平成ヒット曲史
2020/10/16

同時多発テロ事件と日本とアメリカ 平成16年の「ハナミズキ」(一青窈)【柴那典 平成ヒット曲史】

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平成とは、どのような時代だったのか――。
その手がかりを、各年を象徴する曲に探る「平成ヒット曲史」。
プロデューサーの時代、タイアップ全盛、「自分らしさ」、史上一番CDが売れた年……ヒット曲は諸行無常の調べ。音楽ジャーナリストが、ポップ・ミュージックを通して“平成”という時代に迫ります。
第16回は、一青窈の「ハナミズキ」です。

「CD永眠の年」に生まれた、平成で最も歌われた曲


「ハナミズキ」

 2004(平成16)年、平成の日本のポップ・ミュージック史は一つのターニングポイントを迎える。
 この年のオリコン年間ランキング1位は平井堅「瞳をとじて」。売り上げは83.4万枚。100万枚には届かなかった。シングルCDのミリオンセラーが一つもない年は1989年以来15年ぶりのことだ。
「史上最もCDが売れた年」となった1998年以降も、CDバブルの余韻はしばらく続いていた。本連載で述べてきたように、2003年まではシングルCDの売上枚数記録を更新するヒット曲も実際に生まれていた。しかし、その一方で市場の退潮は着実に進んでいた。いよいよそのことが誰の目にも明らかな形で可視化されたのがこの年だったと言える。
 CDが売れない――。
 それはインターネットの普及による構造的な変化だった。そして音楽業界はその潮流に上手く対応できなかった。最大の失策となったのが、2002年に違法コピー対策を目的として導入したCCCD(コピーコントロールCD)だ。消費者のみならずミュージシャンからも反発を受けたこの規格は、この年に撤退の方向に向かっている。

 実はぼくは2004年という年は「CD永眠の年」として記憶されると思っているのだ。

 2004年5月、坂本龍一はウェブ上の日記コラムにこう記している。彼が暮らしていたアメリカでは、すでにアップルがiTunes Music Storeのサービスを開始していた。違法コピーやファイル交換ソフトが世界中で横行し、有料音楽配信がその対抗策となると信じられていた。一方、日本では携帯電話に向けた「着うた」や「着うたフル」の市場が急激に拡大しつつあった。こうした状況をまとめた書籍『だれが「音楽」を殺すのか?』をジャーナリストの津田大介が上梓したのもこの年だ。
 結果的には坂本龍一の予言は的中しなかった。しかしこの頃から音楽業界は下り坂の道を長く歩み続けることになる。
 一青窈の「ハナミズキ」は、そんな2004年の2月11日にリリースされている。オリコン年間ランキングは30位。もっと“売れた”曲は沢山あった。しかし、平成という時代を通じて、この曲以上に“歌われた”曲は他にない。
 徳永英明やMay.Jら数々の歌手にカバーされることで、楽曲は長く浸透していった。カラオケでも歌われ続けた。第一興商が2018年11月に発表した「DAM平成カラオケランキング」の1位は「ハナミズキ」。続く2位にMONGOL800「小さな恋のうた」、3位に高橋洋子「残酷な天使のテーゼ」という並びになっている。
 00年代は、ヒットの尺度が変わっていく時代だった。瞬間風速的なCDシングルの売上ランキングが徐々に存在感を失っていく一方で、長く歌い継がれる楽曲にフォーカスが当たるようになっていった。「ハナミズキ」は、そんな「スタンダードソングの時代」を最も象徴する一曲と言えるだろう。

「ハナミズキ」と「ホエア・イズ・ザ・ラヴ?」

「ハナミズキ」という曲について語る上で最も重要なポイントは、これがアメリカ同時多発テロ事件を直接的なモチーフにして書かれた曲だということだ。一青自身がインタビューや対談などで繰り返しそのことを語っている。

「当時友人の男の子がニューヨークに住んでいて、9・11の被害にあって『家がなくなった、砂埃だらけ』というメールが来たんです」 [1]

 一青が歌詞を書いたのは9・11の直後。まだデビュー前だった。現地には、大学で同じアカペラサークルに所属していた友人が恋人と一緒に暮らしていた。ツインタワーが崩れる映像を前に、その身の無事を一心に願う気持ちから衝動的に言葉が綴られた。

「思い浮かべたのは、川べりで、なんかその水辺にシティがあるシーン。ニューヨークみたいにビルがバーっと建ってて、そのほんとに端っこの川べりに私が立ってて、目の前にノアの箱舟みたいな船があって、あと一人しか乗れませんって言われたときに私と恋人がいて、ほかに乗りたい人もいるんだけどどうする?っていうシチュエーションをとにかく描いたんですよ」[2]

