大矢博子の推し活読書クラブ
2022/01/26

永瀬廉主演「わげもん」で注目の「通詞」とは? 史実とフィクション両面からドラマの意味を解説

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 恋降る月夜に君想ふ皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム……なんだけど、今回はちょっと特別編。小説原作ではない、れんれん主演のこの時代劇だ!

■永瀬廉(King & Prince)・主演!「わげもん」(2022年・NHK)

 朝ドラ「おかえりモネ」のりょーちん役で広くその存在を知らしめたれんれん。ついにNHKで主役、それも髷物である。舞台は幕末の長崎。長崎の通詞だったが20年前に行方不明になった父を探し、江戸からはるばるやってきた青年・伊嶋壮多がれんれんの役どころだ。この時代、唯一外国に向けて扉を開いていた長崎ならではの文化や風習を背景に、父の失踪の謎に迫っていくというサスペンスである。

 いやもう、このれんれんの演技が! 朝ドラのときから言われていた「瞳の明度・自由自在」能力が今回も健在。期待に満ちたときのきらきらした目と、絶望したときの真っ黒な瞳の対比たるや。映画「うちの執事が言うことには」でファンを驚かせた泣きの演技にもさらに磨きがかかり、永瀬廉という役者が一作ごとに音を立てて成長しているのが見てとれる。

 そしてドラマ自体もめちゃくちゃ面白い! 通詞という仕事の描写、長崎という町の描写、そして幕末という時代の3要素が組み合わされ、この時代・この場所でなければ成立しない実にエキサイティングな時代ミステリドラマだ。特に注目すべきは史実との絡め方。伊嶋壮多はじめ多くは架空の登場人物だし、壮多の父の失踪もフィクションだが、作中で起きる事件は史実を下敷きにしており、実在の人物も重要な役どころとして登場している。そしてその事実や人物を知っていると、このドラマの面白さが何倍にも膨れ上がるのである。

 ということで、いつもならこのコラムは小説原作のドラマや映画を取り上げ、小説との違いやその読みどころなどを紹介しているのだが、今回は特別編。これを読めば「わげもん」の世界がもっとよくわかる、「わげもん」がもっと面白くなるという本を、小説を中心にいくつか紹介しよう。

 まずは通詞ってどんな仕事なの?という疑問に答えてくれるのが片桐一男『阿蘭陀通詞』(講談社学術文庫)。これは小説ではなく学術書寄りの参考資料集で、長崎通詞の実務が端的に紹介されている。通詞がどのような仕事をしていたか(通訳・翻訳だけではない)や、その身分はどういうものだったか、学校も教科書もない時代にどのように語学を学んでいたか、重要な通詞には誰がいたか、などなど。

 読み込んでいくと発見も多くとても面白いのだが、学術書寄りのため表現も硬いし、はじめの一歩としてはやや難しく感じられるかもしれない。とりあえず本書で確認してほしいのは、実際の通詞たちを紹介したページ。その中に「森山栄之助」の名前があり、「嘉永元年(一八四八)から翌二年にかけて同僚通詞らと共に偽装漂流の米国人青年マクドナルド Ranald MacDonald に英語教授を受けた」とある。森山栄之助とマクドナルド!


イラスト・タテノカズヒロ

■通詞・森山栄之助とその仕事を知るならこれを読め!

 つまり、ドラマに登場する長崎通詞・森山栄之助(小池徹平)は実在の人物(大河ドラマ「青天を衝け」にも登場していた)であり、マクドナルド(木村昴)から英語を習ったのも史実なのだ。そしてドラマで描かれるこのふたりの描写は、実はびっくりするほど史実に忠実なのである。

 ドラマ視聴者に是非とも読んでほしいのが、吉村昭『海の祭礼』(文春文庫)だ。前半はマクドナルドが日本に憧れ、漂流民を装って利尻島に上陸、長崎に送られるまでを描く。そこで森山栄之助に出会い、栄之助は彼から英語を学んで、後に大通詞として開国の現場に立ち会うという物語だ。幕末の日本が開国に至るまでを外交視点から描いた歴史小説であるとともに、ふたりの友情の物語である。

 まったく言葉が通じない中、蝦夷地の役人と身振り手振りでコミュニケーションをとりながら日本語を学ぶマクドナルド。独学で英語を学んできたが、それがマクドナルドの話す英語とまったく違うことにショックを受ける栄之助。彼らがどのように外国語を学んでいくかが読みどころのひとつだ。マクドナルドが英語の「good」の日本語訳を「良か」という長崎弁で覚えるくだりも、本書に登場する。

