタイプの人間ではない。そもそもちょっとしたバーベキューなんてあるのだろうか。バーベキューは全て、がっつりバーベキューではないのか。
 そんな疑問を抱かせる庭には、春辺りから雑草が生い茂るのだ。それを1本1本抜き、全部抜き終わったら除草剤を撒く。それでしばらく雑草が生えなくなるが、2か月も経てばまた雑草が生えてくる。面倒くさい。何かいい方法はないかとネットで調べてみたところ、しつこい雑草には塩がいいと書いてあるではないか。土に塩を巻くと植物が枯れて雑草も生えてこなくなるというのだ。さらに虫も出なくなるらしい。

 これはいい情報を得た。早速庭に撒くための塩を買いに出かけようかと考えている時、あるサイトが目についた。そこには「庭に塩は絶対に撒かないように」と書かれていた。読み進めていくと、確かに庭に塩を撒くと植物が枯れて雑草は生えてこなくなるらしい。しかし同時に庭の土は死に、二度と植物は生えてこなくなると言うのだ。これを「塩害」と言って、草木は枯れ、土は死に、生命は息絶え、最終的に「死の庭」になってしまうらしい。
 危ないところだった。危うく自分の家の庭を「死の庭」に変えてしまうところだった。雑草は生えてこないでほしいが、賃貸の家の庭を「死の庭」にして返したくはない。次に住む人も庭が「死の庭」になっていたら嫌だろう。「前に住んでいた人、庭を『死の庭』にしちゃったのか……」と思われたくはない。それに、草木が枯れ生命が息絶えた『北斗の拳』の世紀末のような状態になってしまったら、逆にその環境を生き抜いた恐ろしく強い個体の虫が生まれるんではないかと恐ろしくなった。モヒカンで革ジャンを着た蟻や、バイクに乗ったダンゴムシが生まれてしまえばもう手がつけられない。メゾネットの家が侵略されるところまで想像した。その時改めて塩の恐ろしさを知った。

 雑草が生い茂っているときは、庭に虫も出る。しかし家の中はハエもゴキブリも出たことはない。だが唯一、家の中にたまに侵入している虫がいる。クモだ。
 クモはどこからともなく侵入してきて家の壁や天井を這っている。ティッシュで捕まえようにも取り逃がすことが多く、それなら殺虫スプレーでという話になるのだが、家の中で殺虫剤を撒くのはあまり気が進まない。何かいい方法はないものか。
 と、またしてもネットで調べていると、丁度良いものが出てきた。消毒用のエタノールに特定のアロマエッセンスを加えたものをスプレーのボトルに入れて撒くと、撒いた周辺に虫が寄り付かなくなるらしい。虫は特定の香りが苦手らしいのだ。そのサイトを見てすぐに百貨店に向かい、エタノール液、アロマエッセンス、スプレーのボトルを購入した。家に帰ると早速特製のアロマ虫除けスプレーを作り、家の中のクモが入ってきそうなあらゆる場所に撒いたのだ。

 一安心した次の日、ふと気がつくと小さいクモが壁を這っているではないか。しかも昨日アロマ虫除けスプレーを撒いた場所に。一体あのサイトの情報はなんだったんだ。心なしかアロマのおかげでリラックスしてやがる。人の家にいる緊張感もほぐれている様に見えた。ふざけるなと、置いてあるスプレーのボトルを睨みつけた。そうしている間にクモを取り逃がしてしまった。

 苛立ちを覚えながら再度ネットでクモについて調べた。完全にインターネットに踊らされている。すると気になるサイトにたどり着いた。そこには「クモは家の中に居ても殺さないように」と書いてあった。読み進めていくと、クモは害虫ではなく、むしろ家の中にいる害虫を食べてくれるありがたい存在らしいのだ。クモは見た目こそ人に嫌われるものの、確かに思い返せばクモがいる事で家が汚されたり困ったりしたことは一つもない気がする。とんだ勘違いをしていた。クモがいなくなることで家に他の害虫が出るかもしれない。クモに申し訳なく思い、取り逃がしたクモとこの家で共存して行こう。そう決めてその日は寝た。

 翌日、朝起きて顔を洗おうと洗面所に行くと、前日の夜からYシャツを薄めた漂白剤に漬け込んでいた風呂桶の中で、クモが死んで浮かんでいたのだ。共存しようと思った矢先、別れは突然訪れた。

 家に住み生きていく、それは何かの死と隣り合わせだ。そんな大それたことを思いながら庭付きのメゾネットの家で面倒くさい掃除をしている。
 今のところ引越しの予定はない。もうしばらくこの家で暮らすだろう。

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次回の更新予定日は10月26日(金)です。

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