大矢博子の推し活読書クラブ
2022/06/01

生田斗真出演「元彼の遺言状」本格ミステリ愛に溢れたドラマ版 原作からの改編で今後の斗真も楽しみ!

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 横なぐりの雨の中、この部屋を飛び出した皆さんこんにちは。斗真回がなぜこの曲なのかは、わかるね? ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は斗真が1人2役に挑戦した月9ドラマだ!

■生田斗真・出演!「元彼の遺言状」(2022年、フジテレビ)

 今年4月から始まったドラマ「元彼の遺言状」は、新川帆立の小説が原作。1・2話が『元彼の遺言状』(宝島社文庫)を、3・6・7話が『剣持麗子のワンナイト推理』(宝島社)を部分的に下敷きにしている。他の回はドラマオリジナルだ。

『元彼の遺言状』は長編、『剣持麗子のワンナイト推理』は連作。『遺言状』の事件で知り合った弁護士の仕事を麗子が引き継ぎ、その因縁で『ワンナイト推理』の事件に巻き込まれていくという展開は原作通りだ。ここでは斗真が事件にからむ1・2話に絞ってみていこう。

 まずは原作のあらすじから。弁護士・剣持麗子は学生時代に付き合っていた森川栄治が「全財産は僕を殺した犯人に譲る」という奇妙な遺言を残して亡くなったことを知る。栄治はインフルエンザによる自然死と診断されていたが、遺言状を書いたのは亡くなる前日。麗子と栄治の学生時代の友人だった篠田はこの状況を不審に思いつつも、「僕がインフルエンザを栄治に感染させた」という名目で犯人に仕立ててほしいと麗子に依頼してきた。

 この奇妙な遺言は有効なのか、遺族はどうするつもりなのか、麗子はあらゆるケースを想定して作戦を練った。そして「1次審査」に通ったものの、栄治の顧問弁護士である村山の事務所が荒らされ、遺言状が盗まれるという事件が起きる。さらには村山が殺され、事件は一気に不穏な方向に……。

 奇妙な遺言状から殺人事件に発展するという基本的な骨子、そして真犯人とその動機はドラマも踏襲していたが、細部も展開も人間関係もかなり改変されていた。特に、原作である重要な役割を演じる森川家のひとりがドラマには出てこなかったのには驚いた。その人物なしでどうやって真相に近づくんだ? ああ、なるほど、そうするのか。あと関係ないけどこのドラマ、けっこうな飯テロ案件だな?


イラスト・タテノカズヒロ

■動きのある原作を「カントリーハウス・マーダー」へアレンジ


『剣持麗子のワンナイト推理』
新川帆立(宝島社)

 原作は剣持麗子の弁護士としての知識と腕、そしてその個性的なキャラクターが物語を牽引している。だから全体的にユーモラスでテンポの良い現代ミステリになっているが、物語の構造だけ取り出すと、これは古式ゆかしい本格ミステリ。特にアガサ・クリスティが得意とした「大富豪の死によって巻き起こされるワケあり家族の物語」だ。

 単なる遺産目当ての殺人というだけではなく、家族ひとりひとりに動機があり秘密があり、それが絡み合って事件が複雑化していく。殺人の真相が暴かれる過程で、家族が抱えた物語が同時に暴かれていくのが特徴だ。郊外にある大富豪の邸宅(カントリーハウス)が舞台となることが多いため「カントリーハウス・マーダー」と呼ばれるジャンルである。

 ドラマは本書の「カントリーハウス・マーダー」の側面を前面に出した。雰囲気のある屋敷(会津にある重要文化財・天鏡閣だそうです)を舞台にして、原作には登場しない暗号や原作とは異なる伏線の見せ方などを加え、本格ミステリ色を強化した。
 
