行儀は悪いが天気は良い
2022/02/25

Aマッソ加納愛子「家に帰るのがめちゃくちゃ嫌い」 帰宅を長引かせるための行動を明かす

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人気お笑いコンビ・Aマッソの加納愛子さんが綴る、生まれ育った大阪での日々。何にでもなれる気がした無敵の「あの頃」を描くエッセイの、今回のテーマは「帰りたくない」です。

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 32歳にもなってまだそんなことを言っているのかと思われるだろうが、私は家に帰るのがめちゃくちゃ嫌いである。家で過ごしている分には問題ないが、一度外に出てしまうともう、とにもかくにも帰りたくない。なんなら小学生の頃から現在に至るまで、ほとんど毎日のように「なんで帰らなあかんねん」と思っている。もちろん今喫茶店でこの原稿を書いている19時半の時点(もうすぐ店を追い出される)でも思っている。

 しかも困ったことに、これには「家族と不仲で居心地が悪い」「家が遠い」「部屋が散らかりすぎている」などといった明確な理由はなく、強いて言うなら「家に帰りたい欲が湧かない」という類の漠然としたものなので、どうしても解決策が見当たらない。同級生の友人はそろそろ我が子に門限を設定しはじめる頃だというのに、私は一日の仕事が終わった後も原付バイクに乗って東京の街をあてもなくドライブし、「この道の街灯、えらいオレンジ色やな」と思うだけのまったく無駄な時間を過ごしている。

 最近ではもはや「この世の全32歳の中で家側に問題がないのに帰りたくないと一番強く思っているのは私だ」という自負すら芽生えている。どれだけ疲れていようが明日が朝早かろうが、私の帰りたくない気持ちはぶれることがない。これは大したものである。私からすれば、まわりの帰宅欲が異常なのだ。なぜそんなにみんな家に帰りたがるのだろうか。鳥なんてもっとおかしい。せっかく羽があってどこでも飛んでいけるのに、毎回丁寧に巣に戻ってくるなんてバカじゃないか。渡り鳥にわざわざ「渡り」とつけるのは変だ。渡り鳥こそが正しい姿なのだから、渡り鳥の事を「鳥」と呼び、巣を持つ愚かな鳥を「帰鳥(きどり)」と呼ぶべきなのだ。その理論でいうともちろん旅人が「人」で、毎日家に帰る人が「帰人(きびと)」である。この世は帰人で溢れている。

 小学生や中学生の頃は、一緒に遊んでいる友達全員が「まだ帰りたくない」と思っていたから、私が「え~もうこんな時間?」と駄々をこねても、必ず共感してくれた。公園の遊具に寝転がりながら「門限イヤやなぁ」とため息をつくと、みんな「イヤ~」「ほんまイヤ~」と続けてくれた。そのうち誰かが「あ、今日HEY!HEY!HEY!ちゃう?」と、その日で一番ホットな番組名を挙げることによって、なんとか重い腰をあげることができた。あの頃は、テレビのバラエティが、どうにか私の足りていない帰宅欲を補填してくれていたのだ。

 なにも観たい番組がない日は、友達と銭湯に行った。3、4つの銭湯から「どの銭湯行く?」と話すのも楽しかった。レギュラーは「ことぶき湯」で、水風呂がとにかく広く、他の同級生もよく通っていた。脱衣所の一角には駄菓子もたくさん売ってあって、健康器具もあったのでみんなでぶらさがって遊んだ。とことん子どもに寄り添ってくれていたが、大人にとってはやかましくて仕方がない銭湯だったと思う。

 高校生になると帰宅への嫌悪は加速し、さらにバラエティ番組の求心力は低下した。友達がつかまる時は良かったが、そうでない時は一旦家に帰り、なんとかまた外出する口実を探した。そこで私を救ってくれたのがTSUTAYAだった。近くの本屋やブックオフは閉まるのが早いし、カラオケは一人で行く気になれない。その点TSUTAYAは最強だった。まずどれだけ居てもいい。「物色」には決められた時間はないから、私は帰宅を先延ばしするために、観たい映画のDVDをレンタルした後も、パンクロックのCDコーナーなどを神妙な顔でウロウロした。しかし借りるわけではない。何の知識もない海外のバンドのアルバムを手にとって、「ジャケットいかつぅ」と思うだけである。現在の「街灯、オレンジ色やな」タイムの起源はここである。

 基本的にTSUTAYAでは旧作映画を3本レンタルして、観終わったら返却してまた次の3本をレンタルした。そのTSUTAYAでは中学時代の同級生が勤めていて、「めっちゃ来るやん」と言われていた。その子がいる時は、避けるのも不自然なので一応目の前のレジに並んだが、大して仲良くない友達に私の映画の趣味が露呈していくのは気まずかった。一度その子が休みの日に、カッコつけて「拳銃無頼帖」という邦画を借りた時、レジを担当していた店長のテンションが上がって「赤木圭一郎好きなんですか!」と声をかけてきた。私が「ま、まあ」とすました顔で答えると、ニコニコして「渋いですね~」と言われたが、もしその同級生の子がいたら「渋いと思われたいだけやろ」と冷笑されていたに違いない。

