僕の人生には事件が起きない
2018/12/14

ハライチ岩井がコーヒーマシーンに翻弄された理由

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お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による初めての連載エッセイ。お笑いのこと、ラジオのこと、アニメのこと、この世界のこと……独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「コーヒーマシーン」です。

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第7回「コーヒーマシーン」


イラスト:岩井勇気(ハライチ)

 コーヒーマシーンを買った。1杯分のコーヒーを作ることができる家庭用の機械。実家に住んでいた時によく使っていたことを思い出して一人暮らしの家に買ったのだった。

 僕はコーヒーを飲むことがよくある。しかし取り立ててコーヒーが好きなわけでもない。温かい飲み物が好きなのだ。嫌いな味でなければ熱々の飲み物であれば何でも好きだ。なのでコーヒーマシーンを買いはしたが、実際は紅茶マシーンでも味噌汁マシーンでも、究極は白湯マシーンでもいいのである。

 

 実家に住んでいた頃使っていたコーヒーマシーンは2代目で、初代に使っていたコーヒーマシーンには少し不思議なところがあった。まず、買った時にマシーンと一緒に専用のマグカップが付いてくる。その専用のマグカップは不思議なことに、コーヒーマシーンを起動しコーヒーのそそぎ口にそのマグカップをセットして、コーヒー1杯分の抽出ボタンを押す。そうした時に、専用のマグカップの容量が最大10とすると、コーヒーが12ぐらい出てきてしまうのだ。当初マグカップから溢れ出るコーヒーを前に呆然と立ち尽くした。その後、何度やってもコーヒーの溢れ出る様子を見させられることになるので、少し大きめのマグカップを買わざるをえなかった。

 

 初代を何年か使っていたある日、コーヒーマシーンの抽出ボタンを押すと、聞いたこともない異音を立てだした。マシーンは震え出し、狂ったように大きな奇声をあげた後、血反吐を吐くようにどす黒い少量のコーヒーを出して動かなくなった。マグカップに抽出されたそのコーヒーからは、ものすごく芳醇な香りがした。少しだけ舐めてみると、味わったことのない深みと、えも言われぬようなコクが口の中に広がった。それと同時にこのコーヒーマシーンは今しがた死んだのだと確信したのだ。

 

 初代が壊れ、後日2代目のコーヒーマシーンを電気屋に買いに行った時のこと、コーヒーマシーンのコーナーには1万円くらいのものから15万円もするものまであった。購入の視野には入れていないが、15万円のコーヒーマシーンを見ると、ありとあらゆるコーヒーを作る機能や細かいミルクの泡を作る機能など、てんこ盛りの内容だった。

 しかしその隣の13万円のコーヒーマシーンを見ると、15万円のものと同じ見た目で機能の説明も同じ内容にしか見えない。違いが気になり、近くにいた店員を呼び止めて「この15万円と13万円のコーヒーマシーンの違いって何ですか?」と聞くと、店員はしばらく考え「えーと、聞いてまいりますので少々お待ちください」と言って店の裏へと消えた。待っている最中、足もとに何かが通るのが視界にちらついたので下を見ると、どこからともなくルンバが来て足元を掃除していた。掃除機のコーナーから解き放たれたのか、野良ルンバが彷徨っていたので「危ないから元いた場所へおかえり」と手で掃除機のコーナーの方向へ導いてやるとルンバは素直に帰って行った。

 そうこうしている間に5分、10分と時間は経った。そして20分以上待たされた時に、これは完全に放置されいると悟ったのだ。訳がわからず、この電気屋には二度と来るまいと思い、僕は電気屋から去った。そして帰ってから、その日電気屋で見た1万5000円程度のコーヒーマシーンを、通販で注文したのだった。

 

 そんな過去を経て、1人暮らしで初めてのコーヒーマシーン。これもまた通販での購入だ。ダンボールからコーヒーマシーンの箱を出すとそれなりに大きい。とりあえず箱からコーヒーマシーンを出した。マシーン自体はすごくシンプルなデザインだった。無駄をすべて削ぎ落とし、白い低反発枕を縦にしたような、つるんとしたデザインになっていた。

 早速使ってみようと思い、ちょうどキッチンの棚の上が空いていたのでそこに置いてみた。収まりがいい。そしてコンセントを入れようと思ったその時、本体の裏に「コンセントを電源に単体でつないでください」と書いてあるのが目に入った。延長コードのような何個もコンセントをさせるようなところから電源をとってはいけないということだろう。しかしキッチンのコンセント差し込み口を見ると、オーブントースター、レンジ、冷蔵庫で埋まっていた。しかも他を延長コードでまとめようと思ったが、その全ての家電の裏に「コンセントを電源に単体でつないでください」の文字あった。そんなにキッチンにコンセントの差し込み口がある訳はない。恐ろしい表記である。僕はキッチンの家電全てにその呪いの文字が刻まれている事を知り、この解けないパズルを前に挫折を強いられた。出鼻をくじかれるとやる気がなくなってしまう。いや、もう無理じゃん!と思ってしまうのだ。

 

 コーヒーマシーンを放置してしばらくリビングでテレビを見た。そしてもう一度気持ちを奮起させ、設置に取り掛かった。レンジとオーブントースターを電源タップで一緒くたにし、どちらか片方を使っている時はもう片方は使わないことにした。そしてコーヒーマシーンの電源を取り、タンクに水をセットした。しかしどうやって使ったらいいかわからず、適当にボタンを押してみると、いきなりコーヒーマシーンがブーン!と動き出し、注ぎ口から大量のお湯を排出した。まだカップも設置していないので、マシーンの下の棚にお湯が全部かかった。その地獄絵図を見させられ、またもやる気が削がれてしまう。やめたやめた!と投げ出してしまう。

 

 リビングのソファーに座りながら小一時間携帯をいじった。そして少しため息をつき、もう一度設置に取り掛かることにした。とんだ牛歩設置である。とりあえず濡れた棚を拭くところから始め、説明書をしっかり読み、ついにコーヒーが出せる状態までたどり着いた。ちなみに買ったコーヒーマシーンは豆を挽くタイプではなく、1杯につき小分けのポーションを1つ使うタイプのものだ。ポーションの種類は、最初のお試しセットに豆の味やフレーバーが違う14種類が入っており、そこから好みの味を決めて注文するということらしい。

 ポーションの色ごとに味の違うコーヒーの、青色のを入れてコーヒーを1杯抽出してみた。部屋に芳醇な香りが広がる。飲んでみると本格的なコクがあり、うまい。その辺のコーヒーとは違う気がする。色んな味を試してみたくなり、次は白のポーションを入れてコーヒーを抽出してみた。今度は甘い香りが部屋に広がる。飲んでみるとバニラの甘い味がした。どうやらバニラのフレーバーだったらしい。こんなコーヒーも飲めるのか、と楽しくなり、その日のうちにもう3種類飲んだ。しかし温かい飲み物が好きなだけの僕が、コーヒーの味がわかるわけもなく、あとの3種類は全て青のコーヒーと同じように、コクがあってうまいと感じただけだった。

 

 そしてそれから1週間を経て14種類全てのコーヒーを飲み終わった。いろんな色のポーションの、いろんな味のコーヒーを飲んだと思う。しかし僕が分類できた味の種類は2種類だった。「バニラか、そうでないか」。自分のバカ舌を認識し、僕はバニラと1番最初に飲んだ青のポーションを注文することにした。

 

 僕はコーヒーマシーンを愛用し頻繁に使っている。しかし、どれだけお金があっても15万円のコーヒーマシーンを買うことはこの先ないだろう。

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次回の更新予定日は12月28日(金)です。

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