一緒に渡るには
きっと船が沈んじゃう
どうぞゆきなさい
お先にゆきなさい

 歌詞に描かれたのは、多くの人が被害に遭う中で一握りの人だけが救われる想像上の場面。友人とその恋人を助けるために船に乗せ、自分は一人残るという情景だ。そこで歌われる思いが、「君と好きな人が 百年続きますように」というサビのフレーズに繋がっている。
 当初はピュアなラブソングとして受け止められていたこの曲は、こうしたエピソードが徐々に広まり高校の教科書に掲載されるようにもなった2010年代以降に「平和への思いを込めた祈りの歌」として再受容されるようになる。
 そのことを踏まえても、この「ハナミズキ」とあわせて語るべき曲はブラック・アイド・ピーズの「ホエア・イズ・ザ・ラヴ?」だろう。この曲も、やはりアメリカ同時多発テロ事件を受けて書かれた曲だ。
 ブラック・アイド・ピーズは1997年にデビューしたアメリカ・ロサンゼルス出身のヒップホップグループ。当初は3人組だったが、女性シンガーのファーギーが加入し2003年に3rdアルバム『エレファンク』をリリースする。このアルバムからシングルカットされ、2004年のグラミー賞にノミネートされるなど世界的なブレイクのきっかけとなったのが、この「ホエア・イズ・ザ・ラヴ?」だ。
 この曲の歌詞には、9・11の同時多発テロ事件とその後のイラク戦争を直接的に明示する言葉が頻出する。

海の向こうで、俺たちはテロリズムを止めようとしてる
でも俺たちは今生活しているこの場にテロリズムを抱えている
(略)
国家は爆弾を落とし 毒ガスが子供たちの肺を満たす
若者たちが苦しみながら死んでいく
だから自分自身に問いかけるんだ 愛は本当に消えてしまったのか

 ここに歌われる「平和への思い」は、とてもストレートだ。ラップのパートでは対テロ戦争に邁進するアメリカの政府や社会の現状をつぶさに綴り、コーラスのパートでは人々が殺し合う世界に対して「愛はどこにある?」と問いかけ、キリスト教の教義も引用しながら救いを求めるようなリリックになっている。
 一方で「ハナミズキ」には、直接的にテロや戦争を指し示すような言葉は一つもない。歌詞にはあえて抽象性の高い表現が選ばれ、解釈の自由が開かれている。それゆえに「君と好きな人が 百年続きますように」というフレーズから、結婚式ソングの定番のような受け入れられ方もしてきた。
 この2曲にあらわれた具体性と抽象性の対照はとても大きな意味を持っている。ここには、ヒップホップがメインストリームを席巻するようになっていくその後のアメリカのポップ・ミュージックと、一方で海外との同時代的なリンクが途切れていくJ-POPと、二つの音楽カルチャーの潮流の萌芽のようなものも見て取れる。
「9・11をモチーフにしたヒット曲の作り手」ということだけで一青窈とブラック・アイド・ピーズを比較することに違和感を持つ人もいるかもしれない。しかし、ここで指摘しておくべき重要なポイントは、台湾で幼少期を過ごし日本で育った彼女の音楽的ルーツがブラックミュージックやヒップホップにあった、ということだ。

「私は大学時代にアカペラサークルに入っていて、その頃はブラックミュージックばっかり聴いていたんです。(略)アリシア・キーズ、ローリン・ヒル、アレサ・フランクリンとかよく歌ってましたね。
(略)
 プロデューサーの武部聡志さんに、『ブラックミュージックが好きなのはすごくいいことだけど、君の血から湧き起こるものがソウルだから、もうちょっと台湾の民謡とか日本の歌謡とかを勉強したら?』って言われたんです」[3]

 一青は1976年生まれで、安室奈美恵(1977年生まれ)やMISIA(1978年生まれ)とほぼ同世代にあたる。90年代にはDJの友人に誘われクラブイベントで歌うことも多かったという。歌謡曲を掘り下げて聴くようになったのは、その後、デビューに向けてプロデューサーの武部聡志とデモを制作するようになってからだ。
 一方に安室奈美恵やMISIAを、そして一方に一青窈や同じく1976年生まれである森山直太朗という世代の近い歌手を置くことで、J-POPという文化が90年代から00年代にどう変わっていったかということも読み解くことができる。その節目となったのが、平成も折り返しとなる2003~04(平成15~16)年だった。

[1]『文芸春秋』2015年8月27日号「阿川佐和子のこの人に会いたい」
[2]『広告批評』2006年3月号「特集 歌のコトバ 一青窈×穂村弘」
[3]音楽ナタリー「THE ROOTS OF MUSIC」開催記念インタビュー/一青窈のルーツミュージック https://natalie.mu/music/pp/rootsofmusic

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柴那典/しば・とものり
1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。

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