大矢博子の推し活読書クラブ
2021/06/09

井上瑞稀出演「さまよう刃」周りに流され悪事に手を染める若者 これは「他人事」ではない

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

 それを海とも知らないで海を飛ぶ皆さんこんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、ついに第100回を迎えました。いつも読んでくださってありがとうございます。記念すべき100回を飾るのは、このコラムでもすっかりお馴染みの東野圭吾原作のこのドラマだ!

■井上瑞稀(HiHi Jets/ジャニーズ Jr.)・出演!「さまよう刃」(2021年、WOWOW)

 原作は東野圭吾の同名小説『さまよう刃』(角川文庫)。これまで東野圭吾原作作品はこのコラムでも数多く扱ってきたが、その中でもとびきりの辛い話・重い話である。それなのに先が気になって読むのをやめられないのは、これが決して絵空事ではなく、私たちが今日巻き込まれてもおかしくない出来事を扱っているからに他ならない。

 主人公は妻を亡くしてから男手ひとつで娘の絵摩を育ててきた長峰重樹。ところが、掌中の珠とも愛しんできた娘が変わり果てた遺体で発見された。たまたま通りかかった不良少年たちに目をつけられ、むごたらしく凌辱された上に捨てられたのだ。

 絶望の中にいる長峰のところに、ある日、犯人たちの名前と住所を告げる妙な密告電話がかかってくる。半信半疑で教えられた住所に行ってみると、そこには絵摩が蹂躙されたビデオテープが残っていた。長峰は怒りに任せ、帰宅した犯人の一人・アツヤを殺してしまう。死に際のアツヤから主犯・カイジが長野のペンションに逃げたとだけ聞いた長峰は、警察に告げることなく、猟銃を持ってカイジを追う。法は未成年を死刑にしない。なら自分の手で娘の敵を討つ──。

 娘を残忍に殺された父の心中を思えば、警察内部も世間も長峰に同情的だ。それでも警察は長峰を殺人犯として追わねばならない。もちろんカイジも逮捕の対象だが、カイジを逮捕することは彼を長峰から保護するに等しい。さまざまな思いを抱えながら、長峰はカイジを追い、警察は長峰とカイジを追った。

 ──というのが原作・ドラマに共通する物語の骨子だ。原作が刊行されたのは2004年なので携帯電話や車の描写などの時代背景の違いや人物の細かい設定の違いはあるが、ストーリーは(放送されている第4回までは)極めて原作通りに進んでいる。


イラスト・タテノカズヒロ

■瑞稀くん演じる中井誠は物語の鍵を握る難役!

 では瑞稀くんが演じる中井誠はこの物語にどうかかわってくるのか? 絵摩を拉致したのは実は誠を含む3人で、拉致には誠の父親の車を使った。アツヤのアパートに運んだ時点で親から電話がきてその場を離れただけで、これから仲間が絵摩に何をするかはわかっていたし、その後、死体運搬のためにも車を貸している。つまり直接手は下さなかったにせよ、誠は事件の全てを知っていたのだ。

 カイジからお前も共犯と言われ、チクったらひどい目に遭わせると脅される。目撃証言から誠の父の車が割り出され、事情聴取を受けたときには父親から「自分は無関係、何も知らずに車を貸しただけ」と主張するように言われる。どうすれば自分は助かるのか。誠はある決意をして、電話を手に取った……。

 どこに何の電話をしたかは想像していただくとして、誠の心理や行動は原作とまったく同じなので、どうか原作を瑞稀くんを思い浮かべながら読んでほしい。特に序盤は、誠が主役と言っていいくらい、彼を中心に話が進む。ドラマではカットされた会話や場面もあるので、この場面を瑞稀くんが演じたらと想像しながら読むのも楽しい──いや、話の内容も誠の苦悩も決して「楽しい」ものではないのだけれど。

 こういう役どころでありがちなのは、自分も犯人側の人間であるという事実と、自分の中の正義感がぶつかり合うという展開だ。もしくは友情と正義のどちらを取るか悩む、というパターンもある。そうであれば「かっこいい役」にもなり得る。誠役に瑞稀くんが抜擢されたとき、そういう「改心した子」というふうに描くのかな、と思った。だが少なくとも現時点での放送分は、そうではない。残酷なほど原作通り……いや、原作には登場しない、親に手を上げる場面まで加えられていた。

 原作の誠はとても苦しみ、悩んでいるように見えるけれど、その気持ちは「自分だけは助かりたい」「カイジに制裁されることだけは避けたい」という身勝手な保身だ。長峰がアツヤを殺したと知り、あわよくばカイジも殺してくれれば自分は助かると考えるのである。被害者を思う気持ちなどもちろんない。彼が無意識に願っているのは、このまま自然と災厄が通り過ぎてくれないかな、ということなのだ。

■誠はあなたかもしれない

 原作に、そんな誠のメンタルを的確に表した文がある。高校を中退した誠は、今のままではまともな職につけないことはわかっていた。しかしだからといって、何かを始めようという気もない。「そもそも彼は、人から何かを習うというのが極めて苦手だった。何かを修得するために努力を重ねるというのも嫌いだった。今のまま、何かうまい仕事に、できれば楽をして金の儲かる職業につけないものかと虫のいいことを考えていた」

 どうしようもないな、と思う一方で、10代なんてそんなものかもしれない、とも思う。気が弱くて、先のことは考えられなくて、目の前の恐怖から逃げたいという思いでいっぱいいっぱいになってしまう少年。何が正しいとか何がしたいとかという考えもなく、相手が友人でも父でも警察でも、言われるがままに流されてしまう少年。はからずもドラマの中で刑事が「ああいう気弱なガキはとことん流される。流された挙句、とんでもないことをしでかす」と評している。瑞稀くんが演じるのはそんな少年だ。

 かっこいい役ではない。ワルの魅力、というものもない。むしろ情けない役だ。ファンには辛いかもしれない。だが同時に、多くの人は多かれ少なかれ「誠的なもの」を持っている。読者は自分が長峰の立場だったらと想像し、それが法的には許されないことでも何とか彼が救われる結末になってほしいと祈りながら読むことだろう。でも想像してみてほしい。もし、あなたが誠だったら? 殺された子のことより、その親の思いより、自分のことで頭がいっぱいになりはしないだろうか?

 この物語は少年法の問題点を指摘したもののように受け取られることがあるが、実際は、何にせよ自分の身に降り掛からなければ問題意識を持たない「私たち」への批判の物語である。それは主に長峰や警察の描写を通して語られるが、瑞稀くんのファンがこの小説を誠に注目して読むことで、特に若い世代のエゴや無関心について思いを巡らすことになるだろう。誠は可哀想な被害者か? それとも身勝手な加害者か? このあと、彼にどうなってほしい? そう考えることは、とても大切なことだと思う。

 原作では同情の余地のない鬼畜として描かれたカイジだが、ドラマでは心に孤独を抱えたような描写が挟まれている。誠もまた、原作と違って感情を爆発させる場面が加えられた。だとすれば、誠にもこのあと原作とは異なる展開があるかもしれない。物語の終盤、誠はまた事件の中心に身を置くことになるのだが──原作通りのエンディングを迎えるのかそれとも違う展開が待っているのか。第5話の予告を見ると、どうも原作と違った動きがありそうだぞ? ドラマの続きが楽しみだ。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

連載記事