 マクドナルドが監禁されていた部屋は牢格子こそあれ家財道具が揃えられていたこと、彼の長崎滞在時に他のアメリカ漂流民が別の牢に監禁されていたこと、その中にはオアフ島出身者がいて牢内で乱暴されていたこと、脱走事件があったこと、そしてプレブル号で彼らと共に帰国したことも本書で詳しく描かれている(ただし脱走者のその後はドラマオリジナル)。本書を読むと、「ドラマのあのエピソードはこれが元か!」という発見がたくさんあるはずだ。「わげもん」参考書籍として必読の一冊。

 また、通詞が主人公のミステリ小説として、多岐川恭『異郷の帆』(講談社文庫・他)を挙げておこう。これは元禄年間が舞台なので時代は違うが、出島のオランダ商館で商館員が殺され、通詞が事件に巻き込まれるという物語。背景には抜け荷があったり、出島という場所特有の決まりや風習が謎解きにかかわってきたりという点で、「わげもん」に通じるものがある。

 女性通詞の小説もある。佐川光晴『満天の花』(左右社)は、オランダ商館員を父に、長崎の遊女を母に持つ少女が蘭語・英語・ロシア語を学び、勝海舟に見出されて通詞として外交の場に立つというもの。この少女通詞はフィクションだが、実在したと言われる(詳細は不明)女性フランス語通詞を描いたのが宇江佐真理『アラミスと呼ばれた女』(講談社文庫)。女人禁制の仕事に憧れ、男装の通詞として激動の時代を目撃した女性の一代記だ。

■「わげもん」がさらによくわかるオススメ歴史・時代小説

 ドラマも佳境に入り、壮多の父の失踪は20年前のシーボルト事件に関係していることが判明した。壮多が往来でシーボルトの名を出そうとした途端、置屋の女将に店内に引き摺り込まれるという、まるで「名前を言ってはいけないあの方」みたいな扱いになっていたが、それくらいシーボルトはヤバいことをしでかしたわけである。

 ものすごくざっくり言えば、医者であるシーボルトはドイツ人なのにオランダ人と偽って入国し、日本地図という幕府の最高機密を持ち出そうとした(実際に持ち出した)わけで、本人は国外追放で済んだがそれに関係した人々が大勢めちゃくちゃ重い処罰を受けたのだ。通詞からも処罰者が出た。

 このシーボルト事件が最も詳しく書かれているのは秦新二の評論『文政十一年のスパイ合戦 検証・謎のシーボルト事件』(双葉文庫・他)だが、歴史小説に目を向けると、シーボルト事件を正面から描くのではなく、背景として使われているものが多い。朝井まかて『先生の御庭番』(徳間文庫)、梶よう子『噂を売る男 藤岡屋由蔵』(PHP研究所)、葉室麟『オランダ宿の娘』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)、矢的竜『シーボルトの駱駝』(双葉文庫)などがそうだ。

 どれもタイプやアプローチが違って読み比べてみると面白いが、ここでは『海の祭礼』に続いて吉村昭『ふぉん・しいほるとの娘』(新潮文庫)をお薦めする。シーボルトと遊女・其扇の間に生まれた娘・イネの生涯を描いた物語だ。イネは父と同じ医学の道に進み、後に産科医になる。ドラマに出てくるえんま(えま)先生が実はイネなんじゃないかなーと予想しているのだが、深読みし過ぎかな?

 ドラマには「半分オランダ人」と言うえんま先生をはじめ、唐人の父を持つトリや、やはり外国の血が入っているらしい未章が登場する。トリも未章も「長崎でしか生きていけない」と言う。遊女とオランダ人・唐人の間に子ができることは珍しくない土地だったため差別されずに済んでいるが、他所ではこうはいかない、と。

 これこそがドラマの主題ではないだろうか。ドラマでは触れられなかったが、実はラナルド・マクドナルドもまた、白人の父とネイティブ・アメリカンの母を持ち、実の父にすら差別されてきた背景を持つ。「わげもん」はウェルメイドな時代ミステリだが、たとえ出自や身分で人が分断されたとしても、その分断は「言葉」が通じれば超えることができるのだと、通詞とは人と人を結びつける仕事なのだと、ドラマはそう告げているように思えてならないのである。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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