作間龍斗主演「ひらいて」“推しが尊すぎて辛い”を綿矢りさが書くとこうなるのか! 内心が綴られた原作と観客にゆだねられた映画を比べる
それを海とも知らないで海を飛ぶ皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は作間龍斗くんの映画初出演作だ!
■作間龍斗(HiHi Jets/ジャニーズJr.)・出演!「ひらいて」(2021年・ショウゲート)
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- ひらいて
- 価格:473円(税込)
原作は綿矢りさ『ひらいて』(新潮文庫)。主人公は高校3年生の愛。美人で成績も良く自信家の愛は、クラスメートの西村たとえに片想い中だ。ところがある日、校内でたとえが誰かからの手紙を大事そうに読んでいるのを目撃する。たとえがその手紙を教室の机にしまうのを見た愛は、気になってたまらず、深夜の学校に忍び込んだ。
そうして手に入れた手紙は、同じ学年で糖尿病を抱える地味な生徒・美雪からのものだった。ふたりが長い間、誰にも知られず付き合っていたことを知って衝撃を受ける愛。愛は自分の気持ちを隠して美雪に接近する。暴走する愛の感情は美雪を巻き込んで、やがて屈折した三角関係へと堕ちていく──。
最初は10代の恋の甘酸っぱさ満点で始まるが、すでにたとえに恋人がいるとわかってからの愛の感情の揺れが読みどころ。あの子から彼を奪ってやろうという恋愛小説は多いが、この物語は横恋慕と聞いて想像するストーリーの斜め上を行く。とても危うく、歪で、自分でも制御できない感情が思わぬ方向に流れ出るのである。
実はこの作品が映画化されると聞いたとき、「たぶん内容はマイルドに改変されるんだろうな、でもこれはマイルドにしちゃうと物語の核が消えちゃうんだよなー」などと何様目線で偉そうに予想していたのだが、いざ見てみたら! え、ちょ、ま、まるっと原作通りじゃないか! 逆に驚き、「待って愛ちゃん、一回落ち着こう」とハラハラしてしまった。よくぞここまで原作の持つ、身を切られるような、身を焼かれるような、アンコントロールな感情の暴走を再現したものだ。
だから原作を見事に映像化したこの作品には思わず心の中で喝采したのだが、ストーリーもテーマもまったく同じでありながら、実は基本的なところで原作と映画には大きな違いがある。原作が愛の視点で彼女の揺れ動く感情がつぶさに綴られるのに対し、映画ではそこにあるのはセリフと表情と行動だけで、彼女の内心は言葉で説明されないのだ。だからこの映画は、原作より観客ひとりひとりに解釈を委ねる部分が大きくなっている。
イラスト・タテノカズヒロ
■原作で愛のリアルな思いと「たとえの魅力」を追体験する
綿矢りさのすごいところは、心象風景の描写にある。よくぞ言葉にできないこの気持ちにこんな表現を与えてくれたものだと感心するような文章を紡ぐのだ。作中で愛が美雪に対して思いがけない行動に出た時、あるいはたとえに詰め寄ったとき、彼女が何を考え、何を持て余し、相手の反応に対して何を感じたか、原作ではつぶさに、そして狂おしいほど切なく表現され、ストレートに読者の胸を刺す。
だから映画を先に見て「こうだろう」と思っていると、原作ではもしかしたら異なる心情がそこにあったことを知って驚くかもしれない。その違いもまた鑑賞の愉しみだ。だけどこのコラムはジャニ読みブックガイド。主人公は愛だが、ここはやっぱり作間くん演じるたとえに注目しないとね。
ということで、まだ暴走する前の愛が、たとえをどんなふうに見ていたか。原作からその描写をいくつか紹介しよう。まずこの物語の冒頭部分、いきなりこんな文章から始まるのだ。
「彼の瞳(ひとみ)。/凝縮された悲しみが、目の奥で結晶化されて、微笑(ほほえ)むときでさえ宿っている。本人は気づいていない。光の散る笑み、静かに降る雨、庇(ひさし)の薄暗い影。/存在するだけで私の胸を苦しくさせる人間が、この教室にいる」
