行儀は悪いが天気は良い
2021/10/08

「今日もボコボコにされるんやろうな」Aマッソ加納が語る、おじいちゃんとの思い出

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人気お笑いコンビ・Aマッソの加納愛子さんが綴る、生まれ育った大阪での日々。何にでもなれる気がした無敵の「あの頃」を描くエッセイの、今回のテーマは「ポケットの碁石」です。

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 山坂三丁目はグレー、おとな色の町だ。

 白とみどりの市営バスに乗って、じいちゃんの囲碁教室がある山坂三丁目へ行くのは冒険だった。何と言ってもコークガイ。習いごとへ通うなどの例外を除き、うちの学校は子どもだけで学区の外、つまり校区外へ行くのは禁止されていた。とびきりのやんちゃくれを除き、どんな高速自転車ライダーもみんな律儀にそのルールを守っていた。

 母親の付き添いなしで教室へ行くことになった初日、私は受け取った往復の運賃200円をポケットにしまい、バス停までの道中に何度も手を突っ込んでその冷やこい表面をなぞって存在を確かめた。これはコークガイへの許可証であり、バス代以上の価値を持っている。そして私はコークガイへ行く資格がある。だってこれから、碁を打つんやから。

 スタート地点は、まだできて間もないスーパー『LIFE』の前にあるバス停。店先の駐輪スペースに収まりきらない数の自転車が、前も後ろも関係なく歩道にはみ出して停められている。今の私であればきっと「やれやれ、ほんま大阪は」などと言ってその無秩序を嘆いただろうけど、これからコークガイへ旅立つ冒険者にとっては、出発を盛り上げるための賑やかな風景だ。乱雑な自転車の隙間をクイクイとすり抜け、私はバスを待つ無表情の大人たちの列に並んだ。

 すぐ前の「口紅一点集中型」の化粧をしたおばちゃんが、振り返って私に笑顔を向けた。この笑顔は子どもの大好物、「こんな小さいのに一人でバス乗るやなんてお利口やねぇ」のやつだ。私はあごを上げて得意げな顔をつくり、心では貪欲に「あのな口紅のおばちゃん、バスに乗るだけちゃうねんで、私これからコークガイで碁も打つねん、だからもっと大げさに感心してくれていいねんで」と思っていた。

 けれどその赤い笑顔は一瞬で消え去り、まだまだ私に注いでほしい視線は、次に到着するバスの現在地を示すオレンジ色のランプに奪われた。ちぇ、と思いながら、おばちゃんにつられて覗き込んだ表示ランプは、一つ前のバス停の名前の横で点滅していて、後ろを向くと存在感たっぷりのバスがこちらへ近づいてくるのが見えた。バスはいつだって、突然あらわれるから不思議だった。

 胸さえ高鳴っていれば、「いざ」という言葉を知らなくても子どもの足は大きく上がる。大げさな音を鳴らして開いたドアから、大人たちに続いて高い車体に飛び乗り、母親の「降りるときにお金払うねんで」を頭の中でリフレインさせた。

 本当なら後ろの広い席に座ってバス全体を見渡し、目に入る乗客ごと楽しみたいところだけど、不安の気持ちがわずかに勝り、何かあったときにすぐ運転手に声をかけられるよう、運転席のすぐ後ろの席に座った。

 バスは短い間隔で、さらに想像していたよりも多くの停留所に止まった。「次は万代東二丁目~万代東二丁目~」「阪南町五丁目~阪南町五丁目~」次々と繰り出されるやる気のない運転手の「丁目攻撃」に、私はだんだんと落ちつかなくなる。丁目、多いな。降りなあかん停留所は、三丁目、やったっけ? 三丁目やんな? もしかして、山坂って三丁目の他にもあるんかな……

 外に目をやると、母親に自転車で送ってもらうときに通る道とは違うルートで、さらに鼓動は激しくなる。ギャンブルで当たりが出るのを願うように、「来て、お願い、山坂三丁目、山坂三丁目」と頭の中で懇願し、次の停留所表示をじっと見つめた。手のひらに汗をかいた右手で、ポケットの中の100円を一枚、中指と人差し指で碁石のように挟む。それをもう一枚の100円に押し当てると、カチッと小さく音がする。カチッ、カチッ、カチッ。何度鳴らしてもバスは全然着かない。

 どうしよう、乗るバス間違えたんかな、そういえば乗る前に行き先確認せえへんかった、どうしよ、教室に行く時間にも間に合わんし、知らん町で降ろされても、どうやって帰ればいいんやろ、運転手さんに言おうか、なんて言お、言ったら怒られるかな、どうしよどうしよ。パニックで今にも泣きそうになったところに、見慣れた灰色の建物が目に入ってきて、私は思わず立ち上がった。広がった安堵の気持ちに「山坂三丁目~山坂三丁目~」と「次、止まります」の機械的な声が重なって、私の20分ばかりの冒険は無事に終わりを告げた。

 これほどのドキドキを経て、ようやくたどり着いた囲碁教室。「一人でよう来たな~」とねぎらってほしかったのに、先生であるじいちゃんは三人の生徒を相手にフルマックス対局しているところで、入ってきた私に全く気づかなかった。

