大矢博子の推し活読書クラブ
2020/07/08

亀梨和也出演「バンクーバーの朝日」 亀ちゃんの本領発揮! 史実を知ることでよりリアルに

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 君だけ信じてくれたら何も畏れはしない皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は亀ちゃんのマウンド捌きを堪能しつつ歴史に触れるこの映画だ!

■亀梨和也(KAT-TUN)・出演!「バンクーバーの朝日」(2014年、東宝)

 明治時代半ばから昭和のはじめにかけて、不景気の中、多くの日本人が新天地を求めてカナダへ渡った。実際には低賃金できつい肉体労働に従事する日々だったが、彼らは日本から妻を呼び寄せ、家庭を持ち、日本人街を作っていく。特に日系移民の多かったバンクーバーでは「白人の職を奪う」として日本人排斥運動が起こるが、そんな中、移民たちに希望を与えたのが、日本人街の野球チーム・バンクーバー朝日軍だった。

 白人の体格・体力の前に連戦連敗だった朝日が、バントヒットや盗塁などの小技を生かして白人チームを相手に勝利を重ね、ついにはリーグ優勝を果たす。移民たちは喜び、朝日の頭脳野球とフェアプレーはカナダ人からも称賛されるが、1941年、真珠湾攻撃が起こり日系人は敵性国民とされ強制収容されることに……。

 映画「バンクーバーの朝日」はその史実をもとに、バンクーバー朝日でプレーする日系2世たちを当時の社会情勢と重ねて描いた作品である。主人公のレジー笠原を演じるのは妻夫木聡だが、それ以外の朝日の面々は野球経験者の俳優ばかり。中でも注目はもちろん、エースピッチャーのロイ永西を演じる亀ちゃんと、キャッチャーのトム三宅役の上地雄輔のバッテリーだ。

 シニアリーグ世界大会出場の経歴を持つ亀ちゃんと、名門横浜高校で松坂大輔とバッテリーを組んでいた上地雄輔の組み合わせだぞ! 野球シーンは(当たり前だが)実に堂に入ったものだ。ジャニーズ野球大会で素人相手に変化球を投げたりインハイを攻めたりしてツッコまれていた亀ちゃんの本領発揮、これを見ない手はないってもんだ。

 おおっと、話が前後してしまった。まずは原作紹介……となるところだが、これは史実がベースなのでいわゆる原作小説は存在しない。その代わり、この映画を元にしたノベライズ『バンクーバーの朝日』(西山繭子・著、マガジンハウス文庫)が刊行されている。これがノベライズとしても解説本としても実に素晴らしい出来なのだ。


イラスト・タテノカズヒロ

■映画の背景に踏み込んだノベライズ

 映画をもとにしたノベライズなので、ストーリー展開やセリフは映画の通り。映像では表情や行動で表現される内面の感情も文章で綴られるので、より映画の内容を理解できる。逆に、ノベライズと映画を見比べると、ノベライズでは一言で済まされていることに役者がとても細やかな演技をつけており感心させられる場面も多々あった。

 亀担さんに注目してほしいのは、レジーが初めてバントと盗塁だけで1点をとった試合。何が起きたのかわからず、ベンチの皆がポカーンとしている中、亀ちゃん演じるロイだけはおかしいのを堪えきれないようにクスクス笑っている。つまりロイだけがレジーの意図を理解していたわけで、ロイの野球脳の高さを証明する場面であるとともに、徹頭徹尾クールで斜に構えていたロイが思わず素の表情を見せ、チームに溶け込むきっかけともなったとてもいいシーンだ。

 ところがこの部分、ノベライズでは「唖然としたトムが立ち上がった。その横でロイは笑いを堪えている」とあるだけなのだ。「その横でロイは笑いを堪えている」という短い一文を、役者ってのはこんなふうに演じて、こんな場面にするのだなあと、つくづく感じ入ってしまった。DVDでこのシーンを何度繰り返して見たことか。楽しそうな亀ちゃん! きっとシニアの時代からベンチではこんなだったに違いない。

