ハライチ岩井“コラボキャンペーン”に物申す 牛丼とうどんを完食後に味わった絶望とは
お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による連載エッセイふたたび。「人生には事件なんて起きないほうがいい」、独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「コラボキャンペーン」です。
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「コラボキャンペーン」
イラスト:岩井勇気(ハライチ)
夜10時。いつもより長かった仕事が終わって電車に乗り、家の最寄り駅に着いた。お腹は空いているが、かなり疲れていたので帰って夕飯を作る気にもならない。普段目を背けている独身の弱点だ。
その時、駅前にある丼もののチェーン店が目に留まった。遅い時間だがまだ営業している。こんな日はこういったサッと出てくる丼ものの店なんかで夕飯を簡単に済ませて、帰ってすぐ寝てしまうのがいい。そう思って店に入ろうとした。
すると店の入り口のポスターに見覚えのあるキャラクターのイラストが描かれているのに気付いた。それは少し前に観て好きになったアニメのキャラクターだ。どうやらこのチェーン店がそのアニメとコラボキャンペーンをやっており、特定の商品を注文するとアニメのクリアファイルが貰えるらしい。このイベントはなんとなく知っていたが、すでに始まっていることは把握していなかった。
疲れている日は少しでも幸せな気分になりたい。それはどんなことでもいいのだが、好きなアニメのグッズが貰えるイベントに出くわしたのだからこんなに嬉しいことはない。僕は若干縋るような思いで、店に入った。
カウンターの席に座り、メニューを開く。アニメのクリアファイルを貰うには一部の対象商品の注文が必要のようで、定食のような、丼ものと汁物のセットを頼むことが条件らしい。それは僕もサラダだけの注文でクリアファイルを頂こうとは思っていない。
その日は疲れすぎていて、空腹とはいえ沢山食べられなそうな体の具合だったのだが、クリアファイルという名の幸せを手にするために背に腹は代えられず、牛丼と鶏塩うどんのセットというボリュームのあるメニューを注文した。
待っている間、数種類あるクリアファイルの中でどの絵柄が当たるのかなどと考えながらぼーっと店内を見渡していた。夜10時、客は僕と同年代くらいの男の人と50代くらいのおじさんだけ。店内BGMに和楽器でアレンジされたJ-POPがうっすらと流れていた。
しばらくして店員の若いお兄さんが牛丼とうどんのセットを運んできた。空腹には変わりないので、いざ目の前に料理が運ばれてくると旨そうだ。割り箸を取り、牛丼を食べてみるとちゃんと美味しい。一口、二口と口に運び、牛丼を半分食べ終わった時に僕はあることに気付いた。
あれ? クリアファイルは? 料理は運ばれてきたのだが、店員からクリアファイルは渡されていない。しかし、今渡されないだけで会計時に渡される可能性がある。店員を急かす必要はない。僕はとりあえず目の前の牛丼を食べ切った。
その時点で満腹度は8割のところまで来ていたが、まだうどんがある。クリアファイルのために無理やり注文したうどんを残せない。おもちゃ目当てに食玩を買ってお菓子を捨てるようなことは許されないのだ。
箸に取ると、ずっしりとした重さが伝わってくるうどんをすすってみた。美味しい。塩味のつゆに鶏の旨味が加わって絶妙な味わいを生み出している。チェーン店というだけで若干味を諦めていたところがあったが、牛丼を目当てで頼んだセットのうどんが、牛丼より美味しく感じた。
完食し、お腹は満たされ、と言うよりむしろ許容量を超えたお腹を抱えながら店員を呼んで会計を頼んだ。代金を支払い、店員からはレシートが手渡された。そして「ありがとうございましたー」という声が店内に響いた。二間ほど空けて、僕は思った。
あれ? クリアファイルは?? そう、クリアファイルを貰っていない。それどころか、店員の口からは一言もクリアファイルの件を聞いていないのだ。
僕は厨房に戻ろうとする店員の背中に「すいません」と声をかけた。「はい?」と店員が振り返る。僕は「あの、頼んだセットってクリアファイル貰えますよね?」と聞いた。いい大人にもなって、アニメのクリアファイルを要求することの羞恥心に苛まれながらも、これは権利だ! という意思を強く持って聞いた。
すると店員は「あぁ」と言いながら厨房に戻っていき、しばらくして帰ってきた。そして、ぶっきらぼうな口調で「もう全部出ちゃいましたね」と言ったのだ。
