大矢博子の推し活読書クラブ
2021/09/29

木村拓哉主演「マスカレード・ナイト」東野圭吾が木村くんを当て書き! 原作を読むしかないそのワケとは

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 笑顔抱きしめ悲しみすべて街の中から消してしまう皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は2年と8ヶ月ぶりにあの刑事が戻ってきた、この映画だ!

■木村拓哉・主演!「マスカレード・ナイト」(2021年・東宝)

 2019年に公開された映画「マスカレード・ホテル」の続編である。原作はもちろん東野圭吾の同名小説『マスカレード・ナイト』(集英社文庫)だ。今回もまたホテル・コルテシア東京が事件の舞台。木村くん演じる新田刑事がホテルマンに扮して潜入し、長澤まさみさん演じるホテルスタッフ・山岸とのコンビで事件に臨む。

 発端は都内で起きた殺人事件だった。匿名の密告者から、犯人が大晦日にホテル・コルテシア東京に現れるという情報が寄せられる。警察は前回同様、複数の刑事をホテルに潜入させた。しかし大晦日にはホテルで仮装パーティが催され、500名もの客が一堂に会するという。はたして犯人はそこで何をするつもりなのか。そして刑事たちは、仮装した参加者たちの正体をどうやって暴くのか──。

 というのが原作・映画両方に共通するあらすじだ。前回同様、客の無理難題をさばくホテルスタッフのお仕事小説と、特異な状況で犯人逮捕を目指す警察小説がミックスされた、異業種交流ミステリである。前作での山岸はフロントクラークだったが、今回はお客様の相談窓口であるコンシェルジュ。プロポーズを手伝えだの窓の外の看板を見えなくしろだの、客の頼み事の厄介さは前回の上を行く。それをホテルスタッフがどう対応するかが読みどころのひとつだ。

 また、警察がチェックするべき怪しい客もちらほらいるし、不倫が修羅場に発展しそうなカップルもいる。警察はそこを見るのか、ホテルスタッフはそこに気づくのか、という発見がたくさんあって小刻みなサプライズがたっぷり用意されているのも前作通り。そして困ったことに(?)、すべての客がなんらかの事情を持っていて、それが事件にからんだり事件の目眩しになったりするものだから、映像化するのに「どれひとつとしてカットできない」のだ。

 前作のときのこのコラムにも書いたことと同じ感想になってしまうが、エピソードをカットせずにこれをたった2時間でやるってどうやって!? いやいや、前回もやったんだからきっとやるんだろうとは思ったけども。


イラスト・タテノカズヒロ

■原作を大胆に改変したふたつの要素

 あの原作を2時間に収めるためにとった方法は、原作では3日間にわたる潜入捜査を大晦日の1日だけに変えたことだ。そのため、山岸が走り回ることになる厄介な客の注文も一部は簡略化されていた(実はここが大事なのだが後述)し、原作では2日かけて少しずつわかっていくことが映画では数時間で判明したりする。原作では取調べは後日ゆっくりされていたが、映画ではその夜のうちに済ませていた。映画のテンポの速さといったら!

 実は原作者の東野圭吾も、はじめは24時間の物語にする構想を持っていたという。だから構成としては決して無理な改変ではないし、スリルはいや増した。だが逆に、3日間の物語である原作には、映画にはない「緩急」がある。少しずつ手がかりを集め、推理し、証明するという過程がじっくり描かれるのだ。映画では関係者の聞き込みの話もカットされていたが、実はその聞き込みの中にとても重要な伏線があったりもする。

 その伏線が映画には出てこない──え、どうするの? と思っていたら、もうひとつの大きな改編に関係していた。それは「犯人像」だ。犯人が誰かは原作通りなのだが、その犯人の、えっと、何と言えばいいかなあ、犯人の設定が違うのである。原作に寄せているようで、決定的に違うのだ。へえ、こうしたのか!