 そこから、同級生が休みの日は店長のレジに昔の邦画を持っていくようになったが、そのたびに話しかけてくれて、「この監督だったらあれもいいですよ」とおすすめの映画を教えてくれたりした。「渋いと思われたいだけ」であったことは確かだったが、自分が通うTSUTAYAが本当の映画好きに支えられていたのを知れたのは単純に嬉しかった。

 そのTSUTAYAは店員イチ押しコーナーがあり、日本ではあまり知られていないバンドのアルバムが並べられていた。棚をぼーっと眺めていて、なぜか珍しく「これは借りてみようかな」と思ったのが名も知らなかったバンドThose Darlinsである。家で曲を聴いてみると、一発で気に入った。どんな人たちなんだろうと思って調べてみると、古着スタイルの女の子3人がインタビューで「私たちは拾ったものも全然着るわよ」みたいなワイルドな発言をしていて、さらに好きになった。「なぜ地元ではなくニューヨークでレコーディングしたんですか?」の問いには「どこでも良かったのよ」と言っていた。短い記事だったが、言葉の端々から自由に生きている感じが漂ってきてドキドキした。私もこんな風に生きたいと思った。ちなみにそのアルバムに入っていた一曲「Red Light Love」が、私たちコンビのデビュー当時から変わらない漫才の出囃子曲である。ボーカルのひとりは20代で早世してしまったが、彼女たちが自由に世界を駆け回ろうとしたあの輝きは、私が舞台に立ち続ける限り失われないのだと勝手に信じている。

 芸人として成功するために上京をしたが、あれだけ家に帰りたくなかった私が東京という場所を求めたのは、ある意味自然な流れだったのかもしれない。東京に出た私は相方と二人で1K6畳のアパートに住んだが、あの頃の「帰りたくない」は異常だった。しかし理由はわかっていて、仕事以外の時間も相方と顔を合わすのがしんどかったことと、なにより家を出るときと家に帰るときの自分に変化がないのが耐えられなかった。さらにこんな変化のない空間を拠り所にしたくないと思った。家は、出たときのままの姿でこちらの帰宅を待っている。それを受け入れたくなかった。東京に友達のいなかった私は、ライブやバイトが終わると漫画喫茶に行ってただ睡眠をとって過ごし、起きて着替えを取りに帰ってまたバイトに行くという生活を数年繰り返した。漫画喫茶はいろんなところに行ったが、まれにそのルーティンすら嫌になったときは、夜勤を終えてそのまま何時間も山手線で寝ていた。さすがに起きたときはいつも首がもげそうなぐらい痛かったが、どこかへ帰るよりはマシだった。だから結婚した先輩芸人が「あの枕いいよ」などと寝具の話をしているのを、別世界の話みたいに聞いていた。

 東京は眠らない街だというのは本当で、どの街の明かりも「帰らなくていいよ」と言ってくれていた。はじめの頃は始発の電車にあれだけの人が乗っているのに心底驚いたが、この空間を共有できているのは、みんなが家にいないからだということに小さな感動を覚えたりした。

 あれから数年が経って、東京にもたくさんの知り合いや友達ができたが、結局みんな終電で帰りたがる。友達と遊んでいて、「あと何分で終電、急げ!」なんて言われると、口では「やばー!」と焦っているフリをしているが、「まあ別に帰らんでもいいねんけどな」と思っている。ややこしいのは、あまり好きではない仕事相手といる時だ。「こいつは別れを惜しんでいる」とは絶対に思われたくないが、家に帰りたくないのも事実なので、話は弾ませないくせにゆっくり食べるという謎の行動を取ってしまう。

 そして四年前、お酒は飲めないがどうしても友達と遊んでいたい私が、銭湯ともうひとつ、最高の口実を思いついた。それが、ジョギングである。

 ジョギングならお金もかからないし、「痩せたくない?」と誘えば気軽に取り込むことができる。どんなに細くても健康に興味がない子はいないから、わいわい話しながらスローペースで走ろうと言えばみんな乗り気になってくれる。今のところジョギング→銭湯が完璧な組み合わせであるが、友達に断られるようになったらどうしようと今から怯えているので、積極的に健康への意識を高めさせる話題を会話の中にちりばめている。何人たりとも、私から楽しい「非帰宅時間」を奪わせはしない。

 と、ここまでを書き終え、携帯を開きジョギングメンバーに「今日いける?」と投げかける。果たしてみんなは寒さに打ち勝ち、誘いに乗ってきてくれるかどうか。冷めた紅茶を飲みながら、ドキドキして返信を待っている。

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加納愛子(かのう・あいこ)
1989年大阪府生まれ。2010年に幼馴染の村上愛とお笑いコンビ「Aマッソ」を結成。ネタ作りを担当している。2020年デビューエッセイ集『イルカも泳ぐわい。』(筑摩書房)が話題に。文芸誌で短編小説を発表するなど、いま最も注目を集める書き手の一人でもある。

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