大矢博子の推し活読書クラブ
2020/06/24

生田斗真主演「脳男」 原作のこのシーンが見たかった! 映画ではカットされた名場面を解説

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 すぐそばに愛を感じてる優しさで結ぶ皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、斗真お祝い回が嵐の「Sakura」で始まった理由は、もちろんわかるね?

■生田斗真・主演!「脳男」(2013年、東宝)

 原作は首藤瓜於のデビュー作にして2000年の江戸川乱歩賞受賞作『脳男』(講談社文庫)。連続爆破事件の犯人・緑川のアジトに踏み込んだ警察は、緑川と揉み合っていた鈴木一郎という男を共犯者として逮捕した。何も語らない鈴木にしびれを切らした警察は、精神科医・鷲谷真梨子に鑑定を依頼する。調べるにつれ真梨子は、鈴木には「感情がない」ことに気づき……というのが、原作の導入部だ。

 感情がない、ということは欲求や意志も持てないということになる。それで生きていくことが可能なのか。どのように「生きる方法」を習得したのか。感情がないのなら彼の行動を決定づけるものは何なのか。その一方で鈴木は、圧倒的な身体能力と驚くべき頭脳を持っていることがわかる。

 この鈴木の過去を探る筋と、逃走した緑川が再度爆破事件を起こし、鈴木と真梨子がそれに巻き込まれるという筋が交錯する。鈴木を逮捕した茶屋警部も真梨子も、彼を知れば知るほど、鈴木が爆破犯だとは思えなくなる。では彼はいったい何者なのか。

 原作は脳科学・精神科学のふんだんな情報あり、感情を持たない鈴木のクールで人間離れした魅力あり、手に汗握るアクションが何度もあり、巧緻な伏線に支えられたサプライズあり、そして「己を己たらしめているのは感情か論理か」という問いかけありと、実に贅沢なノワール・ミステリだ。

 映画は、大筋では原作に添いながら、人物設定や途中の展開、そして結末にも大きな改変が見られた。人物の違いとしてはまず爆破犯の緑川が原作では男性の単独犯だったのに対し、映画では若い女性に変わっており、さらに仲間がいるという設定になっている。また、映画の真梨子は身内が犯罪被害者で、その犯人のカウンセリングを受け持ったという設定になっているが、これは原作には出てこない。従ってこの犯人がらみのエピソードも一切ない(ということはもちろん映画と原作ではラストが異なる、ということになる)。一方、原作で真梨子が親しんでいた喘息の幼い少女、玲子ちゃんが映画には登場しない。


イラスト・タテノカズヒロ

■映画ではカットされた原作の名場面

 玲子ちゃんが映画には登場しないというのが、個人的にはとても残念だった。この小説が斗真で映像化されると聞いた時、まっさきに思い浮かんだのが「じゃあ、玲子ちゃんを助け出す斗真が映像で見られるのか!」ということだったから。それほど印象的な場面が原作にはあったのだ。

 物語終盤の展開なのであまり具体的には書けないのだけれど、緑川は真梨子が勤めている病院に爆弾を仕掛ける。その一方で、玲子を監禁し、彼女の体に爆弾を固定するという暴挙に出るのだ。玲子を助けようにも、彼女が監禁されている部屋には蜘蛛の巣の如く縦横無尽にワイヤーが張り巡らされ、それに少しでも触れると爆弾が起動する仕掛けになっている。

 これを、鈴木はその驚異の頭脳でルートを見極め、驚異の身体能力でワイヤーに触れないようにアクロバティックな姿勢を維持しながら玲子を助け出すのだ。行きはもちろん、帰りは少女を抱いて同じように進むわけで、途中に何度もひやっとする場面がある。鈴木がどんな姿勢でどのようにワイヤーの蜘蛛の巣の中を進んだのかが、文章で読むだけでも脳内に映像が浮かんでドキドキしたのに、これを映像で見られるのか!と、そりゃもう当時は楽しみにしてたもんさ。

 したらばさ! その場面がまるっとなかったよね! 代わりに別の人物が似たような状況に置かれ、けれどワイヤー云々の設定はなく、その人物を助け出すために鈴木と茶屋の格闘が始まる。でもってその場面は原作とはまったく違う、めちゃくちゃショッキングな結末を迎えるのである。それはそれで思わず目を閉じてしまったくらい印象的な場面ではあったけども。

 映画は原作のアクションシーンを増幅し、グロテスクでショッキングな場面を多々加えて、映像ならではの演出を存分に楽しませてくれた。その分、頭脳戦の部分がかなりカットされ、原作では複雑に入り組んでいた物語のテーマもかなりシンプルにまとめられている。物語の展開も何を見せるかも違うので、もうこれは別物と言っていいんじゃないかな。ワイヤーの場面のみならず、緑川はどうやって病院の各所に爆弾を仕込むことができたのか、整形で顔を変えているであろう緑川を群衆の中からどうやって見つけるか、そしてその結末はといった「謎解きとサプライズ」は原作にしかない魅力なので、そこはぜひ原作でお楽しみいただきたい。

■今の斗真につながる“原型”を楽しむ

 思わず息が止まるようなアクションシーンや、「やだ痛いグロいやめて」と泣きたくなるようなグロテスクなシーンが映画序盤からフルスロットルで続くこの映画だが、ジャニオタ的最大の見所は、鈴木を演じる斗真だ。いやあ、美しい! 彫りの深い斗真の徹底した無表情は、まるで彫像のようだよ。死んだ目がきれいってどういうこと? しかもただきれいなだけじゃなく、「感情を持たない」という特異な人物をどう芝居で表現したか。まったく瞬きしてないの気づいた?

 そして7年ぶりにこの映画を見て思い出したことがある。斗真演じた鈴木って、常人離れした身体能力を持ち「裁かれぬ悪を裁く」役どころなんだが、これって今回の縁結びになったドラマ「ウロボロス〜この愛こそ、正義」(2015年、TBS)で斗真が演じたイクオの設定に通じるものがあるよね?

 それだけじゃない。「脳男」の映画ではフィジカルトレーニングに勤しむ鈴木が、指立て伏せをする場面が複数回ある。ここで思い出したのが、大河ドラマ「いだてん」(2019年、NHK)で斗真が演じた三島弥彦役だ。日本人初のオリンピック代表選手としてストックホルムに行った弥彦が、ホテルの自室で、ふんどし一枚で腕立て伏せをする場面があった。「脳男」でも斗真は肉体改造をして麗しい筋肉美を見せてくれたけど、「いだてん」ではさらに一回りも二回りもがっしりしていた。こういう部分にも斗真の役者魂と成長が表れてるんだなあ。

 当たり前の話だけど、物語はその一作で完結したとしても、役者はそこで終わらない。ひとつの作品が次の作品の糧になる。斗真はジャニーズのカメレオン俳優と呼ぶにふさわしい、実に振り幅の広い役歴を誇るが、実はすべてつながっているのだ。そして今、「ウロボロス」での出会いがプライベートでも結実した。この「つながって、成長する」様子をずっと見守るのも、ファンの醍醐味じゃない?

 つながるといえば、映画の犯人役だった女性2人(二階堂ふみ・太田莉菜)がバイクで疾走する場面がある。彼女たちを見て江口洋介演じる茶屋警部が「女だったとはな」と呟くのだが、原作の緑川は男性なのでもちろんこのシーンは映画オリジナル。ところが『脳男』の続編である『指し手の顔 脳男II』(講談社文庫)には、バイクに乗る女性犯人が登場し、茶屋が「女だったとはな」と口にする場面がある。こちらもまた、意外なところでつながっているのである。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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