大矢博子の推し活読書クラブ
2020/03/18

「スカーレット」の稲垣吾郎で思い出す“パイオニア”中居正広の主演ドラマ「白い影」

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 夢見る事や焦がれる事といつでも向き合っていける皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回はシリアスな中居くんがたっぷり味わえるこのドラマだ! 

■中居正広・主演!「白い影 〜Love and Life in the White〜」(2001年、TBS)

 原作は渡辺淳一の小説『無影燈』(角川文庫・他)。無影燈とは手術室で使われる照明のこと。奇しくも中居くんの生まれた1972年に単行本が刊行され、翌年に田宮二郎主演で「白い影」というタイトルでドラマ化されている。この2001年版はそのリメイクになるわけだが……いやあ、発表があった時には驚いた。だってこの小説の主役って、アイドルがやっていい役じゃないでしょうが!

 原作のあらすじを紹介しておこう。直江庸介は大学病院で将来を嘱望された医者だったが、なぜか個人経営のオリエンタル病院に移ってきた。腕は良いが、勤務中にバーに行ったり酔った怪我人をトイレに閉じ込めたりと、奇矯なふるまいも多い。その一方で、独特なヒューマニズムと信念に基づいた治療姿勢を確固として崩さない謎めいた医者だ。彼は同じ病院に勤務する看護婦(昭和の小説なのでこの表記)の志村倫子と体の関係を持っていたが、他の女性にも次々と手を出していく。いったい直江とは何者なのか? なぜ大学病院を辞めたのか? そこには彼が隠し続ける秘密があった……。

 というのが原作『無影燈』の概略だ。渡辺淳一といえば『失楽園』(角川文庫・他)や『愛の流刑地』(幻冬舎文庫)のエロティックな恋愛小説のイメージが強いかもしれないが、もともと医者で、硬派な評伝小説や医療小説も多い。西南戦争で負傷した軍人のその後を描いた『光と影』で1970年に直木賞を受賞、それを機に専業作家となった第1作が『無影燈』だ。自らの体験を反映した臨床の現場を克明に綴り、医師のあり方や医師法の問題をえぐった医療小説であるとともに、後に氏の代名詞ともなる性愛描写を色濃く盛り込んだ作品でもある。

 ドラマのファンをがっかりさせるかもしれないけれど、原作での直江と倫子の関係はドラマのような純愛ではない。最初に会った日に倫子の方から誘って関係を持っているし、直江は直江で、女なら誰でもいいというスタンス。最後に倫子に残される直江の手紙には「この数ヶ月、私は無性に女を犯した。そこに特に好みとか、好き嫌いがあったわけではない」なんて書いてある。そんなこと述懐されても!

 原作の直江は見境なしの手当たり次第で、エロティックなシーンが次から次へと出てくる。それも決してロマンティックなものではなく、基本的に自分勝手で、狂態に近いものもあるほど。しかも病院長にも若い愛人がいるのだ。もちろんそういった場面はドラマではカットされるか、あるいは「このあとはご想像にお任せします」的なマイルド演出だったけども。ただその狂態ぶりには理由があるわけで、それが何なのかというのが物語を貫くひとつの謎になっている。


イラスト・タテノカズヒロ

■原作で半世紀前の医療現場と、死に向き合う医者の姿を読む

 本書のもうひとつの大きな幹は、患者と向き合う臨床現場のあり方だ。中居版ドラマで、いかりや長介演じる癌患者の石倉老人とその内縁の妻に胃癌を胃潰瘍だと最後まで嘘を貫くエピソードがあった。原作では家族には告知していたが、患者当人にはやはり頑として明かさない。これは70年代、死病は当人に告知しないのが一般的だったことによる。インフォームド・コンセントの考えが出てきたのは90年代からで、ドラマが放送された2001年の段階でも癌の告知は50%にとどまっている。

 原作には他にも多くの患者が登場する。金を払わないヤクザ、妊娠中絶に訪れる女優、生活保護で暮らす再生不良性貧血の患者。そこで浮き彫りになるのは告知問題の他に、医療差別、保険制度、差額ベッド代、公的医療扶助の問題など、70年代の病院のリアルだ。その都度、理想に燃える若き医師・小橋と直江は対立する。命の平等を信じ、患者を生かすのが医者の使命だと訴える小橋に、直江は医師法の問題と医者の限界を説く。

