普通科高校の女子校生とは違う…Aマッソ加納が語る、商業高校の卒業までの過ごし方
人気お笑いコンビ・Aマッソの加納愛子さんが綴る、生まれ育った大阪での日々。何にでもなれる気がした無敵の「あの頃」を描くエッセイの、今回のテーマは「卒業までの四ヶ月」です。
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全国にある多くの普通科高校3年生は、夏休みが終わると一気に受験モード、年明けには教室全体がヒリヒリとした緊張感に包まれる、というのがよく見られる光景だろう。ついこの間まで一緒にバカを言い合っていた友達が、駅前の本屋で分厚い参考書を買っているところを目撃し、途端にライバルに見えてきて焦りだすという現象もベタな高三あるあるだ。
しかし、商業高校はちょっと違う。クラスの九割の生徒が就職を希望し、よっぽどのことがない限り、秋にはみんな企業からの内定をもらっている。そして私を含む残り一割の生徒、つまり「ラクして大学に入って好きなことをしたい」思想の生徒も、推薦入試で受験をして合格、十一月には進路のあれこれで頭を悩ませる憂鬱な日々から解放されている。つまり来春からの身の振り方が決まった卒業までの四ヶ月ほどを、とてつもなく気楽に過ごすことができる。
我が三年B組も、例にもれず緩みきった秋を過ごしていた。今まで皆勤賞だった優等生も糸が切れたように遅刻。後ろの席ではルフィ達と冒険するために海へ出たのが見つかって漫画没収。挙句にはインフルエンザ休み別名ディズニーランド休みを取って連休。希望する進路に向けてまじめに勉強していた生徒が多かったので、その落差はすごかった。「目的のためにやる時はやるが、それ以上の無駄な努力は一切しない」というスタンスと、だらけ方のオリジナリティのなさが、さすが商業高校を選んだ現実主義のやつら、という感じがした。担任は毎日ホームルームで「進路決まったからって気を抜くな~?」と言っていたが、気を抜いてはいけない理由は言わなかった。なぜなら、そんなもの全くないからだ。簿記検定だってみんな進路のために資格がほしくてやっていただけで、今となっては目の前の架空会社の帳簿が負債だらけになっていても知ったこっちゃない。
そして「検定がんばろ」「面接練習付き合って」「小論文補習行こ」と励まし合っていた若者たちは、「なんか割のいい短期バイトない?」と聞き合うだけのチンケな生き物になる。
私も「しんどくなくて時給がよくて数ヶ月後には後くされなく辞められる」という最高の短期バイトを求め、盛んに友達と情報交換をしていた。すると、「どうやらA組のあっこに聞けば良いバイト先を紹介してくれるらしい」という噂が耳に入った。あっこは学年一、二を争う美人で、バトン部の部長を務めたしっかり者、さらに友達の話にもよく笑う明るい子で、まさに非の打ち所がなかった。さらに岡山の訛りがあって、話し方が穏やかでめちゃくちゃ可愛い。共学だったら教室が吹っ飛ぶほどモテていたに違いないが、そんなあっこが、絶対になくてもいい「斡旋力」まで備えているのは、さすがにちょっとおそろしかった。あっこは地元の銀行に就職が決まっていた。
昼休みにA組を訪ねると、あっこは「良かったら話通しとくよ~」と言って、すんなりブライダルの派遣バイトを紹介してくれた。ホテルの結婚式場で手伝いをするバイトだそうで、普通の飲食バイトよりも時給が高く、話を聞く限り過酷ではなさそうだった。高校を卒業する時に辞めてもいいということで、まさにこれ以上ないほど理想のバイト先。私がいくら求人誌をめくってもそんなバイトはでてこないのに、あっこは一体何をめくっているのだろうか。「斡旋力」の裏にある「情報収集力」を思うと目眩すらしてくる。しかもあっこは目標額を貯め終えたらしく、すでにそのバイトをやめていた。競技名はわからないが、あっこは優勝していた。
バイト初日、はじめてのストッキングとヒールの高い靴に少しだけ手こずったが、きらびやかなホテルの内装を見てテンションが上がった。私はこれまでスーパーやチェーンの居酒屋で汚いエプロンをつけ、せっかちなおばさんや横柄なおじさんを相手にしていたため、びしっとしたスーツに身を包み、おめかしをしたお姉さんたちと接することができるのも嬉しかった。
社員の人にバックヤードに連れて行ってもらい、挨拶をしてまわることになった。厨房にいるスタッフの人達に「よろしくお願いします」と順番に頭を下げていると、後ろにある式場へつながる扉が開いた。反射的にそちらにも挨拶すると、出てきた人に「え、なんでおるん?」と言われた。
