平成ヒット曲史
2020/06/19

失われた時代へのレクイエム 平成12年の「TSUNAMI」(サザンオールスターズ)【柴那典 平成ヒット曲史】

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平成とは、どのような時代だったのか――。
その手がかりを、各年を象徴する曲に探る「平成ヒット曲史」。
プロデューサーの時代、タイアップ全盛、「自分らしさ」、史上一番CDが売れた年……ヒット曲は諸行無常の調べ。音楽ジャーナリストが、ポップ・ミュージックを通して“平成”という時代に迫ります。
第12回は、サザンオールスターズの「TSUNAMI」です。

「平成最大のヒット曲」はいかにして生まれたか


「TSUNAMI」

 1999年から、2000年へ。それは浮かれた年明けだった。
 年末には新しい千年紀の訪れを祝うカウントダウンイベントが世界各国で行われ、お祭り騒ぎが各地で繰り広げられていた。「ミレニアム」という言葉がブームになっていた。一方、西暦を下二桁で処理していたコンピュータが誤作動を起こし社会に深刻な影響を与えるかもしれないという、いわゆる「2000年問題」が不安視されていたのもこの頃だ。しかし結局、年が明けてみれば大した混乱も生じなかった。
 そんな中、サザンオールスターズは、横浜アリーナで「サザンオールスターズ 年越しライブ 1999 『晴れ着 DE ポン』」と題したカウントダウンライブを行っていた。この時、新曲として初披露されたのが「TSUNAMI」だ。
 1月26日にリリースされたシングルCDは発売3カ月で250万枚を突破。バンドとしての過去最高だった1993年の『エロティカ・セブン』を大きく上回るセールスを達成する。それどころか、この曲は、日本のポピュラー音楽史に残る記録的な一曲になった。
 オリコン発表の歴代シングルランキングにおいて、『TSUNAMI』は子門真人『およげ!たいやきくん』(1975年)、宮史郎とぴんからトリオ『女のみち』(1972年)に続く売上枚数となる。本連載で後述する『世界に一つだけの花』(2003年)が2016年に大きく売り上げを伸ばし300万枚を突破するまで、この曲は「平成最大のヒット曲」の牙城を守り続けてきた。

「やっとひばりさんの背中が見えました」

 桑田佳祐は、2000年の12月31日、「TSUNAMI」が日本レコード大賞を受賞した際の受賞コメントでこう語っている。
「TSUNAMI」は、まさにサザンオールスターズが昭和の時代の美空ひばりに匹敵するような「国民的」という称号を獲得するきっかけになった一曲だった。
 もちろん、サザンオールスターズはデビューからずっと人気バンドだ。しかも1998年から1999年にかけてはデビュー20周年のお祭り騒ぎが続き、ベストアルバム『海のYeah!!』は300万枚を突破、1999年には初のドームツアーも実現した。
 しかしその一方で、この頃は新作アルバムやシングルのセールス低迷に陥っていた時期でもある。様々な音楽的実験を詰め込んだ13枚目のオリジナルアルバム『さくら』(1998年)は過去作を下回る売上枚数となり、前作シングル『イエローマン 〜星の王子様〜』(1999年)の売上枚数は10万枚ほど。バンドにとっても「TSUNAMI」が捲土重来の一曲となったのは間違いない。

大衆音楽のバトンを受け取る

 そして「ひばりさんの背中が見えました」というその言葉は、ある意味、桑田自身の意志表明の言葉でもあった。
 サザンオールスターズは60年代、70年代の洋楽をバックグラウンドに持つグループだ。海外への憧れが桑田自身の音楽的な志向を駆動してきた。しかし、桑田自身のルーツには少年時代にテレビやラジオを通して聴いていた歌謡曲が色濃くあった。その継承を掲げ、00年代以降、桑田は歌謡曲を歌い継ぐことを積極的に試みている。2008年から3回にわたって開催してきた「ひとり紅白歌合戦」のライブはその代表だ。
 2019年には映像作品『平成三十年度! 第三回ひとり紅白歌合戦 ~ひとり紅白歌合戦三部作 コンプリートBOX~大衆音楽クロニクル~』が発売された。その初回限定盤に封入された『ひとり紅白歌合戦読本』内のインタビューにおいて、桑田はこう語っている。

「洋楽にどっぷりと触れた後、年齢を重ねていくとなぜか一周回って、どうしても歌謡曲に辿り着くという、法則というか必然性のようなものがあって。(中略)遅ればせながら『歌謡曲ってヤツは凄いものだな』と、どこかで気付かされるようになるんです。(中略)日本の歌謡曲は実に偉大じゃないかと。誇るべきものであって、決して侮れないし、これからもう一度学ぶべきじゃないかって」(『ひとり紅白歌合戦読本』)

 映像作品のパッケージに「大衆音楽」という言葉を使ったのも、そうした意志表示の一貫だろう。桑田佳祐は、美空ひばりや、昭和の時代を彩った数々の歌手たちから、大衆音楽の担い手としてのバトンを受け取った。「TSUNAMI」は間違いなくそのきっかけになった一曲だった。
 では、なぜこの曲は、ここまでヒットしたのだろうか?