 だがこのノベライズで注目すべきは、彼ら日系移民の置かれた状況がより詳しく解説されていることだ。

 レジーの父親・清二(日系1世)が何を思い、何を目指してカナダへ渡ったか。レジーの母が偽の見合い写真でカナダの清二のもとに嫁いだこと。日系人排斥とバンクーバー暴動。日本人娼婦の生い立ちと闘い。ホテルをクビになったフランクが日本に戻ってから襲われた運命。レジーの幼なじみの白人の青年が、カナダ人と日系人の間で板挟みになる様子。日系1世と2世の考え方の違い。映画では描写されなかったこれらのことを、西山繭子はノベライズの中に取り込み、当時の移民たちの状況と感情がより伝わるように再構成した。

 特に終盤は必読だ。強制収容された朝日の面々が収容所で野球をするくだり(これは史実として記録にも残っているという)や、2003年になってバンクーバー朝日が名誉を回復しカナダ野球殿堂入りする場面には、目頭が熱くなる。

■史実の中で探す亀ちゃんのモデル

 さて、ここまで映画とそのノベライズについて「史実をベースに」と書いてきたけれど、実は大前提として「史実から大きく変えられている」ことも言っておかなくては。

 映画とノベライズでは、バンクーバー朝日が頭脳野球でリーグを席巻し優勝するのは1938年の出来事とされている。だが実は、本当は1926年の出来事であり、30年代に入ってからもバンクーバー朝日は何度もリーグ優勝を遂げている。え、なんで時代をずらしたの? それはもちろん、日華事変や真珠湾攻撃を背景に、日系カナダ人が置かれた状況を描くためだ。

 なので当然、監督やプレーする選手の名前も違う。実は彼らは、当時の選手の象徴として生み出された架空の人物たちなのだ。バンクーバー朝日の選手名の記録に、レジー笠原もロイ永西も存在しない。だがもちろんモデルとなった人物はいる。亀ちゃん演じるロイの場合は、バンクーバー朝日が1926年に初優勝したときのエースピッチャー、テッド(テディ)古本だと推測できる。

 テッド古本については息子のテッド・Y・フルモト氏による『バンクーバー朝日』(文芸社文庫)に詳しい。また、後藤紀夫『伝説の野球ティーム バンクーバー朝日物語』(岩波書店)によると、テッド古本は日本名古本忠義。太平洋戦争勃発直前に日本に帰国し、従軍記者として南方に送られたり、終戦後はGHQの通訳やNHK英語放送のアナウンサーを務めたりしたという。思えば、「ジョーカー・ゲーム」と同じ時代の話なのだなあ。

 『バンクーバー朝日』は小説の形を取っているためエキサイティングで読みやすい。ケガをした先輩の思いを継いで古本が投げ続ける様子は、「野ブタ。をプロデュース」や「ごくせん」などの学園ドラマを彷彿とさせる。一方、関係者の証言や文献、図版などが多く紹介されて史料価値の高い『伝説の野球ティーム バンクーバー朝日物語』には、大日本東京野球倶楽部(現・読売ジャイアンツ)が北米遠征したときに対戦したという記録がある。スポーツキャスターとしてジャイアンツの選手とも交流のある亀ちゃんと、意外なところでつながった気がした。

 もちろん、強制収容後の様子など辛い現実も多々記載されている。映画やノベライズと合わせてこれらのノンフィクションを読むと、当時の様子がよりリアルに伝わるはずだ。

 国籍や民族で差別し、排斥すること。その国で生まれ育ったのに差別される2世。決して当時だけの話ではないことは、昨今の社会情勢を見るまでもなく明らかだ。私たちはいつまでこんなことを続けていくのだろう。戦時下での日系人排斥に謝罪と補償を求めるリドレス運動を経て、バンクーバー朝日の名誉が回復され野球殿堂入りしたとき、当時を知るチームの生存者はわずか10人だったという。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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