行儀は悪いが天気は良い
2022/07/22

Aマッソ加納が、少女マンガ級にモテた兄を語る 妹を懐柔してまでアピるクラスの女子に「きもっ!!!!」

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 人気お笑いコンビ・Aマッソの加納愛子さんが綴る、生まれ育った大阪での日々。何にでもなれる気がした無敵の「あの頃」を描くエッセイの、今回のテーマは「私とM-1、どっちが大事なん?」です。

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 二つ上の兄ちゃんは、昔からとにかくよくモテた。幼稚園では、おませな女の子たちに追いかけ回され、一度つかまると頭をなでられ、ほっぺたを触られていたらしい。まるで近所で飼われている犬の扱いである。小柄な兄ちゃんは自分より大きい女の子たちにされるがままで、終わりの見えない彼女らのアプローチに恐怖を感じ、早くから「やれやれ」という顔つきを体得していた。

 ヘトヘトになっている兄ちゃんを見て、親父は「お前も大変やの~」と茶化して笑っていたが、本人にとっては死活問題。なにしろ相手は、欲望をうまく言語化できるようになる前に異性のハントを開始している女の子たちだ。みんなおそろしいほど気が強く、ライバル意識を裏付けるようにエネルギッシュだった。兄ちゃんはおそらく、そんな生命力の泉の真ん中でコポコポと言いながら溺れそうになってもがいている、という感覚だっただろう。卒園式の日に好きでもない女の子と次々に写真を撮らされ不服そうにしている兄ちゃんをみて、わずか4歳の私ですら「かわいそう」と憐れみの情を抱いた記憶がある。そんな兄妹の気も知らない親父は、離れたところでキレイで若い先生に2ショットを撮ってもらうようお願いしていて、それを見たオカンは「ほんまに同じ血かいな」といった表情で呆れていた。

 小学校にあがった兄ちゃんはサッカーを習いはじめ、モテはさらに加速した。そして女の子たちのアピールは、素手から道具を使うものに進化していった。プレゼント作戦だ。

 夕方、家のインターホンが鳴りオカンが外へ出ると、しなを作った女の子がラッピングされた小さな袋を持って恥ずかしそうに立っている。「加納くんいますか?」と聞き、オカンが「ごめんね~友達と遊びに行っておれへんのよ~」と言うと、「じゃあ、これ渡しておいてください」と言って袋を手渡し、そそくさと帰っていく。

 それまでは望まないフィジカルの接触を強いられている兄ちゃんに同情していたが、物をもらっているとなると話は違ってくる。私は「なんで何もしてへんのに兄ちゃんだけ色々もらえるねん」と、だんだん不愉快になってきた。

 そしてきわめつきはバレンタインデーだ。またもや兄ちゃんが不在であった2月14日の夕方、インターホンが鳴りドアを開けると、知らない母娘が立っていた。女の子の腕には、高さ30cmほどの大きさのクマの形をしたチョコレートが抱えられていた。私は脳天に雷が落ちたような衝撃を受けた。食器棚の上に置かれたあまりにも大きいチョコレートを見上げながら、何が起こってるのかわからなかった。この大きいクマチョコは、紛れもなく兄ちゃんだけのものだ。それまで末っ子として甘やかされ、親や親戚からの扱いの差に不満を持ってこなかった私にとって、はじめて直面した不平等だった。どうして兄ちゃんだけが無条件にクマチョコを手に入れたのか。なんで私はクマチョコをもらえないのか。混乱している間に、クマは小さな私の頭上でさらに巨大になっていく。

 脳の処理が追いついていないまま、私はとりあえず喚いた。事実はなにも変わらないとわかりながらも、「兄ちゃんだけせこい!」と駄々をこねた。オカンは「せこいも何も、しゃあないがな」と、それ以外にない返事をした。確かに、「しゃあない」のである。兄ちゃんは大きいクマチョコをもらえる人間であった。私は特別クマもチョコレートも好きなわけではない。しかしこの事実を受け入れてしまうと、今後降りかかるさらなる不平等も受忍しなければいけなくなると思った。そして本能的にこれは「年上だから」「男だから」よりももっと抵抗しなければいけない事案な気がした。クマはいずれゲームソフトになり車になり飛行機にならないか? そしていずれそれは私が喉から手が出るほど欲しいものにぶち当たるんじゃないのか?

 他の女の子たちにもらったたくさんのチョコを持って帰ってきた兄ちゃんは、クマチョコを一瞥しただけで喜びもせず、「食べてええで」と言ったが、私は頑なに食べなかった。得体の知れない「モテ」のおこぼれなんか受けてたまるか、と思った。兄妹が手をつけなかったクマチョコは、親父とオカンが後片付けのような手つきでもって淡々と食べた。オカンがクマの顔をボキッと割って胴体と切り離したときは、さすがに一瞬だけ贈り主の女の子とクマに同情したが、それも全部兄ちゃんのせいだった。拗ねている私を気にしたのかどうか、オカンは食べながら「味は別に普通のチョコやわ」と言った。だからといって、私はそこで「じゃあほなええか」とはなるわけがない。やはり子どもにとって、「イレギュラーな大きいプレゼント」への憧憬は半端なものではなかった。

 高学年になると、女の子たちの色恋と友情の関係は密接に絡まり合う。女子グループのリーダーの好意を受け取らなかった兄ちゃんは、クラスの女子たちが一丸となって攻略する「課題」に変化した。声をあげずにひっそり思いを寄せている女子たちも表面ではリーダーの恋をサポートしているもんだから、内情はなかなか複雑化している。女子グループがなにか策はないかと戦略を立てた結果、標的は妹である私に向かった。

