平成ヒット曲史
2021/02/19

ネットカルチャーと日本の“復古” 2012(平成24)年の「千本桜」(黒うさP feat. 初音ミク)【柴那典 平成ヒット曲史】

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平成とは、どのような時代だったのか――。
その手がかりを、各年を象徴する曲に探る「平成ヒット曲史」。
プロデューサーの時代、タイアップ全盛、「自分らしさ」、史上一番CDが売れた年……ヒット曲は諸行無常の調べ。音楽ジャーナリストが、ポップ・ミュージックを通して“平成”という時代に迫ります。
第20回は、黒うさP feat. 初音ミクの「千本桜」です。

初音ミクが巻き起こした創作の連鎖


「千本桜」

 インターネットが、まっさらな“希望”だった時代――。
 2011年にオンエアがスタートしたGoogle ChromeのグローバルキャンペーンCMには、興奮とワクワクに満ちた当時のムードが色鮮やかに刻み込まれている。テーマは「あなたのウェブを、はじめよう」。第1弾に登場したのはレディー・ガガだ。CMには自身の楽曲「ジ・エッジ・オブ・グローリー」を世界中のファンがカバーした動画がYouTubeに投稿されムーブメントが広まっていく様子が描かれる。続いて起用されたのはジャスティン・ビーバー。12歳の時にYouTubeに投稿したパフォーマンス動画をきっかけに見出され一躍スターダムを駆け上がっていくストーリーが描かれる。
 メッセージはシンプルだ。それは、新しいテクノロジーが新しい可能性を生み出しつつある、ということ。インターネットを介して、地域や国境を超えて見知らぬ誰かとつながることができる。たとえ無名であっても、そこに表現と挑戦の場が広がっている。チャンスを掴むことができる。
 そんなキャンペーンの“日本代表”として登場したのが、初音ミクだった。
 キャッチコピーは「Everyone, Creator」。わずか1分のCM動画には、2007年に歌声合成技術VOCALOIDを用いたバーチャル・シンガーとして発売された初音ミクが、その後数年でどのような現象を巻き起こしていったのかがドラマティックに描かれる。
 主役となったのはキャラクターとしての初音ミクではなく、むしろ無数のクリエイターたちだ。誰かが初音ミクで使った楽曲を公開すると、それにインスパイアされた別の誰かがイラストを描いたり、アニメーションを制作したり、「歌ってみた」「演奏してみた」「踊ってみた」動画を投稿したり、コスプレをしたりと、二次創作の連鎖が広がっていく。それが熱狂につながっていく。
 このCMのために楽曲「Tell Your World」を書き下ろしたのが、初期からボーカロイドのシーンで活動してきたkzだった。2012年3月、livetune feat. 初音ミク名義でリリースされたこの曲では、こんなフレーズが歌われる。

 君に伝えたいことが 君に届けたいことが
 たくさんの点は線になって 遠く彼方へと響く
 君に伝えたい言葉 君に届けたい音が
 いくつもの線は円になって 全て繋げてく どこにだって

 一つ一つの点が線になり、それが円になる。この言葉で表現されているのは、初音ミクがもたらした“創作の輪”のことだ。こうして既存の産業構造とは別のところから新しい音楽文化が登場した。最初はアマチュアだった作り手のボカロPたちが次々とメジャーデビューを果たし商業的な成功を収めるようになったのが、2012年頃のことだ。黒うさPによる「千本桜」は、そんな状況を代表する一曲である。

