大矢博子の推し活読書クラブ
2021/03/17

風間俊介主演「やっぱりおしい刑事」ジャニーズのふたりがホームズとポアロに ミステリファンも胸熱の展開に?

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 焦りや不安の中で小さな自分がもがいてる皆さんこんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、あのおしい刑事が帰ってきたぞ! しかし第1弾のときとは確実に違うことが……。ってことで今回は、かざぽんが惜しすぎるこのドラマだ!

■風間俊介・主演、橋本涼(HiHi Jets/ジャニーズJr.)・出演!「やっぱりおしい刑事」(2021年、NHK BSプレミアム)

 2019年5月から全4回で放送されたドラマ「おしい刑事」。藤崎翔の『おしい刑事』『恋するおしい刑事』(ともにポプラ文庫)を原作としたもので、刑事の押井敬史がその並外れた推理力で事件を解き明かすも、なぜかいつも最後の最後で推理を間違えてしまい、横から別の刑事が真相を見抜いて手柄を持って行かれるというユーモアミステリだ。当時、このコラムでももちろん取り上げたが、とにかくかざぽんワールド大炸裂でとても面白くて、これがたった4回だなんてそれこそ惜しい、続編作ってくれよNHK……と書いたものである。

 そう思ったのは私だけではなかったのだろう、来た来た、帰ってきたよおしい刑事が! しかも今回は全8話! ドラマは現在第2話まで放送されているが、第1話「残念な男の帰還」は『恋するおしい刑事』所収の「おしい刑事と不可能犯罪」、第2話「女子寮の醜聞」は『おしい刑事』所収の「おしい刑事のテスト」をそれぞれ原作にしている。第3話「三人の小学生」は、予告を見る限り『恋するおしい刑事』所収の「おしい刑事と小学生」のようだ。

 と、このドラマ各話のタイトルを見て「おや?」と思ったそのスジの好事家さんも多いだろうが、その話は後ほど。この連載の第51回で「おしい刑事」を取り上げたとき、私はこう書いた。

〈何に感動したって、かざぽんが、犯人じゃないんですよ! サイコパスでもないんですよ! もちろんこれまでの数々の狂気的な役はその卓越した演技力を買われてのことではあるけれど、あまりにその印象が強烈で、イメージが固定されていた感は否めない。でもこの「おしい刑事」でかざぽんはまちがいなく喜劇俳優としても評価されるはずだ。でもね、ファンはとっくに知ってるよね。サイコパスや鬱屈した役より、押井の方がずっとかざぽんっぽいって〉

 これを書いてから約2年。いやあ、まさかかざぽんがここまでバラエティに出るようになるとはね! 風間俊介といえばサイコパス、殺人犯、親を刺しがち──という印象は、すっかり過去のものになったと思っていいのでは。そういえば「監察医 朝顔」(フジテレビ)でも、かざぽんはとてもいい夫を演じている。今、「やっぱりおしい刑事」を見て、「風間俊介、イメージと違うなあ」と感じる人は、もういないのでは。てかむしろ、ハマリ役でしょ?


イラスト・タテノカズヒロ

■原作とドラマ、ここが違う

 ではいつものように原作とドラマの違いを見ていこう。完全なセキュリティと番犬に守られていた家で殺人が起き、金庫の中身が盗まれた。容疑者は4人。果たして犯人はどうやってこのセキュリティをかいくぐったのか──という密室状況を解く「おしい刑事と不可能犯罪」。大学女子寮の一室でグルメブロガーとしても人気だった被害者が殺され、同じ寮に住む4人の学生がやはり容疑者となる「おしい刑事のテスト」。容疑者の性別や性格が違っていたりという部分はあるが、いずれも事件そのものや推理の過程などはほぼ原作通りだった。

 ただ、前ドラマでは原作の複雑な伏線を減らし、シンプルな構造にしていたのが特徴だった(詳しくは第51回(2019年5月15日配信)をご参照ください)のに対し、今回は逆に要素を加えている。第1話の現場を出てから会社に行くまでの所要時間の話や、第2話の現場の室温の話は、ともに原作には出てこない。前者は今回から登場した美良山刑事の見せ場をつくるため、後者は原作には登場しないアリバイを設定したためそれを崩すために加えられたのだろう。これにより少し原作と段取りが変わった。

