僕の人生には事件が起きない
2021/06/25

ハライチ岩井、母親との喧嘩の末「卑怯者」呼ばわりされる 強引すぎる母親に白旗を上げた理由

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お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による連載エッセイふたたび。「人生には事件なんて起きないほうがいい」、独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「母との攻防」です。

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「母との攻防」


イラスト:岩井勇気(ハライチ)

 30歳で実家を出て4年。一人暮らしの家も一度引っ越しをし、新たな家で暮らしている。

 住んでいるのは東京なので埼玉の実家までは車で1時間程度なのだが、一人暮らしの家には定期的に母親が来て、生活用品やら食べ物やらを置いていく。4年も一人で生活をしていて、そんなものは自分でスーパーで買えばいいのだから必要なさそうに思えるが、これがなかなか無下にはできない。

 とにかく生活用品はスーパーに行った時には毎度驚くほど買うことを忘れているし、母親が買ってくるちょっとした惣菜や冷凍食品は、普段自分には目に入らないような“実家臭”が漂いまくっているもので、これがまたいい。

 マカロニサラダやカステラ、謎の冷凍のチヂミ、チンする肉まん3個セットなんてものは、まず一人暮らしの買い物のラインナップには入らない。買ってまで食べたいものではないのだが、家にあると、ふと手が伸びてしまい、食べ終わった後にはありがたみを感じているのだ。

 この実家臭は嗅ぎすぎると鼻の奥にツンとくるものがあるが、定期的に母親がいい塩梅で運んでくる実家臭には、少し楽しみにしている自分がいる。これだから“親”はやめられねぇぜ、と思っているのだが、周りの人間には「いい加減やめなよ」と諭されるのだ。あいつらとは感覚が合わない。

 ある日、いつものように母親が生活用品やら食べ物を車で僕の家まで運んできた。ちょっとした生協だ。

 近くのコインパーキングに車が停められないということなので僕の家の前の道に一時停車させ、僕が荷物を下まで取りに行くことになった。「下に着いたよ」という電話を受け、マンションの下まで降りると、母親の軽自動車が停まっており「後ろの荷物。その袋と、その手提げね」と言われるままに、後部座席から袋と手提げを回収する。

 配達員さんご苦労様です。と心の中でお礼を言い、家へ戻ろうとすると「ちょっとあんた、珪藻土マットは?」と声をかけられた。言葉の意味が一瞬わからなかったが、僕はすぐに思い出した。

 最近、大手家具メーカーが4年程前から販売している、珪藻土という吸水性のある素材で作られたバスマットにアスベストが含まれていたとして、その時期の珪藻土バスマットを自主回収している。そして僕が一人暮らしを始めた頃に買った珪藻土バスマットのメーカーと時期が一致していたので、母親がそれを懸念し「実家で処理してあげるから、今度あんたの家行く時に車に積みなさい」と言われていたのだ。

 僕はそれをすっかり忘れていて、マンションの下まで降りてきてしまったのだが、もう一度家へ戻って珪藻土マットを持ってくるのも面倒なので「大丈夫、大丈夫」と言って再び家に戻ろうとした。すると母親が「ダメだよ! なに考えてんの!?」と、僕を引き止めた。

 正直僕自身も珪藻土マットに関しては新しいものに替えようと思っていて、最近ネット通販で目星をつけていた。しかしその新しい珪藻土マットを買うまでの間、脱衣所のバスマットが無くては風呂上がりに床がびしょびしょになってしまう。だから、次のバスマットを買うまでは今までの珪藻土マットを使おうと思っていたのだ。

 なので「いや、次のバスマットすぐ買うけどそれまでは今までの使うから、今日は持っていかなくていいよ」と母親に言った。すると母親がさらにすごい見幕で「ダメよ! 持ってきなさい! ニュース見なかったの!?」と言う。

 僕が「すぐ次のバスマット買うから大丈夫だよ」と返すと、母親は「なかなか買わないのわかってるんだから今すぐ持ってきなさい!」と埒が明かない。挙句の果てに「そうやって人心配させて楽しいの?」と大袈裟に苛立ちはじめるのだ。

 しかし僕の中ではもう次の珪藻土マットの目星はつけているし、このまま家に戻ってネットで注文すればいいだけの話なのだ。だが「本当にすぐ注文するから。今週中には届くから」と言っても、母親は溜め息混じりに「親に心配させないことより、自分の意地の方が大事なんだね」と新たな切り口で返してくる。

