大矢博子の推し活読書クラブ
2022/08/17

二宮和也主演「TANG タング」原作は世界を飛び回るロードノベル 映画には登場しないシーンをニノで脳内再生!

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 風が吹けば歌が流れる皆さんと、僕が僕じゃないみたいな皆さんこんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回はニノと大我くんが共演したこの夏休み映画だ!

■二宮和也(嵐)・主演、京本大我(SixTONES)・出演!「TANG タング」(2022年、ワーナーブラザーズ)

 嵐がお休みに入って初のニノの主演映画となった「TANG タング」。原作はデボラ・インストール『ロボット・イン・ザ・ガーデン』(松原葉子訳・小学館文庫)──そう、もともとはイギリスが舞台の翻訳小説なのだ。

 これまでこのコラムでは翻訳小説を日本に翻案したジャニーズ出演ドラマとして、アガサ・クリスティ原作の「オリエント急行殺人事件」(2015年・フジテレビ)とアレクサンドル・デュマ・ペール原作の「モンテ・クリスト伯~華麗なる復讐」(2018年・フジテレビ)を取り上げた。けれど今度は現代小説。それもイギリスのベストセラーで、シリーズがすでに5巻出ており、現在も継続中という人気小説だ。

 これまでの翻案2作との最大の違いは、著者のデボラ・インストールさんがこの映画化を知っているということ(当たり前だ)。パンフレット掲載の著者の言葉によると、「特に楽しみなのは『硫黄島からの手紙』(06)で西郷を演じた二宮和也さんが健を演じること」「繊細さとユーモアを持った彼は、まさに健を演じるのにぴったりな方」と語っている。さすがハリウッドスター! ありがとうクリント・イーストウッド!

 ということで日本に翻案するにあたり色々変わっているので、まずは映画のあらすじから紹介しよう。物語はちょっと未来の北海道から始まる。親の遺産があるのをいいことに自堕落な生活を送っている春日井健は、ある日、妻から「庭にロボットがいる」と告げられる。タングと名乗ったその古めかしいロボットは妙に健になついて、ついてまわるように。

 そんな健はついに妻から愛想を尽かされ、家から追い出されてしまった。困った健はタングの製造元らしき会社名に気づき、最新型の家事アンドロイドと交換してもらいに福岡まで行くことに。そうすれば妻の機嫌も直るだろうと思ったのだ。ところがそんなタングを狙う怪しい男たちが現れた。どうもタングには何か秘密があるらしく……。

 というのが映画の導入部である。ていうかひたすらタングの可愛らしさに身悶えしまくった115分だった……。原作本を読んだときからタングには萌え散らかしてたけど、実物(?)を見たら予想の倍可愛い! 近未来のはずなのにタングから滲み出る「昭和に考えたロボット」感がたまらんぞ。


イラスト・タテノカズヒロ

■イギリスの原作小説は世界を飛び回るロードノベル

 映画は思っていたよりも「お子さんと一緒にご家族で楽しめるエンターテインメント」という仕上がりだった。健の再生というテーマがはっきりしているのみならず、原作にはない冒険要素がかなり加えられている。かまいたちのふたりがまるでヤッターマンのボヤッキーとトンズラーのような(喩えが昭和過ぎる……監督のイメージは「ホーム・アローン」の泥棒コンビだそうだ)コミカルな悪役2人組を演じていたり、タング誘拐事件やアクションシーンがあったり、タングの生死にかかわるような展開がクライマックスに用意されていたり。これらすべて原作には登場しない。

 翻って原作はベン(原作の主人公の名前)とタングのふたり旅の様子が克明に綴られるロードノベルだ。庭で壊れかけのロボット・タングを拾った無職のベンは、ある日、妻から離婚を申し渡される。「タングを捨ても直しもしない、今まで何も成し遂げたことがない」と言われたことに腹を立て、だったらやってやろうじゃないかと、タングを連れて半ば勢いでカリフォルニアにあるアンドロイド製造会社へ向かうのである。

 ところが飛行場でタングを乗せるのに一悶着あり、飛行機の中で大騒ぎあり、カリフォルニアに着いたらホテルでとんでもないトラブルあり。頼みの会社ではうちのロボットじゃないと言われ、次の手がかりを見つけにテキサスへ。途中、放射能漏れで無人と化した町を通ったりもする。

