木村拓哉主演「武士の一分」目の見えない主人公視点の小説を映像化!? 表現の違いに納得!
もう一歩前に前に胸張る皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回はライブツアーのスタートを祝して、木村くんのこの映画だ!
■木村拓哉・主演!「武士の一分」(2006年、松竹)
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- 隠し剣秋風抄
- 価格:649円(税込)
前回、このコラムで『記憶屋』を取り上げたとき、「面白い改変の仕方をしてるなあ」と書いた。それでいけば、今回は「原作を変えてないのに変えてる! いや、変えてるのに変えてないのか? どっちだ?」というのが映画を見た最初の感想である。どういう意味かわからない? いや、ほんとそんな感じなのよ。
原作は藤沢周平の短編小説「盲目剣谺返し」。1980年に書かれ、『隠し剣秋風抄』(文春文庫)に収録されている。
東北の小藩・海坂藩で毒見役を務める三村新之丞は、貝の毒にあたって失明してしまう。家名と禄は安堵されたものの、妻の加世の様子がおかしい。実は加世は家名存続と引き換えに近習組の島村(映画では島田)に密通を強要されていたのである。新之丞は不貞をはたらいた妻を離縁。しかし家名・家禄が守られたのは島村の尽力ではなく藩主の計らいだったことが判明する。加世は島村に騙されたのだ。新之丞は武士の一分を立てるため、盲目の身で島村に果たし合いを申し込んだ……。
というのが原作・映画に共通する粗筋だ。映画では、新之丞の失明以前から、将来の夢を語ったり、妻と睦まじく暮らしていたりという場面が描かれた。そして毒に当たり、光を失い、絶望し、妻は心配し、励まし……。人生の途中で障碍を背負ってしまった者の苦悩。自分は役立たずになってしまったと思えてならない絶望の日々から、新之丞がどのように立ち直っていくのか。妻はそれをどう支えるのか。おそらく映画を見た人は、まずそこに引きこまれ、感動したことだろう。
でも実はこのくだり、まるっと原作には出てこないのである。原作は新之丞が失明した1年後、加世の不倫を疑うところから始まるのだ。妻の不貞を知ってからの新之丞の葛藤と決意が物語の核であって、なぜ失明したのか、その前後の状況はどうだったのかは、話の流れの中でさらりと数行で説明されるだけ。立ち直る過程などまったく描かれない。映画で新之丞が妻に不審をいだくのは半分が過ぎてからなので、前半のまるまる1時間は、その「さらりと数行」を膨らませた原作の前日譚なのである。いやびっくりだね。
■映画と原作、最大の違いは「視点」
他に、島村との果し合いの結果が違うとか、光を失ってからの新之丞の剣の鍛錬の方法が違うとか、細かい改変はいくつかある。だがそれより大きな、根本的な違いがある。それは原作がおもに新之丞の視点で書かれているということ。盲目の主人公の視点──つまりこの原作小説には、目に見える情報がほとんど出てこないのだ。聞いたこと、触ったもの、匂い、気配などなど、そういったものの描写でこの物語はできている。だから読者は新之丞の「視点」を通して、暗闇の世界を体験することになるのだ。
けれど映画はそういうわけにはいかない。そりゃそうだ、映画だもの。新之丞の視点だとスクリーンはずっと真っ暗で、音声だけになってしまう。いや、最近のシネコンなら匂いや気配も可能かな? それはそれで面白そうだけども、とにもかくにも映画なのだから、観客は新之丞の視点には立てない。「外から見るしかない」わけだ。
原作では、新之丞はひとりで黙々と剣の鍛錬をする。気配だけで相手の場所がわかるように、感覚を研ぎ澄ます。体の側を飛ぶ虫の気配を感じ取り、すかさず木剣で打つ。とても静かで、けれど何かがピンと張り詰めたような、冷たい緊張感に満ちた描写。いかにも剣豪小説らしい、藤沢周平の筆が冴え渡る場面である。
