行儀は悪いが天気は良い
2022/11/25

Aマッソ加納、幼少期に告知事項アリの物件に引っ越し……貧乏で自室もなかったけど、明るい性格のままでいられた理由

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 人気お笑いコンビ・Aマッソの加納愛子さんが綴る、生まれ育った大阪での日々。何にでもなれる気がした無敵の「あの頃」を描くエッセイの、第16回のテーマは「明るい理由」です。

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 人の性格を言い表す言葉は多く存在する。と同時に、自分について他人が持っている印象と自己認識にはたいていズレがある。

「あの人は気難しい」と思われている人が、自分のことを「私はとっても気難しいのだ」と思っているパターンは少ない。人に指摘されようもんなら「いやいやそんなことないです、その証拠に……」と弁解するだろう。反対に、「あなたってほんと能天気でいいわね」と思われている人は、「うるせえ、こっちだって色々あるんだよ」と心の中では反論している。「ばか」「かしこ」「生真面目」「打算的」「短気」「呑気」「皮肉屋」「夢想家」など、誰しもみんな、自分のことをたった一言で説明されたくなんかないと思っているのに、他人のこととなれば容赦がなくなってしまう。そして一度他人につけたイメージが覆るようなことが起こると、そのたびに過剰に驚いて、身勝手に喜んだり落胆したりする。

 世間や距離感のある同業者に抱かれているパブリックイメージはわからないが、近しい人間であればあるほど、私のことを「明るい」という人が多い。これに対して、私は全く同じことを思っている。私は、明るい。

「お前って性格悪いよな」と言われたらムカついて「どこがやねんお前に言われたないねんボケ」と返すし、「加納さんてしっかりしてますね」と褒められたら「呼吸するように遅刻しちゃうけど?」と申し訳なさを感じる。「尖ってましたよね?」には「一過性ですや~んみんなそうですや~ん」。

 しかし「明るいね」に関しては、「そやね!」と思う。人々に分け与えるほど明るさのオーバーフローはしていないが、印象の上位に来るレベルの明るさを常に携帯している。何度か仕事をさせてもらった雑誌の編集者が、印象操作することなく私たちコンビから直接受けた印象で「快活」というキャッチコピーを提案してくれた時は嬉しかった。芸人を応援してくれている人達にとってそれが魅力的なフレーズであるかはともかく、私は普段から、負の感情に寄りかかることなく快活でありたいと思っている。そしてわがままに、今後もその快活さであらゆる欠点もがっつり覆い隠していくつもりでいる。

 浅い自己分析をするが、明るい性格になった理由は、明るい両親を持ったことに加えて、自分の部屋がなかったことが大きく関係しているのではないかと思っている。私は一八歳で一人暮らしを始めるまで、自分の部屋がなかった。しかも、「お姉ちゃんと同じ部屋」などのいわゆる「子ども部屋」と言われる、大人が介入しない空間すらもなかった。母親のタンスの横に勉強机がある。自分の領域はそれきりで、さまざまな感情を持ち帰る場所がなかった。結果、私は食卓でほぼ全ての「楽しかった」を発表した。「悲しかった」はこたつの中にもぐって、「邪魔や」と言われて足で蹴られるまでに何とかした。今でも、当時私はどこで多くを思考し、どこで自分なるものを育てていたのだろうと不思議に思う。

 小学三年生の時に、隣町へ転校することになった。兄ちゃんと私は大喜びだった。学校は嫌いではなかったが、もしかしたら立派な家に引っ越し、自分の部屋をもらえるかもしれないという期待に胸を膨らませた。が、親父の「まあそんなはしゃぐなや」感もプンプン感じていた。親父は引っ越し理由を「立ち退きやで~」と言っていた。その明るさにも騙されていたが、立ち退きで引っ越した先が今の家よりグレードアップするわけはなかった。それまで小さな二階建ての家に住んでいたが、聞くとどうやら引っ越す先は「数ヶ月前に一人暮らしのおじいさんが亡くなったばかりの古びた平家」であるらしく、肝試しに使われてもおかしくないようなところだった。大家さんからは、その老人の荷物を処分する代わりに敷金礼金を免除してあげるという条件を伝えられたらしい。

 知らないおじいさんの荷物処分から帰ってきた母親に「家どうやった?」と聞くと、笑いながら「割れた窓から外の木が入り込んでて、鳩死んでたわ~」と返ってきた。最悪だった。自分の部屋どころか、普通に住みたくないと思った。

 しかしそれでも好奇心には勝てず、荷物がなくなった新しい家を兄ちゃんと見に行った。私は兄ちゃんの袖を掴んで、おそるおそる中に入った。薄暗い奥の和室の真ん中に、寝たきりのおじいさんでも点けたり消したりできるよう、照明のスイッチの紐が床につきそうなほど垂れ下がっていた。「紐なが!」兄ちゃんが真っ先に見つけて、二人で笑った。「長すぎるやろ」「寝てても顔に当たるやろ」兄妹二人で、新居に対する期待が急速に萎んでいくのに気づかないふりをするため、親父に報告する面白ポイントを探して笑った。部屋の一番奥には、畳の上に50cmほどの黒い染みがあった。「はい絶対ここ鳩死んでたとこ!」私が言うと、今度は兄ちゃんが「ほんまや」と言って笑った。