“和”のテイストがネットカルチャーの外側に波及した

 10年代は、ヒット曲を巡る構造と力学が大きく変わった時代だった。
 それまでは、CDの売上枚数がそのまま楽曲の人気と結びついていた。ドラマやCMや映画のタイアップで話題になった曲が、シングルCDとして購入される。だからこそ、オリコンのランキングが流行歌の指標として機能していた。
 しかし、ソーシャルメディアと動画投稿サイトが普及するにしたがって、曲を聴く、CDを購入するだけでなく、「参加する」という新しい音楽消費の形が生まれるようになった。沢山の人がYouTubeやニコニコ動画に「歌ってみた」や「踊ってみた」動画を投稿することでブームが広がるようになった。それゆえに、CDのセールスランキングからは見えてこないネット発のヒット曲が生まれるようになった。
 2012年のオリコン年間CDシングルランキングでは、1位の「真夏のSounds Good!」から5位の「永遠プレッシャー」までTOP5をAKB48が独占している。6位以下にもSKE48やNMB48などの関連グループ、嵐などジャニーズ事務所所属の男性アイドルグループによるシングルがずらりと並ぶ。CDの売上枚数からは「2012年はアイドル全盛期だった」以外のことは見えてこない。
 一方、カラオケのランキングからは別の光景が見えてくる。2012年のJOYSOUND年間カラオケランキングでは1位にAKB48「ヘビーローテーション」、2位がゴールデンボンバー「女々しくて」、そして3位がWhiteFlame feat. 初音ミク「千本桜」。ボーカロイドを用いて作られた楽曲が初めてTOP3にランクインを果たしている。「歌われた回数」を基準にしたカラオケのランキングでは、すでにボーカロイド発のヒット曲が可視化されていた。
 では、なぜ「千本桜」はヒットしたのか?
 作者の黒うさPは、サークル「WhiteFlame」の一員として初音ミクの発売以前からコミケなどの同人即売会で自作曲を発表してきたクリエイターだ。初めてボカロ曲をニコニコ動画に投稿したのは2008年。「カンタレラ」など歴史やファンタジー世界を背景にした物語性ある楽曲で人気を集めてきた。
 すでにボカロシーンには一定のファン層のあった黒うさPだが、2011年9月に投稿された「千本桜」は、それまでとは桁違いの波及力でネットカルチャーの外側へと広まっていった。一度聴いたら耳から離れないキャッチーさを持つメロディ、和のテイストを持った歌詞やイラストが多くの人を惹きつけた。
 特徴的なのは、初音ミクを用いたオリジナルのバージョンだけでなく、むしろ様々なカバーがリスナー層を広げる原動力になったことだ。2012年9月にはオリジナル・バージョンに加え弦楽四重奏やピアノなど様々なアレンジが収録されたCDアルバム『ALL THAT 千本桜!!』が発売される。2013年にはピアニストのまらしぃが演奏したバージョンがトヨタCMに起用され、2014年には尺八・箏・津軽三味線・和太鼓のメンバーを擁する8人組・和楽器バンドによるカバーが大きな話題を呼ぶ。2015年には歌手の小林幸子によってNHK紅白歌合戦での歌唱も実現した。
 大正時代を想起させる異世界SF的な歌詞の物語性もポイントになった。楽曲を原作として様々な物語がメディアミックス的に展開していくことで、現象は音楽マーケット以外へと広がっていった。2013年には楽曲をノベライズした『小説 千本桜』が発売され、『音楽劇 千本桜』としてミュージカル化された。さらに2016年には、この曲を原作とした新作歌舞伎『今昔饗宴千本桜』の上演が、歌舞伎役者・中村獅童と初音ミクの共演によって実現した。
 作者の黒うさPは、インタビューでこの曲のヒットの理由を問われ、こう分析している。

 タイミングがやっぱり大きかったのかなと思います。(発表したのが)ちょうど震災の年だったんですよね。それで日本を応援するみたいなイメージで捉えられたのかなと。曲にもジャパンっていうイメージがあって、それは大正ロマン的なものだったりもするんですけど。僕自身も当初から応援歌みたいなものとして、作っていたので。[1]

 また、歌舞伎の演目「義経千本桜」から曲作りのアイディアを得たことも明かしている。

「千本桜」に関しては、もともとは「義経千本桜」というものがあるんです。人形浄瑠璃や歌舞伎の演目で、要するに日本の伝統芸能なんだけど。それをコンセプトにしたかたちの曲作りからスタートしてるんですよね。(中略)伝統芸能と今の文化の交流みたいなものが、こういうことが起点になれば面白いよね、と思っていて。[2]

「千本桜」のヒットの背景には、ネットカルチャーと日本の伝統芸能を結びつける楽曲の着想があった。初音ミクのオリジナル・バージョンだけでなく、和楽器バンドや演歌歌手の小林幸子によるカバーが話題を広げる役割を担ったのは、ある種の必然でもあった。
 そして、自然発火的に広がったそのムーブメントの隣には、00年代から10年代にかけて2ちゃんねるや関連まとめサイトに集う人々の中で醸成された国粋主義的な言説もあった。そこには震災からの“復興”を日本という国の“復古”に結びつけるような、当時の社会の無意識的な風潮も関連していたのではないだろうか。
「日本を、取り戻す」。
 2012年12月、秋葉原駅前で当時の自民党総裁だった安倍晋三はこう演説している。年末に行われた総選挙で自民党が圧勝し再び政権の座についたのがこの年だ。
 平成という時代の後半は、まっさらな“希望”だったインターネットの可能性が、政治的なパワーを持った“動員”の力学へと変質していく時代でもある。

[1]Billboard JAPAN・黒うさP 「CHART insight」インタビュー ~「千本桜」の作曲者に聞くヒットの理由とボカロ文化のゆくえ
http://www.billboard-japan.com/special/detail/1436
[2]『Kurousa Works feat. 初音ミク 黒うさP作品集』

 ***

柴那典/しば・とものり
1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。

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