僕の人生には事件が起きない
2021/04/23

「地球最後の日に何食べる」問題、ハライチ岩井の答えは「そうめん」? 好物を選ばない理由

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お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による連載エッセイふたたび。「人生には事件なんて起きないほうがいい」、独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「地球最後の日」です。

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「地球最後の日」


イラスト:岩井勇気(ハライチ)

 先日、仕事の先輩と話していて「お前って鰻好きだよな?」と聞かれた。そう、僕は鰻がとても好きだ。自分の中の好きな食べ物で上位3位以内には入る。他の魚には無いあの独特の味と、タレとの抜群の相性。たまらない。どんな鰻であろうと好きだ。

 よく、好きな食べ物を挙げた後に「ちゃんとした店で食べると格別だよ? チェーン店のはダメ。しっかり調理されてないから食べられたもんじゃない。旨い店は本当美味いよ」などと、やたら食通ぶる奴がいるが、そんな奴は本当にその食べ物を好きな訳ではない。

 僕は鰻だったらなんでも美味しい。高級店であろうがチェーンの牛丼屋の出す鰻丼であろうが、同じぐらい美味しく感じる。もう鰻の時点でメーターが振り切れてしまっているのだ。

 スーパーで買った冷凍の鰻のような、少し弾力のあるブヨッとした鰻でも良い。それを冷凍庫の中で、賞味期限ギリギリまで放置した末、雑に解凍して食べても最高に美味しく感じるだろう。なので僕は先輩に「はい。すごく好きですね」と答えた。

 すると先輩は続けて「だとしたら、もし“地球最後の日に何食べるか”ってなったら、鰻食べるってこと?」と僕に質問した。

 この手の想像の質問はたまにあり、僕も好きだ。しかし僕はこの“地球最後の日に何食べるか”という質問に対して、いつも悩む。それは、もし地球最後の日が本当に来たとして「あぁ、もう今日で地球が終わってしまうんだ……。死ぬんだ……」と悲しみに打ちひしがれている時に、大好物である鰻のような重たい食べ物を食べられるかということだ。

 相当な恐怖と絶望感の中、食欲も減退していて、鰻が喉を通るだろうか。そう考えた時、好きな食べ物の中で全く上位には位置していないが、地球最後の日に食べるのはおかゆや桃やゼリーといった、病人の食べるような食べ物ではないかと思うのである。

 そんなことを考えていると、先輩が「俺はやっぱり一番好きな食べ物を食べたいから……」と言い始めたので、やはりこの人も地球最後の日をしっかり想定しないで欲望のままに食べたい物を考えてるんだな。と思っていると、先輩は「そうめんかな!」と言った。

 なんでそうめんなんだよ! 地球最後の日がどうという話以前に、なんで一番好きなものがそうめんなんだよ! 一番好きな食べ物がそうめんの奴なんて聞いたことねぇよ! 意味わからねぇだろ! と先輩の言葉に理解が追い付かずにいると「昔からそうめん好きなんだよねー。ちょっとお金出して高級なそうめん買うと、すっごく旨くてさ」と言い出した。

 はいはい、食通のやつね。そうめんごときで食通のやつやるなよ。と呆れていたが、どうやら聞いていると本当にそうめんが好きらしい。そうめんなど御中元での貰い物が家のどこかにあって、それをなんとなくで食べるものだと思っていた。

 だが、やはり地球最後の日に一番好きな食べ物を食べるという考えは甘い。“喉を通らない”という問題とは別に、“どこで食べるんだ”という問題が湧き起こってくるからだ。そう、地球最後の日は地球人全員にとって最後の日なので、飲食店はどこも営業していないだろう。

 一番好きな食べ物で、寿司や焼肉を挙げる人もかなり多そうだが、寿司も焼肉も恐らく店が営業していなければ、なかなか食べられるものではない。しかし、もしかしたら「地球最後の日もいつもと同じように営業して、俺は生涯寿司職人として終わろう……」という想いで、店を開ける粋な寿司職人もいるかもしれない。だとしても、そんな店は極めて少ないので客が殺到するのだ。

 そうなると地球最後の日に行列に並ぶことになる。地球最後の日に1時間も2時間も並びたくはない。地球最後の日の待ち時間ほど無意味なものはない。しかも地球最後の日ということがわかっているだけで、何時に地球が滅ぶかはわからない。地球の滅び方もわからないので、寿司屋の行列に並んでいる最中に隕石が降ってきて地球がボカーンと爆発したら最悪である。

 では仮に、今日が地球最後の日ということを、自分だけが知らされている場合の想定をしよう。そうすれば僕以外の人は地球最後の日ということを知らないので、飲食店は通常営業をしている。

 しかし今日が地球最後の日ということを自分だけが知っているとなると、恐らくそこで、この地球最後の日というのを他の人にも知らせた方がいいのか? という考えに至るはずだ。だが「みんな聞いてくれ! 今日で地球は消滅する! 地球最後の日なんだ!」と高らかに叫んでも、誰も信じてはくれないだろう。それどころか地球最後の日に頭がおかしいと思われて終わってしまう。

 結局この事実を知っているのは自分だけ、と思うと、さらにプレッシャーで何も食べられなくなる。そして挙句僕は、地球最後の日って本当か? 俺の頭がどうかしちゃったんじゃないか? と、疑心暗鬼になるのだ。食べ物どころではない。

 疑心暗鬼ついでに、もし高級寿司や高級焼肉などを食べてしまった場合、自分の頭がおかしくなっていただけでその日何も起こらなかった、となったら、何でもない日に余計な贅沢をしてしまっていたことになり、思わぬ出費となる。そんな疑いの沼にも嵌ってしまう。

 それでは、やはり地球人全員に、今日が地球最後の日と告知されている場合の想定に戻す。

 これを本当に現実的に捉えると、行列に並ぶか否か。などと書いたが、実際そうなった地球では、人は暴徒化し、街は酷く荒れているだろう。店や施設では、盗みや破壊活動が横行し、外は危険極まりない状態になりそうだ。

 そこで、家にいる方が安全。という考えに辿り着く。すると自ずと家にあるものを食べることになるのだ。

 だが、いつ隕石が降ってきて地球がボカーンと爆発するかはわからないので、時間をかけて凝った料理は作れない。そうなると、家になんとなくあって、サッと作れて、地球最後の日に絶望に打ちひしがれていても喉を通る、さっぱりしたもの。

 ここまで読めばおわかりかもしれない。結論、そうめんなのである。

 理屈を捏ねて考えるより、純粋な“好きだ”という気持ちのほうが近道だったりするのかもしれない。僕は、先輩との“地球最後の日に何食べるか”という会話の中で、なぜか恋愛の真理のようなものに辿り着いた気がしたが、違うかもしれない。わからない。

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次回の更新日は2021年5月28日(金)です。

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