え? 嘘だろ? どういうことだ? クリアファイルは配布終了したということか? 混乱しつつも、僕は瞬時に店内にあるコラボキャンペーンのポスターと、メニューに目を遣った。『終了』の文字などどこにもない。
再び振り返って厨房に戻っていく店員の後ろ姿を見ながら、僕は理解した。クリアファイルはもう全て出払ってしまったのだ。その上で、この店は『クリアファイルは終了しました』などの告知も無くポスターを貼り続けていたのだろう。理解と共に、脱力感と疲労が僕を襲った。
クリアファイルが貰えないのだったら、そもそもこんなセットは注文していないのだ。腹具合としては牛丼だけで良かった。クリアファイルが貰えると思ったから余計なお金を払い、食べたくもないうどんを食べたのだ。少しでも疲れを何かで和らげて帰ろうと思った店で、こんな仕打ちに遭うとは。
その時僕は、怒りというよりはとにかく悲しい気持ちになった。無駄にはち切れそうになったお腹が少し痛む。ポスターをもう一度見たが『数量限定』とは書いてあるが『終了』の告知はやはりない。
絶望に打ちひしがれていると、向かいの席に座っていた50代くらいのおじさんが店員を呼んだ。おじさんは店員に「すいません、これってクリアファイル貰えますよね?」と言った。店員はすぐさまおじさんに「あ、もう全部出ちゃいましたね」と返す。おじさんは「え、あぁ……そうか」と言って、ゆっくりと目の前のテーブルに乗っている丼とうどんの器に目を落とすのだ。
僕と全く同じ境遇である。おじさんもきっとこのアニメが好きなのだろう。目を落とした後、憂いを帯びた顔で小さな溜め息をついている。あのおじさんは僕だ。僕は僕を客観的に見て、さらに悲しい気持ちになった。
どうして『終了』の告知をどこか分かる場所に書いておけないのだろう。クリアファイルのことを聞いた時の態度から察するに、店員はクリアファイルの在庫のことなど把握していない様子だった。恐らく、前の時間帯のアルバイトからの引き継ぎがしっかりされていなかったのだろう。「前のシフトの奴が終了したことを俺に言ってなかったんだから知らないよ」という感じが「もう全部出ちゃいましたね」の言い方に出ていた。どこか他人事なのだ。
しかし、そんなことは客側の方がもっと「知らないよ」なのだ。アニメの名を借りてイベントをするなら、そのアニメの名誉のためにもちゃんとやってほしい。牛丼とうどんが美味しかったからいいという話ではないのだ。
アニメを使って牛丼とうどんのセットを買わせている以上、こんな落とし穴があってはならない。本当にそのアニメが好きならイベント初日に行けよ! という過激な意見もあるだろう。しかし、最近そのアニメを好きになった人だっている。
例えば、今まで全然アニメを観てこなかった小学生の男の子が、テレビでたまたまそのアニメを観た時に急激に好きになった。という状況だったら、そのアニメのファンの規模感など知る由もないので、終了の速度などわからない。
だけど好きになったから、自分の家は凄くお金が無いけれど、なかなか貯まらないお小遣いを一生懸命貯めてグッズを買いに行った。でもグッズは高くて、貯めたお小遣いでは到底買うことができない。しかしそのタイミングで自分の誕生日が来る。すると母親が「うちは家族で外食はできないけど、今日は500円あげるから好きなもの買ったり、食べたいもの食べたりしてきな」と言ってなけなしの500円を男の子に渡すのだ。
男の子は本当は食べたことのない“パフェ”というものが食べたいけど、貯めたお小遣いを足して牛丼とうどんのセットにすればクリアファイルという、初めてのあのアニメのグッズが手に入る。そうしたらうんと大事にしよう。そう思って“パフェ”を諦めて丼もののチェーン店に入る。そして牛丼とうどんのセットを注文し、待っている間、あの絵柄が当たってほしい。などと想像を巡らせるのである。
だが、牛丼とうどんを食べ終え、会計が済み、クリアファイルのことを店員に聞くと「もう全部出ちゃいましたね」と、ぶっきらぼうに言われるのだ。こんな悲劇があるだろうか。この店は、こういう悲しい出来事を生んでしまう可能性があるのだ。
僕はどんよりした気持ちになり、店を出た。家の方向に歩き出すと、店にいた50代くらいのおじさんが店から出てきて僕とは逆方向に歩き出した。そのどこか今日という日を諦めた後ろ姿に、自分の背中を見た気がした。
後日、鶏塩のうどんはもう一度食べに行った。
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次回の更新日は2021年1月22日(金)です。
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