大矢博子の推し活読書クラブ
2020/07/22

中島裕翔出演「半沢直樹」 ドラマでカットされたもう一つのテーマとは

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 瞼を開ければ射し込んだ光に動き出す皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は名うての名優たちの中で19歳の裕翔くんが奮闘した、この名作ドラマだ! コロナ禍で延期になっていた続編もようやく放送が始まったぞ。

■中島裕翔(Hey! Say! JUMP)・出演!「半沢直樹」(2013年、TBS)

 放送当時、社会現象にまでなったドラマ「半沢直樹」。全10話のうち、東京中央銀行大阪西支店が舞台の第5話までが池井戸潤『オレたちバブル入行組』(文春文庫)、東京本店に舞台を移した第6話から最終話までは『オレたち花のバブル組』(同)を原作にしている。

 あれだけのヒット作なのであらすじを紹介するのも今更なんだけど、東京中央銀行のバンカーである半沢直樹が悪どい融資先や上司の陰謀と戦い、見事勝利するのみならず自分に苦汁を飲ませた相手にきっちり報復する金融サスペンスである。このきっちり報復するというのがポイントで、半沢の言葉「やられたらやり返す、倍返しだ!」はその年の流行語になった。この「倍返し」は原作にも登場するが頻度は少なく、それを毎週のように決め台詞に使ったのはドラマの大手柄と言える。

 新シリーズでも初回からこの台詞が登場し、SNSが沸きに沸いた。なお、それ以上に沸いたのが香川照之演じる大和田が超一流の顔芸とともに放った「施されたら施し返す、恩返しです!」発言だが(お茶吹いたわ!)、これは原作の『ロスジェネの逆襲』には登場しない。というか大和田自身が原作『ロスジェネ〜』に登場していないので、今後、ドラマでは原作と違う展開がありそうだ。

 話を7年前の「半沢直樹」に戻そう。原作とドラマを比べると、人間関係や人物背景がところどころ脚色されていた。たとえば原作では半沢の父親は健在だし、大阪編に国税局の黒崎は登場しないし、社宅の奥様会も存在しないし、半沢の「父の仇」は大和田ではない。だがそれらより、原作とドラマの最大の違いはなんといっても顔芸の有無だよなあ。あれは小説ではできない。ドラマを見た後で原作を読むと、表情筋が極限まで酷使された俳優たちの圧の強いアップが浮かんできて楽しいぞ。

 もうひとつ大きな違いがあるんだが、それは後述するとして。人物設定や顔芸はともかく、話のメインになる詐欺や陰謀はほぼ原作に忠実だった。その中で、唯一はっきり原作から改変されていたのが、裕翔くん演じる大阪西支店の中西英治だったのだ。


イラスト・タテノカズヒロ

■裕翔くんが演じた中西、原作では……

 ドラマの中西は、入行2年目で経験も浅く、それを逆に上司の陰謀に利用される。そして裁量臨店(本部による支店のチェックみたいなもんですね)で本店人事部の小木曽の不正を目撃し、それを黙っているよう強要されたが、ここ一番で告発する──という役どころだった。その後は他の融資課員とともに半沢に協力。半沢が支店長の悪事を黙っている代わりに課員全員を希望のポストに異動させるという取引の結果、かねてよりの希望だった部署に異動が決まった。

 裕翔くんを見ていて「お、いいぞ!」と思ったのは第1話のラスト近くの場面。本部に呼び出されての査問で半沢が啖呵を切ったあと、半沢の同期・渡真利から「(半沢の)真似しちゃダメだぞ」と冗談ぽく言われる。それに対し、それまでおどおどしてばかりだった中西が微笑んで会釈し、半沢を追いかけて駆け出すのだ。あ、中西の中で何かが変わった、と視聴者に印象付ける、とてもいい表情だった。裕翔くんやるじゃん、と思ったものだ。

