宝塚との出会いは駅貼りのポスターだった、という方は多いでしょう。少々、いや、だいぶ現実から切り離された空気を放つ、時代も国籍も性別も、すべてを超越している宝塚歌劇団のポスター。初めて見たときは、私もビクッとした記憶がありますし、「これを好きな人たちは、このすごいメイクとかについてはどう思ってるんだろう?」「この違和感を、ファンはどう受け止めてるんだろう? これがいい! という価値観なのかな?」という疑問を感じていました。
また、宝塚のスターの皆さんがテレビに出演されているのを観た友人知人に、「みんな、普通のメイクだとすごく綺麗なのに、どうしてあんなメイクで舞台に出るの?」と聞かれることも多いです。男役の舞台メイクを失笑されたり、「化粧が怖い」と言われることも……。
これほどまでに初心者に心理的抵抗を感じさせるメイクを、なぜ宝塚の男役はしているのでしょうか。
宝塚の男役は、単純な「男装」とは違います。まず理解してほしいのは、宝塚の男役は、「現実の男」を模倣していない、ということです。歌舞伎の女形が女を演じ、究極の女らしさを追求し、男でありながら現実の女ではありえないくらいの色香や優美を極めているのと同じように、宝塚の男役もまた、男を演じ、究極の男らしさを追求し、それを追求するがゆえに、現実の男とは違う「宝塚でしかありえない男」の形式を創造したのです。
宝塚には「男役十年」という言葉があります。男役の「型」を体得するのには、そのくらいの時間を要する、という意味です。もちろん、十年の先にも究極の男役への道は限りなく続いています。女が男を演じることは、普通に見れば「不自然」です。どんなに美しく、どんなにカッコ良くても、そこに女の素顔がチラつけば、何か変な感じが拭いきれないでしょう。男役の過剰とも言えるメイクや衣装は、そうした違和感を生じさせないための装置、女としての素顔を隠す仮面としての役割も果たしていると言えます。
また、男役は、男である前に、「舞台人」です。宝塚の舞台の上にあるものは、夢の世界。現実とは違う、夢のような世界の住人である、この世のものとは思えない色男が、普通のメイクに普通の衣装でいいのでしょうか? みなさん素顔もお美しい方ばかりですが、ファンが宝塚に求めているのは、圧倒的な華、きらびやかでロマンチック、ドラマチックな世界です。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、宝塚のショーのお衣装は豪華絢爛です。そこらじゅうがスパンコールでキラキラキラキラ輝きを放っていますし、それで踊ったりされるものですからまばゆくて仕方ありません。さらに、そんな姿であの大きな羽根を背負うのです。あのお衣装に、普通のメイクでバランスが取れるとお思いになりますか? 私は、あのお衣装には、やはりアイラインをしっかり入れ、真っ赤な口紅をひいた、あのメイクしか釣り合うものはないと思っています。
宝塚のファンも、男役のメイクに何の疑問も持っていないわけではありません。「いい席で観ると、つけひげが気になるよね」とか、そういう他愛のないツッコミをして笑ったりすることもあります。決して、違和感を覚えていないわけではないのです。しかし、いったん没入してしまえば、たとえひげやもみあげがついていようが、顔を浅黒く塗っていようが、ただひたすらにカッコ良い男役の作り出す色気や男ぶりに魅了されて、それが当たり前に見えてしまうのです。そして、「気にならない」どころか、「あれがカッコいいんじゃない!!」というネクストステージに到達してしまうのです。
私も、宝塚を好きになる以前は、男役の方のメイクを見て、ちょっと不思議な世界だなと思っていました。今も、好きなスターさんの写真を友達に見せると笑われます(写真を持ち歩いていること自体を笑われているのかもしれませんが……)。でも今は、メイクのことなんて、好きだという気持ちの妨げにはまったくなりませんし、素顔も素敵だけれど、やはり舞台に立っている姿こそがいちばん輝いていて素敵だと感じています。
初めて宝塚を観たとき、私の価値観は混乱しました。「え……まさか、好きになってしまうの!?」「でも、だって……どう考えても素敵だよ!」と、心が千々に乱れました。今となってみれば、「モタモタしてないで、さっさとハマれ!」と背中を蹴倒したいですが、あのときの、「これまで自分の信じていた価値観がガラガラと崩れ落ち、新しい価値観が生まれた」快感は忘れられません。
そして今では、宝塚大劇場内にあるステージスタジオ(宝塚メイクと衣装でなりきり写真を撮影してもらえる)で、自分も男役になりきってみたい、と思うほど、あのお姿を「美しい」と感じ、憧れています。
今信じている価値観や、美的感覚だけがすべてではない。素晴らしいものは、人の価値観の数だけ存在するし、宝塚が素晴らしいと言う人がこれだけ多くいるということは、そこには何か、人の心を強烈に惹き付ける何かがあるのだと思います。私は、自分が感じた「あのときの感じ」を、多くの方に体験してほしいなと思っています。
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