大矢博子 ジャニ読みブックガイド
2020/08/19

櫻井翔主演「家族ゲーム」原作のテーマに“答え”を示した翔くんの里程標的作品

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 正比例に見えてその想いは反比例な皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は再放送で話題再燃、翔くんのダークな狂気がほとばしるこの名作だ! ……いいねえ。

■櫻井翔(嵐)・主演!「家族ゲーム」(2013年、フジテレビ)

 再放送でとは言ったものの、今回の再放送は関東ローカルのみ。私の住む地方では放送されず、関東の盛り上がりを寂しく見つめていたさ……。この原稿のために必要な部分だけDVDで確認しようとしたけど、結局見入ってしまってお盆が「家族ゲーム」で終わってしまった。だが一片の悔いなし。何度見ても、いいねえ。フジテレビ系列さん、ぜひ他の地方でも再放送よろしく。

 原作は、本間洋平の同名小説『家族ゲーム』(集英社文庫)。1981年の第5回すばる文学賞受賞作だから、もう40年近く前の作品ということになる。この賞は佐藤正午や藤原伊織、辻仁成、金原ひとみなど錚々たる面々を輩出した、純文学の新人賞だ。ジュンブンガク、というと小難しそうなイメージを持つ人もいるかもしれないが、たとえばジャニ読み対象作である白岩玄『野ブタ。をプロデュース』(河出文庫)も純文学の新人賞・第41回文藝賞受賞作。けっこう身近でしょ?

 原作の沼田家は団地暮らしだ。工場を営む父親、専業主婦の母親、進学校に通う優等生の兄・慎一、そして勉強のできない中学生の弟・茂之。この茂之をなんとかしたく、両親は無名の大学に7年通っている吉本を家庭教師として雇った。吉本はこれまでの家庭教師とはまったく違い、初日から鉄拳制裁で茂之を徹底的にしごき始める。そのキテレツなやり方に家族も戸惑うが、茂之の成績は次第に上昇。代わって壊れ始めたのは兄・慎一だった……。

 と概略だけ記すと、団地住まいだとか吉本の学歴だとか細かい部分を除けば、ドラマは原作に忠実なようにも見える。が、ストーリーは大きく改変されている。ドラマでは翔くん演じる吉本荒野が沼田家全員に魔の手を伸ばし、緻密な計画のもとに家族を崩壊に追い込んでいく。実は彼は吉本荒野の名を語る別人で、そこには過去のある事件が関係しているらしい。果たして偽吉本の目的は何なのか? 彼の正体は? 沼田家はどうなるのか? という、とてもサスペンスフルな筋立てになっていた。

 ところがそのサスペンスフルな部分はすべてドラマオリジナル。原作の吉本には過去も秘密もないし、茂之以外の家族をどうこうするくだりもない。慎一は勝手に壊れていく。沼田家の再生もない。ドラマとは全然違うのだ。えっ、だったら原作読まなくていいじゃん。……いやいや、だからこそ原作を読むと改変の意図が見えてきてとても興味深いのである。


イラスト・タテノカズヒロ

■原作とドラマ、まったく違うように見えて……

 先にドラマを見ていると、原作を読み始めてまず驚くのは登場人物の造形がかなり違うことだろう。原作の茂之は終始上目遣いで薄ら笑いを浮かべ、よだれを袖で拭き、奇声を発して冷蔵庫と流し台の間に潜り込む。周囲の介入を遮断するため偏執的に単純作業に没頭する。成績は上がるが、外の世界にコミットしようとしないのは最後まで変わらない。

 母親はまったく自分を持たず、父親は問題意識を持たない。息子たちが思い通りにならないことを嘆きはするが、だから何をするでもない。こちらも物語の最後まで変わることはない。肝心の吉本もまた、「失敗だった、おれのやり方は」「(茂之は)今後も、こういうパターンを、繰り返していくんだろうね」と諦め気味にフェードアウトする。

 誰も何も変わらない原作に対し、ドラマは「人は変われる」ことを前面に出した。ここだけ見れば正反対だ。だがどちらも吉本という外部の人間が入ることによって家族の問題が炙り出されていくという構図は同じなのだ。

 ドラマの第8話、崩壊しつつある沼田家の父、母、兄に向かって吉本が「まだメンツ」「まだ遠慮」「まだ演技」とひとりずつ糾弾する場面がある。これは原作の父・母・兄にも共通する特徴だ。まだ気づけないのか、まだ変わらないのかと迫ってくるドラマは、原作が内包していたテーマを表に出した上でひとつの回答を示すという一種のアンサーソングなのである。

 たとえばドラマの中で吉本が行ったこと──遺書を書かせて同級生を脅迫する、その上で誕生会を開くが誰も来ない、茂之がラブレターをもらう、ケンカの仕方を教える、殴ってきた相手に目潰しの砂をかける、などなどはいずれも原作に登場するエピソードだ。それらのエピソードに、原作が敢えて書かなかった「裏側」を創作し「結末」を用意したのがドラマなのだ。他の結末はなかったか、あるいは他の方法はなかったか、原作を読むことでぜひ考えてみていただきたい。

■爽やか優等生・櫻井翔のイメージを覆した里程標的作品

 これまでもこの小説は何度も映像化されている。1982年の鹿賀丈史版ドラマでは兄弟が姉妹に変更され、姉が吉本に恋心を抱くという設定。1983年の映画はシュールな家族の描写が話題になり、松田優作演じる吉本は最も原作に近かった。同じく1983年のドラマで長渕剛が演じた吉本は庶民的で正義感あふれる熱い男、そして翔くんが演じた吉本は悪魔のように見えてその裏があるというミステリアスな男だった。

 名作の誉れ高い先行作があると、どうしても比べられてしまうもの。生徒との恋愛パターンも熱血正義感も、原作に近いキャラも使用済みの中で、嵐の櫻井翔がやるなら青春ドラマの優しい先生かなー、という予想はものの見事に裏切られた。狂気を孕んだ不気味な偽吉本は第1回放送から視聴者の度肝を抜く。狂気の芝居といえばジャニーズではニノや風間俊介が得意とするジャンルだが、それが翔くんだったことで本人のイメージとのブレがさらに不気味さを増幅させたものだ。

 原作の主人公は慎一であり、吉本は昭和ならではの鉄拳指導こそ目を引くものの、結果としては家庭教師の枠を出るものではない。あくまでも沼田家と慎一の問題を顕在化させるための触媒だ。触媒であることは、その手法が違うだけで歴代の映像作品でも変わらない。

 ここで思い出して欲しいのは、かつてこの欄で紹介した映画「ラプラスの魔女」(2018年、東宝)だ。あの時も私は「触媒」という言葉を使った。あの映画で翔くんが演じた青江は、探偵役でもなければストーリーの牽引役でもなく、ただ振り回されているだけ。ではなぜ彼が主役なのかというと、すべての情報が彼のもとに集約される「触媒であり接着剤」だからだ、と私は書いた。そしてそれは、場をコントロールするMC的役割を担う翔くんそのものだ、と。

 ドラマ「家族ゲーム」の偽吉本は青江とはまったく違い、能動的に沼田家にかかわり、コントロールしていく。触媒としては劇薬だ。だがやはり、最終的には沼田家の接着剤となっていくのである。狂気を孕む役でそれまでのイメージを壊し、そこからキャラを再構築してイメージを裏切らない着地点へ誘う。このドラマは沼田家のスクラップ&ビルドであったのと同時に、視聴者にとっては「櫻井翔」像のスクラップ&ビルドでもあったのだ。翔くんの里程標と呼ぶ所以である。……いいねぇ。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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