のっけから掴まれるじゃありませんか! 「推しが尊すぎて辛い」を綿矢りさが書くとこうなるのよ。映画を見たあとで原作を読むと、たとえがそのまま作間くんで脳内再生されるため、たとえの描写が一気にリアルに迫ってくるのだ。しかも、彼女の恋する気持ちの描写は、そのまま自担に「落ちた」気持ちだからたまらない。
「いつからだろう。授業中、ひまさえあれば彼を見るようになったのは。/図体(ずうたい)の大きい彼が小さなシャープペンシルを握って、ノートになにか書き込んでいる姿を見るたび、その際に指の付け根を唇に押し当てている仕草を見るたび、胸の奥がきしんだ」
好きだから、ひたすら見つめる。彼のほんの些細な仕草や手のちょっとした動きに意味を見出し、自分の中で物語を紡ぐ。遠くなりすぎてすっかり存在を忘れていた私の中の乙女成分が「わかるわーっ」とジタバタしたもんさ。愛は闇堕ちしてからもたとえを見続けるので、ぜひ作間くんを思い浮かべながら読んでほしい。
■物語の要となる西村たとえ、作間くんがためらったセリフとは?
で、その作間くん演じる西村たとえは、「長く付き合っている恋人がいるのに、いきなり愛にモーションをかけられる」という、それだけ見ればけっこうなモテ男くんなのだが、それほど簡単な役どころではない。彼もまた複雑な背景を抱えている──のだが、それは映画なり原作なりで確認していただくとして。この役の難しさは、彼の位置にある。
この物語は愛と美雪の関係が軸であり、愛の感情の暴走と揺らぎが小説の核だ。なので西村たとえという存在は、下手をすれば「当て馬」でしかなくなる。愛という人間を描くための「装置」でしかなくなる。それを当て馬でも装置でもなく、説得力を持った実在として描けなければ、この話はただ女子高生がダダをこねるだけの話になってしまいかねない。
原作はもちろん綿矢りさの筆力で、愛という反射鏡を通して西村たとえという存在を輪郭から内面に至るまで描き出している。しかし前述したように、映画には内心の説明がない。したがってたとえの存在感が出せるか否かは、作間くんの演技にかかっているのだ。こんな難しい役なのに、しっかり「西村たとえ」だった作間くん、とても映画初出演とは思えなかったぞ!
インタビューや映画のパンフレットによれば、作間くんは台本を読んで、ある場面のニュアンスを変えたいと監督に申し出たそうだ。それはクライマックス近くの、愛とふたりきりの場面。それまで多くを口にしなかったたとえが、思いの丈を愛に吐き出す見せ場でもある。キーワードは「まずしい笑顔だね」だ。原作のその場面では、たとえは愛に向かってかなりキツい言葉を投げつける。
最初の台本がどのようなものだったかは私にはわからないが、作間くんは「まずしい笑顔だね」の場面で、「これ以上突き放すとこの子は壊れてしまう」「可哀想」と感じたという。それで変更を申し出たのだとか。西村たとえの中の作間龍斗が顔を出した部分と言えるかもしれない。原作にも「まずしい笑顔だね」という台詞は登場する。その場面をぜひ原作と比べてみていただきたい。役者・作間龍斗の芽生えが、その場面に感じ取れるはずだから。
いやー、それにしても刺さる映画だった。原作も刺さったが映画も刺さった。これ、芝居するのめちゃくちゃ難しかったと思うんだよなあ。心情が語られる原作ですら、「どうしてそんなことするのよーーーー!」と思っちゃう展開なので、それを映像だけで見せるのはどれだけ大変だったことか。原作ではこう表現されたことを、映像ではこんなふうに見せるのか、という点に注目してみるのも面白いかと。
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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