 このドラマスタッフの「カントリーハウス・マーダー」へのオマージュがわかるのが、アガサ・クリスティの『ねじれた家』の登場だ。ドラマで栄治が死ぬ前に、この作品のポケミス版に暗号を残していたのをご記憶かと。このくだりは原作にはないドラマオリジナルだが、『ねじれた家』は1949年の作品で、大富豪の遺産と遺言を巡る「カントリーハウス・マーダー」の名作なのだ。家族全員が怪しいのもこのドラマと同じ。クリスティ自身が、自作の中で最も気に入っているもののひとつと語った作品でもある。

 原作と展開が変わってきたとき、「え、まさかこれ犯人も『ねじれた家』形式では?」とかなりドキドキしたが、さすがにそこは原作通りだった。『ねじれた家』はかなりの衝撃的ミステリなのでぜひご一読を。第3回以降も「この事件は××だ」と名作ミステリのタイトルが実際の書籍とともに随所に顔を出すし、本編に関係なくとも古本屋の場面でさまざまなミステリが画面に映り込むのが楽しい。なんとも本格ミステリ愛に溢れたドラマじゃないか。第3話で大泉洋演じる篠田が『そして誰もいなくなった』を手に取ったとき、その隣にあったシャーロット・マクラウド『盗まれた御殿』もコージーミステリの傑作だよ。

 ところで第2話で完結したように見える「元彼の遺言状」事件だが、まだ栄治がなぜあんな奇妙な遺言状を書いたのかという謎が完全に解明されていない。原作では「わあ、そういうことか!」と膝を打つ謎解きがちゃんと提示されているので、ぜひご確認ください。でもドラマの流れではおそらく原作通りの結末ではなさそう。つまりドラマではあの事件はまだ終わっていないわけで、となればもちろん斗真の出演も続くだろう。楽しみに先を待ちたい。

■斗真演じる栄治&富治、原作のキャラは一味違う!

 ということで斗真である。回想でも出てきてるし、このあとも出てきそうではあるが、とりあえず『元彼の遺言状』パートのみで見てみよう。まずは初手から死体で登場した栄治。森川製薬の御曹司で莫大な財産を持つが奇妙な遺言書を残して死んだ人物だ。

 麗子と付き合っていたのは学生時代。ドラマではほわほわした優しいお坊ちゃんという雰囲気だったが、原作での麗子の栄治評はなかなかに辛辣だぞ。曰く

「栄治は勉強もできない運動もできないダメ男だったけれど、とにかく顔は良かった」「栄治は途方もないナルシストだった。どのくらいナルシストかというと、一緒に買い物をしているときに、ショーウィンドウに映った自分の顔を見て、『僕はこんなに格好よくて、いいんだろうか』と独りごちるほどだ」

 うわははは、その斗真を見せて! ガラスに映る自分を見てうっとりする斗真を見せて! 実は斗真が栄治役と聞いたとき、この場面があるかとワクワクしてたんだけど、なかったんだよなあ。今からでも遅くない、回想場面でもいいからぜひ見せてほしい。

 そしてもう一役、栄治の兄の富治である。こちらは原作の設定からけっこう変わっていて、原作よりも見せ場が多くなっているのでファンには嬉しい限り。けれど原作の富治もなかなか味があるぞ。原作ではイケメンではないが文化人類学者という設定で、ドラマにも出てきた北アメリカ先住民の「ポトラッチ」について説明する。自分の好きなことについては話が止まらなくなるタイプだ。ついでに甘党。ほんわかナルシストとスイーツ好きオタクという異なるタイプの兄弟、斗真で想像しながら原作を読むと楽しいぞ。

 ちなみに原作では麗子が留置所に入れられたとき、富治がスイーツとマルセル・モース『贈与論』を差し入れる場面がある。岩波文庫から出てるので興味のある人はぜひ。「ポトラッチ」もこの『贈与論』で紹介されている。気前良さを見せつけるために貰ったものより過大な贈り物を返す習慣だが、日本にそんな習慣がなくてよかった。ジャニーズの面々からもらった贈り物より大きなものなんか、返せるはずないもんね──としみじみしながら、原作にはないこのあとの栄治&富治の出番に期待する月曜なのだった。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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