第1話 「タカラヅカ」は怖くない!

タカラヅカ・ハンドブック

2019年10月01日


 宝塚未体験の人に宝塚の話をすると、必ず言われる言葉があります。

「面白そうだとは思うけど、なんだか怖くて……」

 まぁ、暑苦しく宝塚トークをする私に対して失礼にならないよう、なおかつガチで観劇に誘われないよう気を遣った末に選び取った表現なのかもしれませんが、何を隠そう、私も観る前は宝塚のことを「なんだか怖い」と思っていました。その「なんだか怖い」の内訳はこうです。

1 ものすごくお金がかかりそうで怖い

2 時間も手間も取られ、人生のすべてが宝塚一色に染まっていきそうで怖い

3 男性に縁遠くなりそうで怖い

 本当に勝手な偏見でしかないのですが、こんなことを思っていました。はまったら最後、お金も時間も労力も、すべてを宝塚に吸い尽くされてしまう、そういう魔力が宝塚にはあるんだ、と全身全霊で警戒していたのです。たった1000円のプログラム(パンフレット)すら、「これを買ったら、越えてはならない一線を越えてしまう!」と思い込み、必要以上に警戒する始末。売店でも気を許さず、魅惑的な品々に対して、斜に構えたフィルターを外せませんでした。そこまでしていったい何を守ろうとしていたのか、今となってはまったく理解できません。あの時、なぜ『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』のプログラム(レスリー・キー撮影による、出色の出来)を買わなかったのか……! 

 実際に一線を越えてみると、宝塚は拍子抜けするほど普通に楽しめるものでした。まず「お金がかかる」についてですが、これは一つの公演を一回観る程度であれば、そこまでお金はかかりません。宝塚歌劇団専用の劇場は二つありますが、兵庫県宝塚市の宝塚大劇場、もしくは東京宝塚劇場でのおもな公演を一公演につき一回ずつ観るのなら、約一ヶ月~一ヶ月半に一回の観劇回数となり、かかるお金はチケット代のみ。もっとも席数の多いS席は8500円か8800円(劇場によって違います)ですが、安いものなら東京宝塚劇場の当日B席2500円(宝塚大劇場では2000円)、東京の立見席は1500円(宝塚大劇場では2500円)というのもあります。一~二ヶ月に一回、ディズニーランドに行くような楽しみ方といえばわかりやすいでしょうか。

 次に「時間も手間も取られ、人生のすべてが宝塚一色に染まっていきそう」ですが、宝塚はヤクザやサラ金じゃないんですから、人生を無理矢理すみれ色に染め上げられるようなことがあるはずもないのです。私が想像していたのは、「花、月、雪、星、と五つもある組の公演、及び全国ツアーなどを追いかけていたら、スケジュール調整やチケット争奪戦などですごく忙しくなってしまい、それ以外何もできなくなるのではないか?」ということでしたが、そんな夢のような生活ができるんだったら何を恐れる必要があるのでしょうか。むしろそうできない人生のほうを嘆くべきなのではないか……。いえ、少々論点がずれてしまいましたが、普通はやっぱり仕事や懐具合との兼ね合いもありますし、すべての時間を宝塚につぎ込むまでには、浮世のしがらみという多くのストッパーが存在します。それほど恐れなくとも、たぶん大丈夫です。もし暴走してしまっても、そこに待っているのは宝塚を観るという幸せな時間だけですから……!

 個人的には、宝塚を観ることで非現実の空間にトリップして多幸感を味わえる、というのが最高の癒しなので、あまりたくさん回数を観るのではなく、たまの楽しみにとっておいたほうが効き目が強いかも、と思い、現時点ではそれほど観劇回数は増やさずに楽しんでおり、もっと溺れたいような、このままの関係でいたいような感じで揺れている状態です。ただ、少しずつ少しずつ、堤防が崩れるように、観劇回数が増加してはいるのですが……。

 そして最後の「男性に縁遠くなりそう」ですが、これに対しては、実は宝塚ファンには既婚女性がとても多いことを挙げておきます。そして、ここが重要なポイントなのですが、宝塚で、現実には存在しない理想化されたファンタジーとしての男性を観ることによって、現実ではありえない夢を見たり、現実の男性に理想を押しつけたりするのはおかしなことである、ということを実感できるようになります。

 私自身、「プロポーズは男性がひざまずいてするもの」だとか、「結婚式では黒い燕尾服を着た男性が、バラの花を渡しながら最高にキザなセリフで愛を囁いてくれ、幸せのクライマックスを迎えるもの」だとか、かなり脳内がお花畑な男性観や恋愛観をうすぼんやりと持っていましたが、実際に宝塚でそういうことをする男役のみなさんの姿を見ていると、「これを普通の男にやってくれとか、どんな罰ゲームだよ……!」と、自分の大きな間違いにやっと気がつきました。理想と夢は宝塚で、現実は本物の男性で!と、求めるものをはっきり分けることができたのです。

 夢見る頃を過ぎても、いや、夢見る頃を過ぎるためにこそ、私たちは宝塚を観、そして夢見た頃の楽しさを骨の髄まで味わっているのかもしれません。

はるな檸檬

1983年宮崎県生まれ。OLや漫画アシスタントを経て2010年、宝塚ファンを題材にした『ZUCCA×ZUCA』にて漫画家デビュー。『ダルちゃん』が第23回手塚治虫文化賞マンガ大賞の最終候補作となるなど、現在もっとも注目を集める漫画家の一人。その他の著書に、『れもん、うむもん! ――そして、ママになる――』『タクマとハナコ』などがある。

最終更新:2019/07/01

雨宮まみ

1976年福岡県生まれ。ライター。2011年、自伝的エッセイ『女子をこじらせて』を上梓し、「こじらせ女子」という言葉を生み出す。女性の自意識、音楽、カルチャーなど執筆分野の幅は広い。著書に『ずっと独身でいるつもり?』『女の子よ銃を取れ』『東京を生きる』『自信のない部屋へようこそ』『まじめに生きるって損ですか?』など。

最終更新:2019/08/29

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