だがそれを外から見ると、じっとしてるだけだったり唐突に素振りしたりというふうにしか見えないわけで。それで映画では盲目の新之丞が剣の師匠に相手をしてもらうという方法に変えたのだろう。緒形拳さん演じる師匠と「見えていない」芝居で立ち会う木村くんの殺陣は、本当は見えてるとわかってはいても、「ぎゃーっ、あぶないっ! よけてっ! 後ろにいるよー!」とハラハラしちゃったよね。いわんや終盤の果たし合いのシーンをや。映画を見ながら心の中で「木村、後ろ後ろー!」と脳内が全員集合状態になったのは私だけではないはずだ。
つまりこれが、文字情報で読ませる小説と映像で見せる映画の、表現の違いなのだなあ。そう考えれば、原作の「さらりと数行」を1時間に膨らませた理由もわかる。序盤の、肌なんかツルッツルでピカッピカでツヤッツヤでかっこいい元気な新之丞が、失明してから見せた別人のような面変わり。瞼は開いているのに焦点がずれてて「見えてないんだ」と思わせる目。誰もいない空間に本気で突っ込んでいく勇気。映像情報を出さずに新之丞の内面を描いた原作が、木村くんの芝居で見事に「映像化」されたのである。原作を変えてるのに変えてない、と感じたのはそういうわけだ。
■原作をジャニ読みして「剣豪・木村拓哉」をもっと味わう
原作の「盲目剣谺返し」は短編小説だが、実はシリーズものだ。『隠し剣孤影抄』(文春文庫)と本編が収録された『隠し剣秋風抄』の2冊からなる。シリーズといってもそれぞれ主人公は異なり、すべて一話完結の独立した作品集。では何がシリーズなのかというと、収録作すべて、「隠し剣」と呼ばれる秘伝の剣技を身に付けた武士が、何らかの理由でその技を披露せざるを得なくなるまでを描く物語なのである。
その秘伝の技が何かは一編ごとに異なるが、いずれもそれぞれの流派や道場で、ひとりだけにしか伝えられないというのがポイント。そしてどの話も、主人公は決して幸せな状態ではないというのも共通項だ。それぞれに事情を抱えた下級武士が、どうしても剣を振るわざるをえない状況に追い込まれたとき、秘剣の正体が姿を現す。その瞬間の描写はまさに、ザ・剣豪小説。同時に、下級武士の悲しみが色濃く伝わる作品ばかりだ。
ところが! 映画では秘剣が出なかったんだよ! ああ、これがもしかしたら原作と映画のいちばん大きな違いかもしれない。
原作に登場するのは「谺返し」と呼ばれる秘剣だ。その奥義を習うまえに失明したため、新之丞はまだ秘剣を会得していない。だが光を失った中で自分なりの鍛錬を重ね、そして敵と相対したとき「これが谺返しなのかも」と手応えを感じるのだ。映画は剣豪ドラマというより武士の生き方・夫婦のあり方を描いたものだったので、秘剣だのなんだのという剣豪っぽさは敢えて押さえたのかもしれないが、そっちも見たかったなあ。
ということでぜひ、原作を読んで、谺返しを会得する「剣豪・木村拓哉」を味わっていただきたい。でもってどうせなら、他の収録作も木村くんでジャニ読みしちゃおう。これまで同じシリーズから「隠し剣鬼ノ爪」「必死剣鳥刺し」(いずれも『隠し剣孤影抄』所収)が、それぞれ永瀬正敏・豊川悦司主演で映画化されているが、それはそれ。もともと剣道の嗜みがある木村くんなのだから、いろんな剣豪を彼でジャニ読みするのはけっこうハマるぞ。
ところで、この映画「武士の一分」は当時の松竹映画の興行収入の最高記録を打ち立てたのだが、その記録を抜いたのが、ジャニーズの先輩・モッくんこと本木雅弘主演の「おくりびと」(2008年)だった。そういえば木村くんはドラマ「織田信長 天下をとったバカ」(1998年、TBS)で信長を演じてたっけ。そりゃ斎藤道三にはかなわないか。
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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