亀梨和也主演「正体」原作とは別の結末が描かれたドラマ版 二つの結末どちらも味わうべき理由とは
ただ君がそばにいればいい皆さんこんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は亀ちゃんのWOWOW初主演ドラマだ!
■亀梨和也(KAT-TUN)・主演、濱田崇裕(※濱は旧字)(ジャニーズWEST)・出演!「正体」(2022年、WOWOW)
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- 正体
- 価格:990円(税込)
原作は染井為人の同名小説『正体』(光文社文庫)。一家3人を惨殺したとして死刑宣告を受けた鏑木慶一が移送中に脱走する。鏑木はその後、名前と身分を偽ってさまざまな場所に潜伏。不思議なことに凶悪犯であるはずの鏑木は、行く先々で困っている人を窮地から救うのだ。
しかしどこでも結局は彼が手配中の脱走犯だと気付かれ、逃走を繰り返すことになる。そして逃走から1年半が経ったある日、鏑木はとある介護施設にバイトとして現れた。その施設には、一家惨殺事件の生き残りである若年性アルツハイマー症の女性が収容されている。いったい彼の狙いは何なのか──
というのが原作・ドラマ両方に共通する粗筋だ。どちらも、鏑木が潜伏した場所で出会った人たちとの交流がオムニバス形式で描かれる。鏑木の年齢が原作では18~20歳なのに対しドラマでは30代なこと、殺されたのが3人から2人に変わっていること、ドラマの鏑木には特徴としてうなじに痣があることなどの違いはあるが、物語の大枠は基本的に原作通りに進む。
だが2箇所、注目すべき改変があった。原作では別の話に分かれていたweb編集プロダクションの話と弁護士の話が一話にまとめられていたのだ。原作の編プロ回は、鏑木を自宅に住まわせるディレクターの沙耶香の恋愛感情が中心に描かれた。弁護士の回は、痴漢冤罪の被害にあった渡辺弁護士が人目を逃れてスキー場の民宿で働く話だった。
このふたつのエピソードを組み合わせ、痴漢冤罪をwebメディアで晴らすというドラマオリジナルの流れに持っていったことで、視聴者の中に「冤罪」というワードが刷り込まれることになる。そしてついに鏑木自身に「僕はやってない」と言わせることで、物語が大きく動き出すのだ。そこに直接弁護士をかかわらせるわけで、なるほど、こう来たか!
そしてもう1箇所の違い──これが大事!←「だいじ」と読んでもらっても「おおごと」と読んでもらってもどっちでもいいくらい大事! 結末部分にめちゃくちゃ大きな違いがある。
イラスト・タテノカズヒロ
■ドラマが提示した「もうひとつの結末」
最後の展開にかかわるので、少々ボカした表現になるがお許し願いたい。文庫の後書きによれば、あの結末にはしないでほしかったという声が多くの読者から著者のもとに寄せられたという。わかる。その気持ち、めちゃくちゃわかる。けれど原作はあの結末だったからこそ、著者が訴えたかった社会の理不尽さが、司法の問題点が、より強く読者に刺さったのである。多くの読者の声は、その著者の訴えが読者に届いたことの証明だ。
ドラマが提示した、原作とは異なる結末。それは原作を読んだ多くの読者が「こうあってくれればよかったのに」と思った展開に他ならない。原作にももちろんドラマと同じ救いはあったし、ただ一点の大きな違いを除いては原作通りの顛末なのだけれど、その一点の違いはとても大きい。
ある意味、このドラマの結末は理想論だろう。原作の方がリアルであることは間違いない。救いのないリアルと、救われる夢物語のどちらが「いい」かは受け止め方次第だ。けれど私たちは原作とドラマで、その両方を味わうことができる。原作で現実社会が孕む問題をしっかり胸に刻み、ではどうすればいいのかを考える。その答えのひとつがドラマであり、このドラマのような未来に向かって進みたいと思わせてくれる。
これは「改変」というよりも、選択肢だ。原作を読んで「辛い……」と感じた人はぜひドラマを見てほしい。そこにはあなたが見たかったもうひとつの未来がある。ドラマを見て「良かった!」と思った人は、ぜひ原作を読んでほしい。こうなっていてもおかしくはない、という厳然たる現状がそこにある。
あ、そうだ、もうひとつ、原作とドラマの違いがあった。原作では、鏑木が出会う人々──工事現場の和也、web編プロの沙耶香、弁護士の渡辺、パン工場で働く節枝、介護士の四方田と舞──の視点で各章が綴られる。そのため、彼らがそれぞれどんな過去を抱え、何に悩み、今どんな状況にあるのかが詳しく描かれるのである。
故郷を追われた和也、不倫に疲れて将来が見えない沙耶香、痴漢の濡れ衣を着せられ絶望の中にある渡辺、舅の介護と非協力的な夫に疲れ果てた節枝、唯一の正社員として施設の責任を背負う四方田、社会問題に興味がなくなりゆきで介護士になった舞。彼らもまた、この物語の主人公なのだ。救われない鏑木が人々を救っていく、救われた人々が鏑木を救おうとする。その構図は、救いのない原作の中にあって、実は大きな「救い」である。
■亀梨和也七変化、あっちもこっちも恋せよ亀担
私は原作を先に読んで、あとでこのドラマを見たため、本当に救われたような、何かが浄化されたような気持ちになった。では逆順だと辛いだけなのか? いやいや、そうじゃない。原作がものすごく辛い話であることに間違いはないんだけど、ファン目線で見ればいいこともあるのだ。
ドラマの魅力のひとつに、亀ちゃんの七変化がある。工事現場でネコ車をヨタヨタと押す作業着にヘルメット姿の亀ちゃん。金髪カラコンにエプロン姿の主夫亀ちゃん(貫地谷しほり、羨ましいが過ぎる)。黒髪ショートカットの朴訥パーカー青年の亀ちゃん。マスクに白衣でパン工場で働く亀ちゃん。爽やか介護士・片目の亀ちゃん。この一作でドラマ5本分くらいの亀ちゃんが堪能できたもんだ。
そして原作を読むと、もっといろんな鏑木が登場するのだ。雪山で「はじめてのスノボ」に挑戦する鏑木、遭難者を率先して探す鏑木、夜中の露天風呂に入る鏑木、洗濯機の中に隠れる鏑木(いい子は真似しちゃダメだぞ)、フルフェイスのメットでバイクを駆る鏑木……。私が原作を初めて読んだ時は、登場人物が隅から隅まで辛い思いをしてる人ばかりでホントにどーんと落ち込んだんだけど、鏑木を亀ちゃんで脳内再生できる今なら大丈夫、あらゆる亀ちゃんがページを駆け巡るので辛さ半減だ。
原作の鏑木もイケメン設定で、それゆえに途中で整形までしちゃうのだけれど、さすがにドラマではそこまでは……と思ってたら、亀ちゃんもしっかり途中で顔変えてきたし! これもう、某女性誌のトンデモ設定1ヶ月間着回しコーデ並に「脱獄囚でもバレない! ギリギリでいつも生きていたい1年間着回しコーデ」というタイトルで雑誌に載せられるレベルじゃない?
そして介護士・四方田役の濱田くんも忘れちゃいけない! ドラマの四方田は頼りになる介護士のリーダー格として描かれていたが、原作にはもうちょっと詳細に彼のプロフィールが登場する。四方田視点で語られる章もあるので、ぐっと彼が身近になるよ。のみならず、四方田の切ないラブまで登場するのだ。濱田担はチェックすべし!
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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