「医者は本来殺し屋なのだ。人間誰しも避けられない死をいかに納得させるか、その手伝いをする職業でもあるのだ」「あれは仕方がなかったと、患者にも家族にも納得させて死なせるのだ」

 直江には名言が多く、ドラマで再現されたものもあったが、このふたつのセリフは使われなかったのでここに書いておく。そしてドラマを見た人ならご承知の通り、これらのセリフは、実は直江が自分自身について語っていることでもある。石倉老人の最後の望み(原作はドラマよりもっと露骨)に対しての対応も然り。人の命を助ける医者が自分の死に向き合ったとき、どう自分を納得させるのか、原作のテーマは恋愛ではなく、そこにある。謎めいた直江の造形もエロスの狂乱も、すべてはそこへ帰着する。

 ドラマでは倫子の目を通した恋愛ドラマとしての演出を中心にしつつも、医療現場の描写は丁寧且つリアルで(院内での喫煙やポケベルに時代を感じる)、医療ドラマとしても充分見応えがあった。だが直江と小橋の医療談義はかなりカットされていた。その議論こそが原作の読みどころなので、ぜひ小説で味わっていただきたい。直江庸介という人物がより鮮明になるはずだ。

■「NN病」なる言葉まで生んだ「白い影」の社会現象

 今、自分でこの小見出しを書いて懐かしさに身悶えたわ。中居くんの直江先生に心酔するファンを称したNN病。直江・中居の頭文字と劇中に登場する病名をかけた言葉だ。このドラマは医療・心理学雑誌の「psiko」(ポプラ社・現在は休刊)で連載で特集が組まれたり、BSで田宮二郎版が再放送されたり、ファンの熱烈な要望で続編のスペシャルドラマが放送されたりと社会現象になった。中でも視聴者を驚かせたのは、バラエティなどで明るいイメージしかなかった中居くんの、シリアスな演技だった。

 現在放送中の朝ドラ「スカーレット」(NHK)に大崎医師役で出演している稲垣吾郎がとても良くて、いやもうゴロちゃん最高かよ……と思いながら毎日見ている。思えば木村くんは「A LIFE〜愛しき人〜」(2017年、TBS)で、つよぽんは「37歳で医者になった僕〜研修医純情物語」(2012年、フジ)でそれぞれ医者の役を演じた。SMAPでその先陣を切って医者役に挑戦したのが、中居くんのこのドラマだ。「A LIFE」で木村くん演じる沖田医師が患者に「大丈夫」という言葉を使うとき、直江先生を思い出したファンも多かったのでは。

 天才医師にしてヒール的キャラクターというと、『無影燈』刊行年の翌年に初登場した手塚治虫の『ブラック・ジャック』(秋田書店)や、近年だとドラマでニノが好演した海堂尊『ブラックペアン1988』(講談社文庫)などがあるが、直江はその先駆けと言っていいかもしれない。だが当時の中居くんのプレッシャーは想像してあまりある。だって評価も人気も高かった田宮二郎版と比べられるのは必至だもの。そんな中で社会現象となるような実績を残したことはとても大きい。

 中居くんはこの3年後、これまた人気も評価も高い「砂の器」のリメイクに主演することになる。「白い影」同様、クールで謎めいた、そして悲壮な運命を背負った役柄だ。「白い影」「砂の器」の2作は、役者・中居正広の里程標となった。その後、ジャニーズは多くのドラマで医師役を輩出。「砂の器」は昨年、ケンティでリメイクされた。歌、司会、バラエティだけではなく役者としても、中居くんの仕事は、SMAPのみならず多くの後輩に道を拓いてきたのである。

 なお、原作『無影燈』とぜひ併せてお読みいただきたいのがアルベール・カミュ『ペスト』(新潮文庫)と澤田瞳子『火定』(PHP研究所)だ。カミュは渡辺淳一が傾倒したと語っている作家で、『ペスト』は1940年代のアルジェリアを舞台にペストのパンデミックと戦う医者の物語。『火定』は奈良時代に起きた天然痘パンデミックがテーマで、死病と向き合う医師とその限界、そして庶民のパニックが描かれる。不条理な死に向き合う医者という『無影燈』との共通点のみならず、まさにパンデミックの中にある今、読んで欲しい小説だ。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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