大矢博子の推し活読書クラブ
2020/05/13

増田貴久主演「レンタルなんもしない人」アイドルと「なんもしない人」はどちらも「触媒」だった

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 君は君のままでビューティフルな皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回はまっすーがなんもしないこのドラマだ!

■増田貴久(NEWS)・主演!「レンタルなんもしない人」(2020年、テレビ東京)

 原作は、レンタルなんもしない人『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』『レンタルなんもしない人の“もっと”なんもしなかった話』(晶文社)、『〈レンタルなんもしない人〉というサービスをはじめます。』(河出書房新社)の3冊だ(ひらがな文字列のゲシュタルト崩壊とあらゆるカッコのインフレに目眩がしてきた)。ドラマのエンドロールでは“もっと”の方は割愛されているが、こちらから採られたエピソードも多い。

 実在の人物である森本祥司さんが〈レンタルなんもしない人〉というサービスを始めたのは2018年6月のこと。「なんもしない人(ぼく)を貸し出します」「交通費と、飲食代等の諸経費だけ(かかれば)お支払いいただきます」「ごくかんたんなうけこたえ以外、なんもできかねます」といったプロフィールをツイッターにアップした。なお、現在は有料なので、ドラマを見て依頼しようと思った人は注意してね。あと、ツイッターの中の人はまっすーじゃないから、そこも注意ね。勘違いしたDMでご迷惑かかってるみたいだからね。

 でもってこの〈レンタルなんもしない人〉のところにはさまざまな依頼が舞い込むようになる。え、なんもしない人に来てもらってどうすんの? うん、そう思うよね。どんな依頼が来たか、何をしたか、どう思ったか。そんなことをレンタルさん(アカウント名のままでは長すぎるし森本さんではピンとこないので、ここではフォロワーが多く使うこの呼び名にしますね)は可能な範囲でツイッターに投稿している。これが面白いのよ!

 なんもしなくていい、ただ見ていてほしい、ただついてきてほしい、ただ話を聞いてほしい──依頼の多くはそういう系統。けれど依頼者ひとりひとりにドラマがあるのが感じられる。何を見ていてほしいのか、どうしてついてきてほしいのか。なぜそれが家族や友人ではダメなのか。くだらなくて楽しくて笑っちゃうものもあれば、あまりにスットンキョーで度肝を抜かれるものもある。そして、深く冷たく心に刺さるものもある。そんな依頼をもとにエピソードを膨らませたのがドラマだ。

 ただ、小説やノンフィクションがドラマになるのとはちょっと違う。だって原作はツイッターなんだもの。
『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』『〜“もっと”なんもしなかった話』はレンタルさんのツイッターをほぼそのまま、読みやすく日付ごとに再構成したもの。『〈レンタルなんもしない人〉というサービスをはじめます。』の方は、実際の依頼ややりとりを紹介しながら、レンタルさん自身の考えに迫ったレポートだ。ドラマは、『〜なんもしなかった話』2冊のエピソードを組み合わせながら、『〜はじめます。』をベースにレンタルさん自身の話を盛り込んでいる(ついにタイトルを略し始めた)。


イラスト・タテノカズヒロ

■〈なんもしない人〉のドラマが成立する理由

 ドラマはメインとなる依頼を中心に一話完結方式で進む。第2話の出社するのについてきてほしい男性、第3話の誕生日を一緒に祝ってほしい女性、第4話の離婚届の提出についてきて欲しい女性。すべて本当にあった依頼で、2冊の『〜なんもしなかった話』に元になったエピソードが掲載されている。ドラマでは割愛された離婚女性の苗字にまつわる話がとてもいいので読んでみて! 第1話の、故郷に帰る女性の話だけは少々依頼内容を変えているが、最後に依頼者が車窓からレンタルさんを撮影する場面に原作が活かされていた。

 さらにメイン以外にちょこちょこDMで入ってくる依頼も、ほとんど全部原作にあるものが使われている。クリームソーダも安産すっぽんも風船持って迷惑がられるのもぜんぶ原作にあるので、ぜひ探してみてほしい。第5話でレンタルさんにすっぽかされた花見の依頼者たちが互いに連絡取り合って集合する場面があったが、あれは「一般参賀に一緒に行ってほしい」という依頼を断られた依頼者たちが相互につながったという原作のエピソードを脚色したものだろう。

