僕の人生には事件が起きない
2021/04/09

ハライチ岩井の新居がヤバすぎる マンションの屋上で廃墟の隣…「普通の家では我慢できない」

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お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による連載エッセイふたたび。「人生には事件なんて起きないほうがいい」、独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「新居」です。

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「新居」


イラスト:岩井勇気(ハライチ)

 東京で一人暮らしを始めて4年半。30才という遅さで実家を出て、墓場の隣のメゾネットタイプのアパートに住んでいたのだが、しばらく住んだこの家から引っ越すことにした。

 このアパートに住んだきっかけは、部屋の内見に来た際、スピッツの『猫になりたい』という曲の歌詞の「広すぎる霊園のそばの このアパートは薄ぐもり」という部分が、この墓場の隣のアパートと重なったことだ。子供の頃からスピッツが一番好きなバンドだった僕は、迷いなく契約したのだった。

 好きなバンドの歌詞になぞらえて家を決めるなんて“憧れの東京での一人暮らし”という雑誌の1ページ目に載っていそうな家探しの理由だが、そういう人のプロフィール欄には「高校卒業と共に」と書かれているだろうから、30才過ぎてそれを決め手にするのもどうなんだろうか。まぁ、思っちゃったんだからしょうがない。

 幽霊の存在を信じていない僕からすれば、墓場の隣であろうが気にすることはなく、むしろ静かで心地の良い家だった。その家から引っ越す。大した理由はないのだが、強いて言えば車移動をする僕にとって、前の家は駐車場が遠かったのだ。駐車場の近くに住みたい、というのが引っ越しの大体の理由なので、新しい家は割と近所だ。

 家探しの時に、変わった家ばかり見てしまう。普通に住みやすい家では満足できなくなってしまっているのかもしれない。

 歴代の恋人を思い返してみるとどこかに共通点があるように、家には墓場の隣のような刺激を求めてしまっているようだ。しかも始めて付き合ったのが、“マフィアに追われているフィリピン人女性”くらいパンチのある家だったので、基準点はめちゃくちゃなものである。

 ネットの住宅情報のサイトで物件を見るのが好きなのだが、そんなでたらめな基準で見つけたのが新しい家だ。やはり変な物件で、低層マンションの屋上に1軒だけある平屋のような家なのだ。

 しかもこの家、屋上へ上がるための入り口が他の住人とは別で、エレベーターが無く、階段を上るしかない。さらに、屋上にある平屋と言えば聞こえがいいが、広さは前の家とさほど変わらない。

 よく言えばペントハウス。しかし実際は、なんというか、“大家さんの家”だ。元々大家さんが屋上にこぢんまりとした平屋を建てて、マンションの管理をしながらそこに住んでいたという想像のできる、大家さんの家なのだ。

 極め付けはマンションの隣に建つ一軒家である。大きめの一軒家なのだが、ここには人が住んでおらず廃墟と化している。外観は老朽しており、透明な窓ガラスから見える部屋の中はかなり荒れている。

 夜になるとマンションの明かりがその家の窓ガラスに差し込んでいるのだが、もしもその窓の奥に人の気配がしたり、何かが横切ったら相当怖いだろうな、と思っている。しかし夜中、家に帰るときは毎回見てしまう。

 墓場なら、夜中に人の気配がしても実際に誰かがいる可能性はあるが、廃墟に人の気配がしたとしたら明らかにおかしい。そういう意味では、隣が廃墟の方が怖いのかもしれない。

 僕は“墓場の隣のメゾネット”から、そんな“廃墟の隣の大家さんの家”に引っ越したのだった。

 引っ越して数日、部屋の荷物はなかなか片付かないが、大家さんの家に住んでいるので、大家さんのように振る舞う準備だけはできている。

 住民に「大家さんおはようございます」と挨拶されても「はいおはよう。ごはんちゃんと食べてる?」など優しい言葉をかけられるし、煮物を作りすぎたら一人暮らしの大学生の部屋に持っていってあげようと考えている。外国人の住民には「オオヤサン、ニッポンノオカアサン」と言われるくらいまで仲良くなろうと思っていて、20代OLの家に下着泥棒が出たらおたまを持って駆けつけるつもりだ。

 ある日家の片付けをしていて、ふと気になる場所を見つけた。それは家の外にある、屋上へ上がる階段の下のスペースだ。

 階段を降りた横に6畳ほどのスペースがあり、そこには砂利が敷いてあるのだが、何かに使われている様子がない。気になって管理会社に電話してみると、なんとそのスペースは僕が好きに使っていいと言うのだ。急に謎の6畳を手に入れてしまった。

 テントくらいだったら立てられそうな絶妙なこのスペースには、難点が1つだけある。隣の廃墟の敷地内にどっしりとした大木が立っており、成長しすぎた木の枝がちょうどその階段下のスペースに入ってきてしまっている。それが少しどころではなく、スペースの半分は上が木の枝で覆われているのだ。

 マンション側に非はないはずなのだが、昔からある木に対しての世間の気遣いを侮ってはいけない。こうして他人の敷地を侵していようと、樹齢何百年といった雰囲気の、昔からある木に対して世間は甘い。

 昔からある木の幹が太くなりすぎて、公道の幅が狭くなっても、昔からある木にはお咎めがないのである。そもそも昔、木を伐採してできた道路で、何百年後に昔からある木になりうる木は今でも切っているのに、昔からある木は優遇されている。

 なので、隣の廃墟が大木をどれだけ成長させてこちらの敷地を侵してこようと、文句をつければ、昔の木愛護の世間に叩かれかねない。昔からある木とは関わり合いになりたくないものだ。

 考えた結果、僕はこのスペースに物置きを建てることにした。家の外に物を置いておける場所があるというのは、部屋が広くなるので非常にいい。

 僕の考える物置きというのは、よく一軒家の庭の端に建てられている引き戸の物置きだ。サザエさんの家で、悪さをしたカツオを閉じ込めるのに使っているあの物置きだ。戸を木の棒で押さえつけて出られないようにされている描写をよく見るが、今では考えられない使い方である。磯野家では罪人を閉じ込める懲罰房として使っているのだ。あまりにカツオが悪さばかりするので、説教だけでは効果がないことに気付き、庭にカツオを閉じ込めるための懲罰房を設置したのだろう。

 その懲罰房を階段下のスペースに建てようと思い、店を調べた。大型のホームセンターに行けば様々な懲罰房が揃っているらしい。早速、車で都心から少し離れたホームセンターに行った。

 入ってすぐ、店員に「庭に置くタイプの懲罰房ありますか?」と聞くと、迷うことなく園芸コーナーの横の懲罰房コーナーに案内してくれた。やはり、ありとあらゆるサイズの懲罰房が数多く揃っている。この地域は罪人が多いのだろうか。

 僕は中くらいのサイズの懲罰房を選び、配送手続きを済ませた。2週間後に自宅に届くらしい。

 2週間後、階段下のスペースに物置きが建てられた。これから寒くなる季節、家の窓から見えるその物置きの屋根には、大木の枝から落ちた枯葉が何枚も乗っていた。それを見て、僕はここに住み始めたんだな、そう思った。

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次回の更新日は2021年4月23日(金)です。

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