 というのも原作の犯人は「これ映像でやるの無理じゃね?」という設定なのである。それは前作『マスカレード・ホテル』も同じだった。原作を知っていると、「これ、映像でできるの?」と思ったものだ。映画「マスカレード・ホテル」の公式サイトは今も閲覧できるので見てみていただきたいのだが、キャストのページにあるのは俳優名だけ。作中での役名は記載されてない。これは珍しいことだが、真相を知っていれば納得の趣向である。役名は書けない、のだ。

 ところが! 今回の「マスカレード・ナイト」のサイトには、役名を書いているじゃないか。サイトを見たときには驚いて思わず「ええっ?」と声が出たさ。「え、この役者さんがこの役をやるの? どうやって?」と、もう大混乱よ。原作を読んだ人にはこの気持ち、きっとわかってもらえるはず。未読の人はぜひ今からでも読んでいただきたい。そして、もし原作通りの犯人だったとしたら、どんな役者さんがキャスティングされるか想像するのも楽しいぞ。私なら──いや、それを書くのもネタバレになるからやめておこう。
 

■原作で「チーム」と「プロフェッショナル」を味わう

 だがそれ以外は、前作同様基本的に原作通りだ。冒頭の木村くんの社交ダンスも、かっこいい木村くんを見せるためのシャレオツ演出ではなく、原作通りなのである(しかも原作では新田がダンスインストラクターを口説く)。クライマックスで木村くんはアルゼンチン・タンゴを踊るが、あれも原作通り。タンゴは未経験だったそうでかなり苦労したようだが「東野さんが原作に書かれていることなので致し方ない」(パンフレットより)と、練習を積んだ由。

 と書けばわかる通り、木村くんはきっちり原作を読んでいる。その上で作り上げた新田刑事は、まさに原作のイメージ通り。というか、前のコラムにも書いたが、東野圭吾は最初から新田を木村くんのイメージで書いていたので、こと新田に関しては「イメージが違う」なんてことはありえないのである。その役を演じたジャニーズのイメージで原作を読んでみる「ジャニ読み」を推奨するのがこのコラムだが、作者が「ジャニ書き」している稀有な例だ。ファンなら原作を読まないって手はないでしょ。

 その上で、今回の映画でカットされてとても残念だったくだりがある。前述した、客の厄介な頼み事だ。山岸が客から、夫の誕生日だからこの写真の通りのケーキを用意してほしいと頼まれる。そこまでなら映画にもあったが、映画は普通のケーキだったのに対し、原作では食品サンプルで作ってほしいという依頼なのだ。

 すでに大晦日、食品サンプルの会社は休みだ。そこで山岸はホテルのスタッフに助力を頼む。複数の部署のプロフェッショナルが力を合わせて、ケーキの模型を作るのである。出来上がったケーキを見ながら山岸は、「みんなの力を借りて完成させた力作なのだ」と考える。主人公は新田と山岸で、映画では特に末端のエピソードをカットしているのでふたりの活躍に目が行きがちだが、原作ではホテルがどれだけ多岐にわたるプロによって運営されているかがこと細かに描かれるのである。警察も同じく。それが原作の魅力だ。

 前に出るのはひとりのスタッフ、ひとりの刑事かもしれないが、そのバックにはたくさんのプロフェッショナルがいる。「お客様の満足」のためにどれだけの人が陰で支えているか──それはジャニーズのライブに行ったことのある人なら、容易に想像できるのではないかしら。チームの強さ、プロフェッショナルの強さを、私たちジャニオタはとてもよく知っているから。

 それにしてもこのご時世に、あの500人のパーティの場面にはビビった。映画を見ながら「密です!」というアラームが脳内をよぎったさ。仮装パーティなのでマスク(仮面)をつけられるのがせめてもの救いだが、そんな中であの作品を作り上げたスタッフ、キャストもまたプロフェッショナルだ。関係者の皆さん全員に感謝と尊敬を。そして何より、健康を祈ってます。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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