 小さな家を十分ほどで見終わると、逃げるように外へ出た。「でも風呂あるな」「うん」前の家にはなかった風呂があるという一点だけを楽しみに、何とか気持ちを立て直して新生活をスタートさせた。住んでいた家は早々に解体され、まもなく立派な一軒家が建った。母親と二人で前を通った時、母親は「ひぇ~~~」と言っていた。私も今後こういう気持ちになったとき、「ひぇ~~~」と言おうと思った。

 新しい学校に馴染むのは少し時間がかかった。しかし学校で何か嫌なことがあった日も、居間でため息をつくしかなかった。クレヨンしんちゃんのアニメの中で、ネネちゃんが自分の部屋でぬいぐるみのウサギを殴っているのがめちゃくちゃ羨ましかった。私がこたつでウサギを殴っても「なにしてんねん」と言われて終わりだ。私が「学校おもんないわ~」と言うと、親父がビール片手に「大変やのぅ」と言う。私はこたつにもぐる。兄ちゃんが「邪魔や」と蹴る。私は這い出て「野球イヤやチャンネル変えて」と言う。親父は「無理~」と言う。いやいや野球を見る。そんな毎日だった。

 中学に上がると、まみちゃんという友達ができた。まみちゃんは優しくおっとりとした性格で、ひっくり返るほどお金持ちだった。まみちゃん家に遊びに行くと、まみちゃんのお母さんが焼いたというシフォンケーキが振る舞われた。私の目の前に置かれた弁当箱くらいの大きさのシフォンケーキを見て、「一人分でか!」と思ったが、まみちゃんは日常的にこの大きさのケーキを食べているのだと思うと言えなかった。どう考えても前世で良い行いをしたとしか思えない。

 ある時、まみちゃんが学校で「父親と喧嘩して、しばらく口を利いていない」と言った。私は真っ先に「え、そんなんできるん!?」と思った。うちのせまい家の中で、誰かと誰かが口を利かずにいるなんていうのは不可能だった。まみちゃんは父親と喧嘩した後に、こもる部屋があるのだ。さらに穏やかなまみちゃんが誰かと喧嘩することがあるのが信じられなかった。私に打ち明けたときのまみちゃんの物憂げな顔がとてつもなく大人に見え、私は同情よりも「私もこの顔を習得したい」と思ったが、まだまだ程遠いような気がした。

 土地柄もあってか、ありがたいことに中学生にもなると自虐力を身につけた同じような家庭の友達も現れた。「うちも貧乏やねん!」と明るく話す友達にはずいぶん生き方を教えてもらった。たいていそういう子たちはお喋りがうまく、クラスを盛り上げていた。とある芸人の先輩が「明るさは知性だ」と教えてくれたが、それを聞いた時に真っ先に浮かんだのが当時のクラスにいた彼女たちだった。

 中学三年の秋、好きな人と初めて映画デートに行った。見終わった後の会話も弾み、そろそろお別れかという頃、路面電車の駅のホームでベンチに腰掛けていた。この上なく良い感じの空気になっていたが、私はとてもそわそわしていた。その日は二〇〇三年九月一五日。阪神タイガースが一八年ぶりに優勝するかどうかの大切な日だった。親父と家のサイズのせいですっかり阪神ファンの体となっていた私は、どうしても初めての優勝の瞬間を見たかった。彼は野球部だったが、近鉄バファローズファンだった。ケータイには、同じく不可抗力で阪神ファンの体になった貧乏友達からの「試合みてる!?」というメールが届いている。

 明日学校でトークするためにも、絶対に見逃すわけにはいかない。映画の時間を下調べせずに遅めの回を見ることになったことを後悔した。私はものすごく迷った挙句、ファーストキスのチャンスを捨てて、「ごめん帰るわ、また!」と言って、駅からすぐに角を曲がり、相手から見えなくなった瞬間に家までダッシュした。息があがったまま家に着くと、星野仙一監督が胴上げされて宙に舞っていた。私はギリギリ間に合わなかった悔しさと感動で大声で叫んだ。そして選手よりも泣いた。それを見て親父が「アホちゃうか」と笑っていた。

 そこからしばらくして、まみちゃんが照れながらファーストキスの話を報告してきた。まみちゃんは野球のルールも知らなかった。やっぱり、明るさなんて要らないから、自分の部屋が欲しかった。

(Aマッソ加納愛子さんのエッセイの連載は毎月第4金曜日にブックバンで公開。加納さんの芸風とは一味違った文章をお楽しみください。)

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加納愛子(かのう・あいこ)
1989年大阪府生まれ。2010年に幼馴染の村上愛とお笑いコンビ「Aマッソ」を結成。ネタ作りを担当している。2020年デビューエッセイ集『イルカも泳ぐわい。』(筑摩書房)が話題に。文芸誌で短編小説を発表するなど、いま最も注目を集める書き手の一人でもある。

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