 選ばれたエピソードは原作では数行、長くて1ページ程度の、簡潔にしてごく断片的なツイートでしかない。どうしてサラリーマンは出社したくないのか、離婚を決意した女性と元夫のなれそめは何だったかなどの、ドラマで描かれたそれら周辺の事情はすべて脚色だ(と思う。レンタルさんや依頼者本人に取材して作られた可能性もないわけではないので)。そしてこの、レンタルさんの話ではなく依頼者の話にしたことが、本作ドラマ化における最大の手柄と言っていい。

 レンタルさんは文字通りなんもしないのである。依頼者にどれだけヘビーな事情があろうと、相談に乗ったりアドバイスしたり助けたり寄り添ったりすらしないのである。ただいるだけなのだ。けれど依頼者の方が勝手に変わっていく。スッキリしたり、自分の中で整理がついたりする。ふっとリラックスしたり、よしやるぞと一歩を踏み出したりする。勝手に。

『〈レンタルなんもしない人〉というサービスをはじめます。』の中でレンタルさんは、自分のことを「触媒」と表現している。膝を打った。触媒とは、それ自身は変化せず、ある化学反応の反応速度に影響を与える物質のこと。なんもしないんだけど、そこにいるだけで依頼者の中の何かが変わる。あるいは変わるきっかけになる。前述の、断られた人々がつながった例もそうだし、時として依頼を断られても、依頼したことで依頼者の中でひとつの踏ん切りがついたという例もあるほどだ。

 レンタルさん自身よりその影響と結果の方に注目することで、「人は変われる」ということをドラマでは描いている。何か変わったサービスを始めた人を中心に据えるのではなく、誰もが抱くような悩みを持った普通の人々を中心に描いている。それにより触媒としてのレンタルさんも際立っていく。つくづく上手い作りだと思う。

■触媒としての〈なんもしない人〉とアイドル

 さて、まっすーだ。いやちょっとこれ、ハマり役じゃない? なんもしてない感、すごくいい! しかも『〜なんもしなかった話』に出てくるんだが、レンタルさんは2018年9月に「ジャニーズのDVDを七時間くらい見せられ」るという依頼を受けている。その感想で「増田貴久さんと手越祐也さんが凄かった。テゴマスやっぱり凄い」と書いているのだ。数日経っても「今週ずっと頭の中で『チャンカパーナ』のサビが流れてる」「信号待ちのとき手越祐也が今どうしてるかと考えてしまった」なんて記述も。まさか1年半後にその片割れが自分を演じるとは予想もしなかったろう。

 でもってドラマを見ながら私は、アイドルとなんもしない人って、似てるところがあるんじゃないかなと思ったのだ。もちろんアイドルはめちゃくちゃなんかしている。歌うし踊るしドラマや映画にも出るしバラエティもやる。ライブツアーで各地を巡り、まっすーは衣装デザインなんかもやっちゃったりする。なんもしないの対極だ。けれど。

 ライブや音楽を真っ向から能動的に楽しむのとは別口で、ヘコんだときに自担のDVD流して気持ちをアゲたり、7時から自担の出るバラエティがあるからそれまでに仕事を終わらせるぞと頑張ったり、ライブのチケットが当たったからそれまでは生きるぞ!って思ったりってこと、おそらく誰しも経験があるのではないかしら。さらにはファン同士で交流が生まれたり、自担の出たドラマで他の素敵な俳優さんを知ったりファッションに興味を持ったり原作を読んで小説の面白さを知ったり(それを目指してるコラムなわけですが)……。

 アイドル本人にとっては知りようもないところで、いるというだけで、励みになったり元気の素になったり新しい趣味や友人が増えたりして、それで自分の生活が変わる。これって、〈レンタルなんもしない人〉の触媒効果と同じなんじゃないかな。そう考えると、アイドルのまっすーがなんもしない人をやるの、深いところまでぴったりだと思うのであった。

 ドラマには原作に登場しない架空の人物が何人かいる。そのあたりが今後、レンタルさん自身の話と絡んで、オリジナル要素が増えていくのだと思う。ぜひ原作の3冊を読んでドラマと比べてみていただきたい。特に『〜なんもしなかった話』の2冊はツイッターそのままなので、きっとまっすーの声で聞こえてくるはずだ。なんせ本物のレンタルさんが「最近ツイートを打ってるとき脳内で増田貴久さんの声で読み上げられる」ってツイートしてるくらいなんだから!

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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