 ドラマの中西の最大の見せ場は第3話。裁量臨店での小木曽の不正告発場面だ。それまでずっと悩んでいた中西が、勇気を振り絞って正義の側に立つ。中西がキーマンとなる回であり、彼の成長を感じさせる回だった。初回はいきなりの大役(それが陰謀だったわけだが)にビビり、顧客先でキョドり、責められて何も言えず、脅されて屈し、それでも半沢の姿を見て勇気を出す。ドラマの大阪編は中西の成長物語でもあった。

 では原作はどうか。いやあ、それがねえ……はっきり書こう。原作の中西、見るとこ無し! ドラマ同様、やたらとビビるしキョドる。上司も(悪役だけでなく半沢からも)まあ若いから仕方ないよね、とため息とともに呆れられる、というか諦められる。で、そこで終わりだ。わはは。成長する場面なし。そのままフェードアウト。

 え、じゃあドラマ第3話での中西の見せ場は? あれは完全にドラマオリジナルなのだ。原作では庶務行員の助けを借りて半沢が自分で小木曽の不正を暴く。こと中西に関しては、ドラマの方がずっといい役を振られているのである。最初配役を知ったときは裕翔くん見所無いじゃんと思ったけど、かっこよく改変してくれて嬉しかったなあ。

■ドラマでカットされた原作のもうひとつのテーマ

 あれあれ? いつもなら「原作では裕翔くんの役はこんなキャラで、ドラマではカットされたこんなエピソードがあるから、原作を裕翔くんでジャニ読みしてみてね!」という流れになるのに、「原作の中西、見るとこ無し! ドラマの方がずっといい!」という結論では、原作小説を紹介するこのコラムの意義がないではないか。

 いや大丈夫。ちゃんと「原作を読んでほしい」と言える改変があるのだ。それが前述した「もうひとつ大きな違いがある」という点だ。原作小説のタイトルを思い出してほしい。『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』──今は「半沢直樹シリーズ」と呼ばれているが、ドラマがヒットする前までは「オレバブシリーズ」と呼ばれていた。このシリーズは、主人公がバブル世代である、というところがポイントなのだ。

 ドラマでは主人公やその同期の世代の特色というのはほぼ出てこない。だが原作の序章には、1988年というバブル期の半沢の就職活動や面接の様子が描かれる(ドラマでは90年代に変わっている)。そのくだりはバブル崩壊後に就活をした世代から見たら「はあ?」ってなもんだろう。うん、あの頃の就活、ほんと今にしてみたら異次元だった。私も原作の半沢直樹とほぼ同世代なのですごくよくわかる。後の世代に謝りたいくらいだ。

 ところが未曾有の好景気に夢を抱いて就職した直後、バブル世代ははしごをはずされた。安泰だったはずの銀行員はまったく安泰ではなくなった。しかも上がつかえてる。上とは何か。団塊の世代だ。『オレたち花のバブル組』に「オレたちバブル入行組は、ずっと経済のトンネルの中を走行してきた地下鉄組なんだ」「”団塊の世代”の奴らにそもそも原因がある」「オレたちバブル入行組は団塊の尻拭き世代じゃない」という台詞がある。

 これこそこのシリーズの背骨なのだ。そして今回始まったドラマの原作は『ロスジェネの逆襲』。わかるね? 今度は半沢たちバブル世代が、ロスジェネ世代から逆襲を喰らい、オレたちロスジェネはバブルの尻拭き世代じゃない、と言われる番なのだ。こういうテーマをシリーズに仕込むことで、世代にレッテルを貼るという行為がいかにバカバカしいかを著者は逆説的に説いているのである。そこがドラマで描かれるかどうかも注目ポイントだ。

 原作の半沢が就活をしていたバブル期にデビューしたのが光GENJIであり男闘呼組だ。だがその後、歌番組がなくなる。そのあおりを受けた最初のグループがSMAPだった。SMAPはバラエティやドラマに活路を見出して見事平成のジャニーズを牽引、2007年デビューのHey! Say! JUMPもバラエティや映画・ドラマで活躍している。どの時代に生まれるかは運でしかない。だがどの世代にもその世代なりの苦労や問題はある。その中で生き残っていく方法を探す。半沢直樹もジャニーズも、そこは同じなのである。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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