 じいちゃんと似たような年齢の大野さんが、誰かと対局を終えたばかりらしく、茶を飲みながら「こんにちは」と声をかけてくれた。大野さんはじいちゃんと同じ段位五段の強者で、さらに物静かな人だったので普段は近寄りがたかったが、大冒険の後の「こんにちは」は毛布のように優しく、私は危うく親しくもないこのバーコード頭の老人に「大野さ~ん」と抱きつきそうになるのをこらえなければいけなかった。

 囲碁は通常、強いほうが白石で打つ。じいちゃんは目の前の三つの碁盤全てで白石を使いながら、「今のは良い手ですね~」「どこか見落としてないですか?」と、黒石の生徒それぞれに対して指導していた。ほどなくして、そのうちの一人の生徒が「参りました」と言い、軽い感想戦を終えた後で、じゃらじゃらと碁盤の上の石を片付けて席を立った。じいちゃんは私に向かって、「次、打つか」と声をかけた。

 シートに温かさが残る空いたばかりのパイプ椅子に座りじいちゃんに向き合うと、条件反射的に背筋がしゃんと伸びる。そしてかなり格上の人に手合わせしてもらう時のハンデである9つの黒石を、碁盤の上の「星」と呼ばれる黒点の上に置いた。

「お願いします」とお互いに頭を下げた直後のじいちゃんの一手目は、いつも寸分の迷いもない。まだ私が8つ分も勝っているのに、たった一手であっても置かれた白石の存在感は凄まじかった。早くも、「今日もボコボコにされるんやろうな」という気配がその一つの白石から、とてつもなく漂ってくるのである。

 人によってさまざまな打ち方があるが、じいちゃんは指が碁盤に触れる直前に、一度ふわっと浮かせてから打つのが癖だった。その手つきがたまらなく優雅でカッコよく、私はじいちゃん以外の人と対局する時によくその真似をしようとしたが、毎回そこで指から滑らせて石を落とし、相手にめちゃくちゃ嫌な顔をされた。

 対局中のじいちゃんは、自分が打つとすぐに隣の生徒さんの碁盤のほうを向く。ある程度の能力がある人は、じいちゃんに熟考してもらえるので自分の碁盤での滞在時間は長い。しかし私は弱小なので、碁盤を見て2秒ほどですぐに打ち返され、また別の生徒にじいちゃんを渡してしまう。本妻の元へ帰っていく男を引き止める不倫相手さながらに、私はじいちゃんに少しでも長くいてもらうよう、頭をひねって慎重に一手を打った。

 しかし自分の番が終わると、あとは隣の盤から帰ってきてもらうのを待つしかない。その間は、次の一手を考えて先を読むように教えられていたが、子どもにそんな集中力があるはずもなく、私はじいちゃんのまゆ毛ばかりを見ていた。

 白髪と黒髪が混じり合うグレーのまゆ毛はひょろひょろと伸び、その年季のはいり具合に、私の計り知れない人生の長さを思わせた。白石を持つ前の黒石のじいちゃんは、どんな風に悔しがったのだろうか。じいちゃんは、いつからじいちゃんなのだろうか。幼稚園の頃、小さな私が碁盤の前でちょこんと正座するだけで、なぜあんなに目を細めて喜んでいたのだろうか。

 ぼーっとしている私に「ほら、碁盤見て考えなさい」と注意するじいちゃんはこちらへ戻ってくるたび、また私の目の前を白く染めていくのだった。

 19時、「ほな、愛子今から出るさかい」と母親に電話を入れるじいちゃんの後ろで帰り支度をし、他の生徒にやけに恭しく挨拶をして教室を後にした。すでに暗くなった道を歩いてバス停に向かいながら、帰り際にもらったチョコレートを頬張る。碁を打った後のチョコレートは何よりも甘く感じた。
 
 
 10分ほど待ったが、バスはなかなかやって来なかった。人気(ひとけ)のないベンチに座ってウトウトしかけた頃、音を立てずに目の前に色のないバスが到着した。私は吸い込まれるようにその不気味なバスに乗り込んだ。

 車内は薄暗く、乗客は一人も乗っていなかった。来たときと同じように運転席のすぐ後ろの席に座り、停留所表示板をみたが靄(もや)がかかってよく見えず、私は自分の席から、「これはどこに行きますか?」と運転手に声をかけた。

 運転手は黙って前を見たまま、左手で運賃を入れる場所を指差した。私は、帰りのバスは先払いだったのかと慌ててポケットに手を入れると、持ってきたはずの100円玉はなく、代わりに白石がひとつだけ入っていた。黒石に比べ、表面がつるつるしていた。

 家に持って帰って飾りたいと思ったけど、私は仕方なく立ち上がって、運賃の代わりにそのキレイな白石を運賃として投入した。コンコンコンと白石が中に入っていく音が止むと、やがてバスは静かに出発した。

 どこに向かっているのか、何もわからなかった。席に戻って窓から夜の町を眺め、昼間の色彩を思い出しながら、もう二度と子どもには戻れないだろうと思った。

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加納愛子(かのう・あいこ)
1989年大阪府生まれ。2010年に幼馴染の村上愛とお笑いコンビ「Aマッソ」を結成。ネタ作りを担当している。2020年デビューエッセイ集『イルカも泳ぐわい。』(筑摩書房)が話題に。文芸誌で短編小説を発表するなど、いま最も注目を集める書き手の一人でもある。

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