ビクッとして顔をあげると、同い年のいとこの剛(つよし)が立っていた。「あ、え、え?」と戸惑っていると、見ていた社員の人が「あれ、知り合い?」と聞いてきた。二人ほぼ同時に「いとこです」と答えると、なぜか社員にウケた。剛とは盆や正月に顔を合わす程度で、そこまで話したことはなかったが、これはだるいことになった、と思った。私はあっこに紹介してもらったこのスタイリッシュなバイトで、普段のおしゃべりな自分を封印し、澄まし顔で大人っぽく働くつもりだったのだ。しかも私の中では剛は「長期休暇キャラ」なので、何でもない普通の日に会うような奴ではない。剛には今までなんの悪意も抱いたことはないが、なんでおるん? はこっちのセリフや、と舌打ちが出そうになるのをこらえなければいけなかった。さらに「スーツ全然似合ってへんな(笑)」と言われたので、反射的に「うっさいな」と言い返してしまった。この一言で大人キャラ作り計画は見事に崩れ去った。いろんな能力があるなら「いとこ除去力」も持っとけよ、と私は心の中であっこにも理不尽に悪態をついた。
出鼻をくじかれた私は前向きに働く気が起きず、すぐにやめる奴の雰囲気をプンプンに出しまくった。すると働きだした次の週に、新婦が入場するときの扉を開ける役をやらされた。社員の人が、この扉を開ける作業を「やめるのを思いとどまるほど楽しい」と私が感じる可能性があると思ったこと自体が、もうガキ扱いされている証拠であった。結局、料理がのったお皿を片手で3枚持ってサーブする技だけを取得し、新婦の友人のドレスにビールをこぼしてめちゃくちゃ怒られた日を最後に、たった数回でバイトをやめた。剛はバイト内で楽しそうに恋愛していた。なんでいとこの恋愛みなあかんねん、と心で毒突いた。
さらに卒業が近づくと、卒業旅行のために目を血走らせてバイトに励む奴もいれば、「もう卒業まで時間ないし、バイトばっかやってる場合ちゃうでな! 今のうちにやりたいことやらなあかんでな!」と変なモードにかかる奴もいる。私とうっちーは、後者だった。
うっちーは同じグループではなく、友達の友達という程度の関係性だったが、「学校をサボって有意義な遊びをする」を経験しておきたいという欲望が合致した。私たちがつるんでいるイメージが周りの人にはないので、両方が休んでも二人でどこかに行っているというのがバレないのも好都合だった。私たちは平日のお昼前に待ち合わせをして、神戸市立博物館で開催されているオルセー美術館展を見に行くことにした。学校をサボって神戸に絵画を観に行く。むっちゃイケてるやん、と興奮した。ブライダルバイトで挫折した大人キャラ計画のリベンジのつもりもあった。仲の良い友達は私のことを「あいこ」と呼んだが、うっちーは私のことを「加納」と呼んだ。この苗字呼びも、なかなか悪くないと思った。
ただ当たり前のことだが、相性が良ければ普段から一緒にいるはずで、そうではないということはやはりそういうことなのだと、行きの道中で早くも気づいた。阪急電車で大阪から神戸三宮に向かう電車でも、私とうっちーは笑ってしまうほど話が合わない。うっちーが好きなバンド「エルレガーデン」が私はわからなかったし、私が読んでいた『オーデュボンの祈り』をうっちーは知らなかった。「この気の合わなさが逆に良い」と無理やり言い聞かせ、なんとかお互いに仲の良い亜美の話題で持ちこたえた。亜美は歯に衣着せぬ物言いをするので、私にとってもうっちーにとっても、腹を割って話せる希少な友達だった。「この前亜美が言っててんけど」「あ、これ亜美好きそう」「亜美ってそういうとこあるよな」もはや私もうっちーも、亜美と神戸に来ているようなものだった。美術館の入り口で「じゃあ終わったらここのベンチで」と約束し、それぞれで館内を回ることになった。自分の好きなテンポで観れるのはラッキーだった。
オルセー美術館展は最高だった。はじめて知ったルドンの木炭画もかっこよかったし、モネが描く睡蓮以外の風景もきれいで心奪われた。時間を忘れて好きなだけ見て回り、出口のところまでくると、意外にも全く同じタイミングで見終わったうっちーが出てきた。
「めっちゃ良かったな」「めっちゃ良かった」と言い合いながら、私と同じようにテンションが上がっているうっちーを見て、今なら少しだけ打ち解けられるような気がした。やっぱり同じ経験を共有するというのは友情にとって不可欠だったのかもしれない。そう思いながら売店に入り、気に入った絵のポストカードを買って帰ることになった。私はうっちーが手にとったポストカードを見た。「なんっっっでそれやねん!!!」と言いたくなるような一枚だった。仲良くなることは諦めた。
おしゃれな神戸の街で買い物をして帰りたかったが、お金もないので安いチェーン店でごはんだけ食べて帰った。日が暮れた。阪急電車から見える真っ暗な淀川を眺めながら、やっぱりまた新しいバイトを探したほうがいいかも、と考えた。横でうっちーが亜美とのどうでもいいエピソードを話している。はやく大学生になりたい。
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加納愛子(かのう・あいこ)
1989年大阪府生まれ。2010年に幼馴染の村上愛とお笑いコンビ「Aマッソ」を結成。ネタ作りを担当している。2020年デビューエッセイ集『イルカも泳ぐわい。』(筑摩書房)が話題に。文芸誌で短編小説を発表するなど、いま最も注目を集める書き手の一人でもある。
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