 こっちも意地で言ってるわけではない。単純にバスマットのない数日間、脱衣所の床がびしょびしょになるのが嫌なのだ。母親は、その新しいマットを買うまでの数日間、アスベストの入った珪藻土バスマットを使うことを懸念しているのだろうが、その数日間があろうがなかろうがほぼ同じである。なぜならそれまでの4年間毎日使っていたからだ。数日など微差のはずなのだ。

 しかし母親の苛立ちは加速し、究極の一言が飛び出す。「あんた、最近私調子悪いんだから言うこと聞いてよ。お母さんに早く死んで欲しいの?」

 これは母親の常套句である。急に体調が悪いことになり、自らを人質にするような一言。僕はこれは全母親が共通して使ってくる最終手段だと思っている。この一言はお互いを嫌な気持ちにさせるのでやめてもらいたい。

 逆にその一言で息子に言うことをきかせて嬉しいのか? とも思う。しかも、僕が子供の頃からこういう場面で使ってきているので「生きてるじゃねぇか!」と言ってやりたいものだ。

 究極の一言が出たのでこの話し合いは終わりだと思い、そこから母親の言うことは「はいー、ありがとうー、お疲れでしたー」と全て無視して荷物を持って家に戻った。マンションに入っていく間も大きめの声で何かを言っているのを背中で感じていたが、何も耳に入れないようにした。

 家に入ると、携帯電話が鳴っている。着信は外の車にいる母親からだ。出ても同じことの繰り返しだと思い無視していたが、その後も何度もかけてくるので一度電話に出た。

 すると母親が更なる苛立ちの声で「なんでそういうことするの? こっちは心配して言ってるんだよ」と、やはり同じことを言ってくる。そもそも話が噛み合っていないのだ。僕の言葉は聞き入れようとせず、とにかく自分の不安を解消すべく珪藻土マットを回収しようとしている。

 僕は議論の余地なしと判断し「大丈夫ですー、もう替えるのでー、さよならー」と流すように言い、電話を切った。

 直後、また着信があり、それも無視していたのだが電話は鳴り止まない。ここまでくると、もうメンヘラ女である。すると着信音が止み、メールが届く。「なんでお母さんの言うこと聞いてくれないの?」と書いてあった。

 こっちからすれば、電話をかけてこようがメールをよこそうが一緒なのだ。メールにも返信せずにいると、さらにメールが送られてきた。見ると「卑怯者」の一言。

 卑怯者。何これ? 母親に「卑怯者」と言われるとはどういう状況なのだ。そもそも何の勝負をしているのかもわからない。

 そこから「早く持ってきなさい」「とりあえず出てきなさい」など、外の車から何通もメールが来るが全て無視。家に立て籠もり、学生運動のような気分だ。建物の外の大人の「出てきなさい!」に対して「大人には屈しない!」の旗を掲げての断乎たる無視である。

 その攻防は30分以上続いた。さながら『ぼくらの七日間戦争』だ。そして、母親もこちらの固い意志を感じたのか30分を過ぎた頃、ブーンとエンジン音が聞こえ、窓から家の前の道を見ると車がなくなっていた。

 勝った、勝ったぞ! 居なくなった! 勝った! 大人達に勝ったんだ! 僕らの戦争は終わったんだ! 勝利! 僕は歓喜した。

 謎の攻防でお腹が空いたので、母親が持ってきた袋から5個入りのドーナツを取り出し、もぐもぐ食べた。うまい。勝利のドーナツはうまいのだ。それを袋に入っていたパックの野菜ジュースで流し込む。勝利の野菜ジュースはうまい。勝利のワイドショーは面白いし、勝利のこたつはあったかいのだ。

 勝利の宴に酔いしれながらしばらく経った頃、ピンポーン! と家のベルが鳴った。先日通販でシャンプーを注文していたので、勝利の通販だと思い、インターホンに出ると「ちょっと、開けなさい」と、母親の声。

「うわぁああ!」と驚き、モニターを見ると母親が。しかも手には新しい珪藻土バスマットを持っている。「ほら!」と珪藻土マットを掲げる母親の顔には、してやったりという笑顔が浮かんでいるように見えた。

 これが大人の強行突破、突入である。おもむろに家に入り、バタバタとバスマットを交換し「これでいいわ」と、一仕事終えた様子で帰って行った。

 そして僕は、これが大人の力かぁ~! と傍観するしかなかったのだ。

 30半ばの子供が60過ぎの大人に負け、僕の長い戦争は終りを迎えた。珪藻土バスマットは新しくなった。使ってみたが、前の珪藻土マットよりもよく水を吸うので、すごく気に入っている。

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