僕の人生には事件が起きない
2018/10/26

ハライチ岩井がトーク番組で自分の生い立ちを話せないワケ

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お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による初めての連載エッセイ。お笑いのこと、ラジオのこと、アニメのこと、この世界のこと……独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「『波瀾万丈』な人生」です。

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第4回「『波瀾万丈』な人生」


イラスト:岩井勇気(ハライチ)

 僕のような一介のお笑い芸人でも、自分の生い立ちを深掘りされるトーク番組に出演する事はある。今までの人生を面白おかしく話さなくてはならない。僕は正直それが苦手だ。

 厳密に言うとトーク自体が苦手という訳ではない。そういう番組に出演した時に、さも自分の人生は山あり谷あり、波乱万丈です。と言わんばかりに話さなければならないのが苦手なのだ。僕の人生を振り返ると全くもって“波乱万丈ではない”からである。

 僕らハライチは埼玉県出身のコンビである。埼玉という土地は、田舎でもなければ都会でもない。言わば普通の土地。他県の人に「埼玉と言えば?」と聞いても返事は鈍いだろう。実家も至って普通。小さい頃、団地に住んでいた事もあり、多少貧しくはあったが、欲しいゲームをたまにしか買ってもらえない程度だ。これも「母親の作る焼いた千切りキャベツに茹でたキャベツを巻いた純正ロールキャベツがご馳走でした」と言うくらい貧乏であれば、たちまち番組の人気者になれる。しかし僕の母親の得意料理はペスカトーレだ。魚介をふんだんに使ったトマトパスタを出す家は貧乏とは程遠い。母親の手料理が不味かったエピソードなどないのだ。

 ハライチを知っている人は、澤部が明るくて岩井が暗い、というイメージをお持ちだろう。しかし学生時代は2人とも明るいムードメーカーな生徒でもなく、かと言って教室の隅にいる暗い生徒でもない。ちょっと面白いと思われているが明確な人気者にはなれない位置付けの奴だ。だから女子にモテる訳でもなく、モテない訳でもない。相方は中学の時に彼女がいたし、僕も高校に入ったら彼女ができて、別れてまた違う人と付き合ったりしていた。

 ちなみに中学時代、卒業式の前日に当時好きだった女の子に告白してフラれた事がある。驚くなかれ、なんとこれが芸人になるまでの僕の人生において最大のエピソードなのだ。どうだ、何でもないだろう。「ふーん」だろう。「うわ普通~」だろう。

 芸人になってからも多少その傾向にある。19歳から芸人を始め、僕らは運良く22歳でテレビのネタ番組に呼ばれるようになった。下積み時代と呼ばれるようなものはわずか3年ぐらいしかないのである。今テレビに出ている、いわゆる“新人の若手”と呼ばれるような芸人は大体30歳前後だ。40歳ぐらいでブレイクする芸人もいるので、その場合は少なくとも10年以上は下積み時代があるだろう。そういう芸人からは下積み時代の貧乏エピソードや、破天荒なエピソード「カップ麺にお湯を注いで30分待って、3倍の量にしてから食べてました!」「バイトし過ぎてシフト作るの任されてました!」「家賃2万円のアパートが台風で倒壊しました!」なんて話が期待できる。

 しかし僕と相方は3年という短い下積み期間に加えて、ずっと実家から仕事に行っていたのだ。埼玉なので電車に30分も乗れば東京都心に着ける。22歳までは芸人の仕事も少なかったので実家で十分だった。“親のスネをかじり続けるクズ”と言う考え方もあるだろう。しかしバイト代から家にお金を入れていたし、クズというのは表面上のイメージで、余計なお世話である。そんなものは愚の骨頂。僕は親の気持ちがわかる。実家に住んでいた方が親孝行だ。親が安心できる。僕は30歳で初めて一人暮らしを始めたが、今でも母親は少し寂しそうにしている。

 帰ればご飯があり、風呂も沸いている。金銭的に困ることもない。こうなると実家に住まない理由がない。なので僕の中で下積み時代=貧乏生活というイメージはなく、下積み時代=下積み時代だ。お笑いを頑張るだけ。他のストレスはない。要するに全然苦労していないのだ。

「下積み時代はライブで全然ウケなくて大変でした!」と言っても、ウケない時代なんてせいぜい1年、長くて2年だろう。そんなものは他と比べたら苦労エピソードのうちに入らない。逆にトーク番組で「苦労がなかったのでテレビ出てからエピソードが無くて今大変なんですよ!」と言うとしよう。しかしそんなものは二世タレントの苦悩と同じで聞いていられない。「結局幸せじゃねーか」と、なる。余談だが、生まれた時から勝ちが確約されているのに、自ら道を踏み外して奈落に落ちていく人間というのがまさに“クズ”だと思う。

 結果的に芸人になるまで真っ当な人生を送ってきて、芸人になっても全然苦労していない。こうなるとトーク番組で自分の生い立ちを話そうにも大したエピソードがない。それがそういう番組の打ち合わせで如実に出る。番組スタッフはどうにか出演者の生い立ちのエピソードを聞き出そうとする。

「地元どんなところでしたか? 田舎っぽいところありました?」

――ない。

「学生時代どんな子でした? いじめられたりしませんでした?」

――してない。

「実家はどうですか? 貧乏で困ってませんでした?」

――困ってない。

「下積み時代の苦労とかあったら教えてください」

――苦労してない。

 まさに地獄だ。番組スタッフが何度も同じ質問をしてくる。「え、でも学生時代変な子だったりしたんじゃないですか?」などと繰り返されているうちに「お笑い芸人さんなんだから変わった面白い人生送ってきたんじゃないんですか~? 絶対他の人とは違うでしょ~。あっと驚くエピソード教えてくださいよ~」と言っている様に聞こえてくる。僕は今お笑い芸人だが、お笑い芸人になる前の学生時代の自分は芸人ではない。一般的な学生だ。一般的な学生にお笑いを求めてしまうのはあまりに酷ではないかといつも思う。今道を歩いている学生に「君の人生何か驚きの出来事あった? ねぇ? テレビでネタにできるような驚きの出来事の一つや二つあるでしょ? どうなの? ねぇ?」と聞くのは可哀相で仕方がない。

 こうして打ち合わせで僕らが答えたことを踏まえて、番組収録用に非常にスカスカでのっぺりした、ハライチの年表が完成するのである。

 だから、これからの人生はどうにかどこかで話せるエピソードを生み出さなくてはならない。先月、いつもかけているメガネ(伊達)が壊れてしまったので、新しいメガネを買いに行くことにした。目当てのメガネ屋は最寄の駅前にあったが、何かを生み出す為に同じ都内ではあるが少し遠い上野の支店に行くことにした。

 その日はカラッと晴れていて、いい日だった。寝坊することもなく、支度をして家を出て電車に乗った。電車の遅延もなく、すんなり乗り換えもでき、目的の上野に到着。上野駅からは携帯で店までの道を確認しながら歩き、迷わず辿り着いた。店に入り、メガネを見ていると自分が欲しかった形のものがあったのでそれを購入した。店員の接客も良かった。店を出た後、そのまま来た道と同じ道を辿って帰宅。そして家について、リビングでテーブルの上に置いたメガネを見て僕は思った。「何も生まれてねーじゃねーか!!!」

 そう、何か面白い事を生み出そうと思って出かけてはいけない。ちゃんと目的を持って出かけた先でたまに大事件が起こるのだ。

 僕はお笑い芸人になって心底思う。神様、頼むから波乱万丈な出来事を僕に起こしてくださいと。

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