「津波のような侘しさ」が意味するもの

 センチメンタルなバラードの「TSUNAMI」は、「いとしのエリー」や「真夏の果実」などの代表曲を持つサザンオールスターズにとって、王道回帰の一曲だ。その背景には、1999年9月に新宿リキッドルームで行ったファンクラブ限定のシークレットライブ「SAS事件簿 in 歌舞伎町」があった。デビュー以来となる小さな規模のライブハウスのステージに6人のメンバーだけで立ったことは、桑田佳祐にとって原点を見つめ直すきっかけになった。
 ヒットを後押ししたタイアップの力も強かった。「TSUNAMI」はバラエティ番組『ウンナンのホントコ!』(TBS系)内のコーナー「未来日記」主題歌として書き下ろされた一曲だ。『あいのり』や『テラスハウス』の先駆けとなる恋愛バラエティ企画は社会現象的な注目を集め、この番組からは他にも2000年のオリコン年間シングルランキング2位となる福山雅治『桜坂』やGLAY『とまどい』などのヒット曲を生んでいる。
 ただ、単なる「原点回帰」と「効果的なタイアップ」だけでは、ここまでの記録的な現象は生まれない。そこには時代の空気と共振する何かがあったはずだ。

「歌詞の中に“津波のような侘しさ”という言葉が出てくるんだけど、普通、津波のようなといったら、情熱、とかでしょ? そこをあえて、侘しさとしていてね。ふとサーフィンのことを考えていたのもあるんですよ。サーファーは、死を覚悟で、そこにロマンチシズムを感じて、津波にも立ち向かっていくわけでしょ? そのパラドックスはすごいなぁって。そんなこと考えているうちに、このフレーズが浮かんだんだけどね」(『WHAT’S IN? musicnet』2000年2月号)

 桑田佳祐はリリース時のインタビューでこう語っている。
 この曲のポイントは、彼が語るとおり「侘しさ」だ。
 単なるラブソングではない。「あんなに好きな女性に 出逢う夏は二度とない」「張り裂けそうな胸の奥で 悲しみに耐えるのは何故?」と、記憶の中で輝き続ける愛しい人への思いを歌い上げている。
 そして「津波」というのは、押し寄せて盛り上がる情熱のメタファーではない。失ってしまった大切なものへの慕情が「TSUNAMI」という曲の大きなテーマになっている。そのことが、新たなミレニアムの到来に浮かれる裏側で、大衆の中に過去への追想のムードが去来していた00年代初頭の時代の空気を捉えたのではないかと思う。
 桑田が「死を覚悟して津波に立ち向かっていくサーファーのロマンチシズム」を楽曲のモチーフの一つに語っていたのも、とても印象的だ。

 2011年3月11日以来、サザンオールスターズはこの曲を公の場で歌っていない。
 その日に起こった東日本大震災は、津波による甚大な被害を日本にもたらした。沢山の命が失われた。その日以来、テレビやラジオでこの曲が流れることは激減した。
 特に被災地のラジオ局はその後何年も葛藤を抱え続けた。
 東日本大震災を機に開設され2016年3月に閉局した宮城県女川町の「女川さいがいFM」でパーソナリティーをつとめてきた佐藤敏郎さんは、2019年3月のNHKニュースの取材に応え「災害の歌でもなんでもないっていうのはわかっているんだけれども。正直な気持ちからすれば、かけたくなかった」と、リクエストに応えられなかった当時の気持ちを語っている。(NHKニュース「WEB特集 サザンの“TSUNAMI” 今 どう思いますか?」[1])
 桑田自身は、2012年3月10日放送のラジオ番組『桑田佳祐のやさしい夜遊び』の中で「被災された方や遺族の中にはファンもいた。この曲を歌うモチベーションにはつながらなかった」「いつか悲しみの記憶が薄れ、曲を歌ってくれという声があれば、復興の象徴として歌える日が来たらいいと思っています」と語っている。
 被災地のラジオ局のアナウンサーが語るように、この曲は、決して「災害の歌」ではない。しかし単なる失恋の歌というわけでもない。「TSUNAMI」は、過ぎ去ってしまった輝きの時を愛しく思うノスタルジアの歌だ。その奥底には、いわば、消えていくもの、朽ち果てていくものへのレクイエムのような響きがあった。だからこそ、時代の中で「悲しみの記憶」とも深く結びついた。そして、大衆の心をとらえ、多くのものが失われていった平成という時代を象徴するような一曲になったのである。

[1]https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190325/k10011859591000.html

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柴那典/しば・とものり
1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。

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