「加納くんの妹おる?」と六年生のお姉さんたちが、私のクラスを覗きにきた。私はなにをされるかわからずドキドキしながら廊下のほうに行くと、「わ~似てる~!」とだけ言い、騒ぎながら去っていく。

 そういうことが何度か続いた後、お姉さんたちはだんだんと大胆になり、わかりやすく私に近づいてきた。昼休みに遊びの誘いに来たり、放課後は可愛い便箋で手紙をくれた。「兄ちゃんに手渡してくれ」でなく、中身は紛れもなく私宛の文章だった。私がまだ使えない漢字が混じった文字で「また遊ぼうね!」などと書かれ、まわりにはキラキラのシールが貼られていた。

 私はちょろかった。「兄ちゃんを狙う集団」などとは気づかず、「私って年上のおねえさん達にちやほやされる才能あるんや」とホクホクしていた。お姉さん達は飴もよくくれた。懐柔の味をした飴は何よりも甘かった。かつてチョコレートを拒んでいた私は、上級生の策略によってバカ丸出しの小学生になっていた。大きいお姉さん達に頭を撫でられながら舌先で飴を転がし、兄ちゃんの情報をペラペラと喋った。後日、私からの情報漏洩によってクラスの女子が妹に接触していることを知った兄ちゃんは「女子きも!!!!」と、嫌悪感を露わにし、家でリーダーの子の悪口を言っていた。私はリーダーではない女の子のほうが熱心に手紙を書いてくれたことは黙っていた。

 我が家は狭い平屋で、向かいに二階建てのおばあちゃん家があった。兄ちゃんが中学にあがるとき、おばあちゃん家の二階を兄ちゃんの一人部屋とすることになった。私はクマチョコの時の何倍も喚いた。一人部屋の贈与は「年上だから」でも「男だから」でも説明がついておらず、どちらかといえば「モテるから」に起因していると直感的に思った。オカンよりも親父のほうが「あいつも中学生やし色々あるやろ」と後押ししていたのも引っかかった。「ほんじゃあ私も中学生なったら部屋ちょうだい」と言っても「そん時考える」と言われてはぐらかされた。

 案の定、自分の城を手に入れた兄ちゃんは一変してオフェンスに切り替わる。好きな音楽をかけ、ギターを弾き、彼女をつくっては部屋に連れ込んだ。親父が言った「色々」は、全て私とはほど遠かった。もう女の子に追われて辟易している兄ちゃんはどこにもいなかった。

 これはもう私が巻き返せることはないんじゃないかと思っていた頃、その敗北を決定づけることがあった。

 兄ちゃんが中学三年、私が中学一年のある日の授業中である。私は隣の席になった気さくなワタルとなぜか話が弾み、「お互いの好きな人を当てよう」ということになった。話している雰囲気から明らかにお互いが恋愛対象ではないという安心があり、仲が良いわけでもない異性と「逆に秘密を共有してみる」という突発的なイベントにワクワクした。

 ノーヒントでは当たらなかったので、「頭文字は?」「部活は?」と順番に質問していき、ワタルの好きな人は「バドミントン部のK」だとわかった。私は嫌な予感がした。「もしかして、先輩?」と聞くと、「なんでわかったん!」と楽しそうに言った。ワタルの好きな人は、バドミントン部のキャプテンである二年の小坂先輩だった。そしてそれは、兄ちゃんの彼女だった。

 急にテンションが下がった私に気づかず、ワタルは「可愛いよなあ」「めっちゃタイプやねん」とはしゃいでいた。「アピールすんの?」と聞いたら「できるわけないやん~」と照れていた。同級生が声をかけられないほどの高嶺の花が、兄ちゃん目的でおばあちゃん家に出入りしているなんて最悪だった。私はワタルに「いけるよ、がんばれ」「めっちゃ応援する」「動かへんかったら何も始まらへんで」と言った。ワタルは「でも彼氏とかおるやろうな」と弱気だったが「おっても関係ないって!」と言った。「ありがとう。んで加納は誰が好きなん?」と聞かれたので答えると、なんの感想も述べずにさらっと「じゃあお互い頑張ろうな!」と言われた。私ぐらいもっと応援しろよ! と思った。

 私が高校二年の冬、CDを借りようと兄ちゃんの部屋に忍び込み、ついでに引き出しを物色していると、その時付き合っていた彼女からの手紙が出てきた。少しためらったが、今までの腹いせのつもりで手紙を覗いた。そこには「私とM-1、どっちが大事なん?」と書かれていた。私は笑い転げた。その年のM-1グランプリはクリスマスに生放送があり、毎年楽しみにしていた兄ちゃんは彼女とのデートよりテレビで漫才を見ることを優先して大喧嘩になったらしい。M-1に挑戦する時期になるといまだにそれを思い出し、ちょっとだけ仕返しが出来ているような気になる。

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加納愛子(かのう・あいこ)
1989年大阪府生まれ。2010年に幼馴染の村上愛とお笑いコンビ「Aマッソ」を結成。ネタ作りを担当している。2020年デビューエッセイ集『イルカも泳ぐわい。』(筑摩書房)が話題に。文芸誌で短編小説を発表するなど、いま最も注目を集める書き手の一人でもある。

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