知らない世界へ飛び込むのは、少し勇気が要るものです。普段、ライブハウスや劇場などに行くことはあっても、「東京宝塚劇場」や「宝塚大劇場」と聞くと、「何か、一般庶民にはわからない宝塚独自のルールがあるのでは?」と、ちょっと身構えてしまう人も多いかもしれません。
宝塚劇場での観劇のルールは、大きく分けて二つです。ひとつは、声を出さないこと。観劇中に喋らない、ということだけではなく、どんなに素敵なスターが舞台に現れようと、そのスターがいきなり舞台から降りて観客にバラの花を手渡したりしようと、基本的に「キャー!」とか、そういう歓声は上げないのが暗黙のルールとなっています。溢れるパッションや賞賛は、拍手で思いきり伝えましょう。拍手するタイミングも、「ここです」とはっきりわかるほど、大勢が拍手するところがありますので、それに合わせていれば問題ありません。もちろん、拍手をしなくてもかまいませんし、しないからといって白い目で見られることもありませんが、おそらく、せずにはいられないと思います。
もうひとつは、劇場で実際に係員の方がアナウンスする公式のルールですが、「前に身を乗り出さない」ということです。宝塚劇場は、行くとわかるのですが、舞台が観やすいようにさまざまな気配りが施されている劇場です。座席に深く腰かけて観ることが前提になっているので、前に身を乗り出す人がいると、後ろの人の観劇の妨げになるのでやめましょう、というルールです。
簡単に言えば、おとなしくしていれば大丈夫ということですので、心の悲鳴を押し殺すのが大変と言えば大変ですが、観劇のルールについてそれほど恐れる必要はありません。
私は都内在住で、東京宝塚劇場に通っていますので、まずは、東京宝塚劇場がどんなところなのか、簡単にご紹介してみたいと思います。まず、座席数は2069席で、宝塚大劇場(2550席)より若干少なめです。最寄り駅は日比谷駅、有楽町や銀座の駅からもかなり近い場所にあります。チケットを提示して中に入ると、頭上にはシャンデリア、正面にはレッドカーペットが敷かれた階段と、自動演奏のグランドピアノ……。浮世離れしたゴージャス空間に頭がポーンと非日常へと飛ばされますが、気を取り直して左右を見れば、右手にオペラグラスの貸し出し所、左手にキャトルレーヴという宝塚グッズのショップがあります。初めての方には、キャトルレーヴでその日の公演のプログラムを購入することをおすすめします。開演前にパラパラと読んでおけば、物語や配役がおおむね掴めますので、楽しさが倍増します。プログラムは上階の売店でも販売していますが、大量の生写真やポストカードに囲まれ、「宝塚の世界観」を体感するのは、他ではなかなかできないことですので、是非入ってみて下さい。
ちなみにキャトルレーヴでは、写真やポストカードの他に、CDやDVD、「歌劇」や「宝塚GRAPH」などの雑誌も販売されています。すごいのは、宝塚専門誌だけでなく、宝塚のスターが掲載されたファッション誌なども置いてあるところ。うっかり買い逃したあの雑誌もこの雑誌も、ここに来れば買えるのです。
各スターさんのグッズなどもありますが、個人的におすすめなのは「ミニチュアシールセット」。宝塚を象徴する華麗なお衣装を、立体的に表現したシールで、品があってとてもかわいらしいデザインです。どこで何に使うのかと問われると困りますが……。お土産に適したお菓子類もあり、独特の商品展開を見るのも、初めての方には面白い体験だと思います。
2階のロビーには立食形式のカフェもあり、お酒や軽食も楽しめます。4階には喫煙所、飲み物や軽食を販売している売店があります。3、4階には飲み物の自販機があり、メーカーによりますがほとんどが外の自販機より10円高いだけの良心的な価格設定になっています。上演中以外の、開演前や休憩中でしたら、客席での飲食もOKです。
宝塚の舞台は普通、二幕構成になっており、一幕と二幕の間に30分の休憩があります。休憩を含めたトータルでの観劇時間は3時間。空腹や喉の渇きに対処できるよう、劇場側が全力で配慮をしてくれています。そして、この「休憩30分」という休憩時間の長さの何がありがたいかというと、トイレにちゃんと行けるんですよね。宝塚以外の舞台では、休憩時間が15分のことが多く、女子トイレには長蛇の列……というどうしようもない状況を経験することがよくありますが、宝塚劇場は女子トイレが男子トイレより断然多く設置されており、トイレに係員が配備され、整然と列がさばかれていきます。初めてこの光景を見たときは、小さなことではありますが感動しました。トイレに行って、さらに売店に寄ったりする時間の余裕があるというのは、素晴らしいことです。2階ロビーでは、公演の稽古場の風景が上映されたりもしているので、ヒマを持て余す心配もありません。
ときどき、「宝塚を観に行くときって、どんな服装で行けばいいの?」という質問を受けますが、劇場にいらしているお客様は、普段着からドレスアップした方までさまざまです。普通の服装で全然大丈夫です。
私は最近、「舞台から見ると、白い服が目立つらしい」「耳や首にキラキラしたものをつけておくと、それが光って舞台から見えやすく、目線やウインクをもらいやすい」という話を聞き、「いやー、まさかそこまでしないよ!」と笑い飛ばしていたのですが、出演者が通路を歩く演出などもあり、「もしかしたらこっちを見てくれるかも」と思うと、自然と化粧や服装にも力が入り、さらに気づけばギラギラしたピアスや白いジャケットも買っていました。そのような、目線やウインクをもらう可能性を上げるための、特別なドレスコードも、あるところにはあるのだと、いつか宝塚に心を奪われた日には思い出していただければ幸いです。
また、普段はフェミニンな服装をしている友人が、観劇時だけ黒いジャケットにパンツ、そしてハット着用という姿で現れたり、別にそんなことをする必要はないのに、なぜかそうしたくなってしまう、謎の「自分の中のドレスコード」も存在します。私も、仕事の用事でバタバタとすっぴんで出かけてしまったとき、デパートの広いパウダールームに駆け込み、劇場に行く前に念入りにメイクし、「カジュアルな服で出てきてしまったけど、せめてパールのネックレスを……」とアクセサリーを足したりしていて、ハッと「今、私、誰のために化粧してるの!?」と我に返ったことがあります。「そんなことしなくてもいい」のに、なぜかそうしたくなる。劇場に、演じる人にふさわしい姿に少しでも近づきたいと思うようになる、不思議な力があの劇場にはあるのです。
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