 テキサスの次はなんと東京、秋葉原だ。山手線で駅ごとに発着メロディが違うのをタングが気に入って一周したり(高田馬場で鉄腕アトムのテーマをタングが聞いたと思うと胸熱)、お土産屋で日本の足袋をタングが気に入って(なぜ?)ベンにねだったり。うわあ、ここ映画で見たかった……と思ったが、日本映画で秋葉原は普通だな? そして映画ではラスボスは宮古島にいたが、原作ではパラオである。

 てな具合に地球を一周する壮大な旅行小説なのだ。黒づくめの怪しい男たちも出てこないしラスボスとのアクションも地味。タングの「秘密」はあるけれど、映画のような冒険エンタメとは趣が異なる。何より小説には、ラスボスを倒してイギリスに戻ったあとに映画とは異なる展開が待っているのだ。別れた妻は既に……いやいや、それは小説でお読みいただこう。

■映画には登場しなかった珍道中をニノで脳内再生!

 というわけで、原作は映画より大人向け。夫婦の描写もそうだし、途中でベンとタングが受けるある誤解だとか、宇宙博物館に勤務する女性とちょっとしたロマンスがあったりとか、アンドロイドの労働問題とか、ちらちらと大人の話が入ってくる。特に、家に戻ってからのベンと元妻のあれこれは、映画でも見たかったなあ! もう一波乱あるからね?

 また、原作ではタングが「成長」する様子が細やかに描かれるのも読みどころ。最初は「タング」「オーガスト」の二言しか喋れなかったのに、ベンの名前を覚え、「やだ」を覚え(ちなみに原文では「やだ」は「No」である。この訳は翻訳者さんの手柄!)、他の言葉を覚える。「どうして」という動機を問う概念が理解できなかったのが、そういう抽象的なことも次第に体感として理解していく。1歳児が3歳児になるようなゆるやかな変化が読ませるのよ! あ、そうだ、「TANG」という名前の由来も映画と原作では違うので要チェック。

 何より映画ではカットされた珍道中のエピソードが山のようにあるので、ぜひこれをタングとニノで脳内再生しつつ原作をお楽しみいただきたい。レンタカー借りたりホテルに泊まったり地下鉄乗ったり雨が降ったり日が照ったりするたびに大騒ぎだから。映画の撮影はコロナ禍のせいで日本に限られた(中国の深センも出てくるが撮影は日本とのこと)が、原作で世界を旅するふたりを想像しながら読むとめちゃくちゃ楽しいぞ!

 成長するのはタングだけじゃない。ベンも少しずつ変化する。妻がいて、親の遺産があって、姉の家族がいて、自分は特に何もしなくても日々の生活は回っていたという状況から急にひとりになって、勝手の解らないパートナーと、初めての場所を巡り、見知らぬ人と会うベン。大冒険の果てにベンは最終的にもとの場所に戻って、馴染んだ人たちと再会し、成長した姿で新たな一歩を踏み出す。嵐が活動休止になって最初の映画がこれ、ということになんだかとても納得してしまったのだった。

 ちなみに大我くんが演じた福岡の会社の林原は、原作ではアンドロイドメーカーのコーリー・フィールズという人物。映画のようなナルシストではないが、デザイナーシャツにしゃれたハーフパンツで、「自分が冴えない男に思えてくるような相手」とベンが考えてしまうようなカッコイイ男性だ。映画よりセリフも多いので、ここは大我くんを想像しながらお読みください。

 なお、前述の通りこのシリーズは現在5巻まで刊行されている。原作となった『ロボット・イン・ザ・ガーデン』では魔の3歳児のようだったタングも学校に通うようになり(!)、ぐんぐん成長中。最新刊では10歳? もうちょっと上かな? くらいの知能になってるしボキャブラリーも増えて話し方もスムーズだ。第4巻『ロボット・イン・ザ・ファミリー』にはコロナ禍の中、読者に元気を届けようと書き下ろされた短編「ロボット・イン・ザ・パンデミック」も収録。タングが病院のボランティアで任された意外な仕事とは……? 続刊もぜひどうぞ。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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