 事件や推理以外の部分では、前ドラマ同様、人物配置や全体を通したオリジナルなストーリーが加わっている。今回、押井の部下になった新人刑事の美良山と橋本涼くん演じる鑑識の小河内は、原作に登場しないドラマオリジナルキャラクターだ。さらに第1話で容疑者のひとりだった人物が第2話で引き続き怪しい動きを見せるのも、原作にはない。

 オリジナルストーリーの方はどうなるのかまったく見当がつかないのでこのまま楽しみに見守るとして、オリジナルキャラに注目しよう。新人刑事・美良山来海はどうやら「真相」担当の本当の名探偵の役割。そして涼くん演じる小河内朔流はなぜか押井を敵視しているという設定だ。そしてその敵視の理由は、第2話で明らかになった。現場で押井が言おうとしていた推理を先回りしてすべて語ってしまい、それを責められた小河内は、こんなことを言う。

「ぼくの灰色の小さな脳細胞が勝手に」

 これはアガサ・クリスティが産んだ名探偵エルキュール・ポアロの有名なセリフである。それを聞いた押井は憎々しげに「名探偵ポアロ……! 君とは仲良くなれそうにないな!」と呻く。つまり、シャーロック・ホームズが大好きな押井との対比として、もうひとりの名探偵、ポアロを出してきたわけだ。ほう、こう来たか。

■ジャニーズのふたりが、まさかのホームズとポアロに!

 ところで押井がホームズ贔屓というのは原作にはない、ドラマオリジナル設定である。さらに言えば、前ドラマでもインバネスこそ着ているものの、そこまでホームズ推しを前面に出してはなかったように思う。それが今回から俄然、ホームズに寄せてきた。ドラマ各話のタイトルは、それぞれホームズものの短編「シャーロック・ホームズの帰還」「ボヘミアの醜聞」「三人ガリデブ」のパロディだ。また、第2話では冒頭で「フランシス・カーファックス姫の失踪」のセリフが引用される場面もあった。ちなみに「ボヘミアの醜聞」と「フランシス・カーファックス姫の失踪」にはともにホームズが失敗する場面がある。惜しいホームズの話なのだ。遊んでるなあ。

 ただちょっとお断りしておきたいのは、現実のホームズとポアロでは小説が書かれた時代が違うため、実際にはライバルではない。むしろアガサ・クリスティはシャーロック・ホームズ・シリーズの大ファンで、あんな名探偵を自分でも創造したいがホームズは神聖な存在なのでとても真似なんかできない、と自伝に書いているほどである。それでも溢れるホームズ愛は止められず、ホームズとワトソンのコンビに倣って、ポアロにヘイスティングズという相棒をつけたくらいなのだ。

 つまり本当は、ポアロにとってホームズは尊敬する先輩なのである。ホームズが書かれたのは1887年から1927年にかけて。ポアロは1920年に登場し、それから50年以上書き続けられた。わずかばかりの同じ時を過ごし、ホームズが去ったあと、ポアロは他の多くの名探偵たちとともにミステリ黄金期と呼ばれる時代を支えてきた。ふたりは敵ではなく、ポアロは偉大な先輩から志を受け継いだ後輩なのである。それがかざぽんと涼くんで再現されれば、こんな胸熱なことはないんだがなあ。

 ということで今回は、原作の『おしい刑事』『恋するおしい刑事』だけでなく、押井が愛するホームズ、小河内が愛するポアロの小説にも手を伸ばしていただきたい。ホームズなら、各話のタイトルの元ネタと、作中でも言及された計4作から。もちろん、今後もホームズネタのタイトルがつけられるだろうから、そのオリジナルを探して読むのもいい。ポアロなら、本当は長編を勧めたいがとっつきやすいところで短編集の『ポアロ登場』(ハヤカワ・クリスティー文庫)からどうぞ。2人の名探偵について先に知っておくとドラマがさらに楽しめるぞ。

 なお、細かいことだが小河内くん、「灰色の小さな脳細胞」ではなく「小さな灰色の脳細胞」だからね。そこ順番大事だから。原文の grey cells は一括りの言葉だから。クリスティファンなので、これだけは言いたかったのよ。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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