僕の人生には事件が起きない
2021/03/26

ハライチ岩井が語る“団地の兄貴分・マサシ”との悪事と決別

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お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による連載エッセイふたたび。「人生には事件なんて起きないほうがいい」、独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「団地に住んでいた頃」です。

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「団地に住んでいた頃」


イラスト:岩井勇気(ハライチ)

 団地に住んでいた。かなり広い敷地に住棟が何十と立ち並ぶ一角。元々アパートに住んでいたのだが、幼稚園の頃に引っ越してきたのだ。

 僕の家は最上階である5階だった。毎日5階までの階段の上り下りが大変で、特に上りはかなりきつい。なので2階まで上った時点で、まだ1階だ。と思うようにし、4階まで上ったからあと1つ! と思った時にはもう5階、というセルフミニサプライズをよくやっていた。
 

 団地には独特のコミュニティがあり、同級生の中でも、団地に住んでいる友達には不思議と親近感を覚えていたし、普段学校で上級生や下級生とは遊んでいなかったのだが、団地に住んでいる子供の中でだけは交流があった。

 1つ年上のマサシという上級生が団地に住んでおり、小学校3年生の頃によく遊んでいた。マサシとなぜ仲良くなったのかはよく覚えていない。団地内の公園で遊んでいたからなのか、いつの間にか仲が良かった。

 少し離れた棟の1階にマサシは住んでいた。この団地の1階というのは、僕の中で、何故か湿気の多い、じめっとした陰気な印象があり、僕は子供ながらに団地の1階だけは下に見ていたので、マサシの家も潜在意識の中では見下していたように思う。とはいえ、マサシは兄貴分的な振る舞いをする子で、僕も慕っていた。

 マサシは少し悪ガキで、ある日、家からライターを持ち出してきて、その辺の枯れ葉を1枚燃やしてみせた。僕はかなり悪いことをしているような気がして怖気付いていたが、マサシは「もっと色んなもの燃やしてみよう」と言い、木の枝や落ちていた紙屑などを集めて、団地の駐輪場の屋根の上へ横の木に登って乗り移り、そこでチリチリとそれらを燃やし出した。僕も駐輪場の屋根に登り、恐る恐る近づいてそれを見ていると、悪いことをしているという意識の中にもどこか高揚するものがあった。

 しかし火が完全に枝に移らず、くすぶっているところに、後ろから「何やってんの!」という怒鳴り声が聞こえた。見ると駐輪場の下に僕の母親がいたのだ。母親は僕らの動揺を見るなり「ちょっと降りて来なさい!」と呼びつけ、マサシの拳を無理やり開き、手の中に握り込んでいるライターを見つけた。そしてすぐさま僕ら2人に鉄拳制裁を喰らわすのだった。

 僕は脳天の痛みに泣き喚きながらも、良かった、という気持ちになっていた。僕には枝を燃やすマサシを止めることはできず、その場から立ち去ることもできないので、このままどんどんマサシの燃やすものがエスカレートしていったらどうなってしまうんだろう。という恐怖があったからだ。誰か大人が見つけてくれないか。という気持ちが少なからずあった中で、僕の母親に見つかったのは一番良かったのかもしれない。

 マサシと遊ぶ時はテレビゲームなどはせず、とにかく団地の中を探索していた。団地には診療所があり、その裏のブロック塀にどうにかよじ登り、塀を伝うと公民館の屋上に上がることができる。その公民館の屋上の奥の方へ進むと、隣のマンションの壁の足場に飛び移ることができ、そこを慎重に進んでいけば、マンションの屋上に行けるのだ。

 この団地に隣接したマンションの屋上は結構開けていて、遊ぶにはちょうどいいのだが、マンションの入り口からは絶対に進入できないようになっているので、このルートでしかたどり着けない。マサシがこのルートの情報を団地の友達から入手して教えてくれたのだった。

 マンションの屋上にはそこを知っている団地の子供が置いていった漫画本やら遊び道具があり、この団地には何年か住んでいるが、知らない場所があったことが楽しくて、その後しばらく毎日のように行って遊んでいた。

 ある日、団地の草むらでマサシを見かけた。声をかけると、いつもなら「どっか行くか」などと言って一緒に遊ぶことになるのだが、その日は何やら雰囲気が違う。話を聞いてみると「今日は約束があるんだよ」と言う。しかし、それでも僕が遊びたそうにしていたのか、マサシは「お前も一緒に行くか?」と僕を誘った。

 よくわからないままマサシについて行くと、草むらの奥の方にマサシより上級生の男の子がいた。そして、マサシは会うなりその上級生にペコペコしている。

 上級生は僕に気付き「そいつ誰?」とマサシに尋ねた。マサシは「いや、ちょっと仲良くしてるやつで……」と歯切れが悪く、やはりどこかペコペコしている。その様子がいつもの兄貴分のマサシとは違っていた。

 上級生が僕に「じゃーしょうがねぇか、お前も仲間に入れてやるよ。行くぞー」と言うので、相変わらずよくわからないままだったが一緒について行くことにした。目的地に向かう途中、マサシが僕に「俺の友達ってことで仲良くしてもらってんだから、ちゃんとしろよな」と僕に注意した。マサシの顔には若干の緊張感があり、なんだか僕はその時のマサシが小さく見えたのだった。

 上級生は団地の近くにある小さいスーパーまで行くとその中へ入っていき、お菓子コーナーの入り口で止まった。すると僕に「お前ちょっとここに立って誰か来ないか見てて。誰か来たら教えて」と言った。僕は言われた通りにすることにした。マサシは「じゃー俺、逆側見てるから」と僕とは逆の入り口に向かった。僕はマサシに「ちゃんとしろよな」と注意されていたこともあり、一生懸命誰か来ないか周りを見ていた。

 誰も来ないまましばらく経つと、上級生が「もういいぞ」と僕に言い、3人でスーパーを出た。そして近くの大きい駐車場まで行くと車の陰で「ほら、これやるよ」と上級生が僕にチョコレートをくれたのだ。僕は突然新品のチョコレートを貰えたので、嬉しくてお礼を言ってそれを食べた。

 少し大人になってから気付いたのだが、きっとあれは万引きしたチョコレートだったんじゃないだろうか。小学3年生の僕には“スーパーでお金を払わずに物を持ち出す”という考え自体が全くなかったので、想像すらしないことだった。

 マサシはその時、美味しそうにチョコレートを食べる僕を見て罪悪感を覚えたのか、それから一度も僕をその上級生に会わせることはなかった。
 

 マサシと遊ばなくなったきっかけは鮮明に覚えている。僕の家にビーズで装飾されたウサギのティッシュカバーがあったのだが、マサシが家に来た時に、持っていた自前のおもちゃのナイフで、そのウサギの目に縫い付けられたビーズをえぐり取ったのだ。それを発見した僕の母親は激怒し「出ていきなさい!」と、マサシを家から追い出した。その時になぜか僕も母親と一緒になって「出てけよ!」とマサシを非難したのだ。そしてマサシはばつが悪そうに玄関を出て、とぼとぼと団地の階段を降りていったのだった。

 それ以降、マサシと遊ぶことはなくなった。しばらく経って知ったのだが、その後程なくして、マサシは団地から引っ越して転校したらしい。

 中学1年生の頃、僕の家も団地からマンションに引っ越した。団地に住んでいた時のことを思い返すと、そんなことが呼び起こされる。

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次回の更新日は2021年4月9日(金)です。

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