大矢博子の推し活読書クラブ
2022/11/02

井ノ原快彦・加藤シゲアキが銀行員役で共演!「シャイロックの子供たち」ジャニーズ先輩後輩のドラマ内関係に注目!

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 輪になって踊る皆さんと、痛いほど君が欲しい皆さんこんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回はイノッチとシゲが銀行の同僚になったこのドラマだ!

■井ノ原快彦・主演、加藤シゲアキ(NEWS)・出演!「シャイロックの子供たち」(WOWOW・2022)

 WOWOWで放送中の「シャイロックの子供たち」は本編の前に25分のepisode 0 なるものが放送された。見てみたら、まあ驚いたさ。だって小説では半ば以降にわかることが、この25分のepisode 0 にどっかんどっかん出てきたんだから。へえ、これを先に見せるのか!

 原作は池井戸潤の同名小説『シャイロックの子供たち』(文春文庫)。東京第一銀行長原支店で起きるさまざまな出来事を群像劇の形式で連作として描いた、2006年の作品だ。

 まずはドラマの構成から見ていこう。プロローグに当たるepisode 0で語られるのは長原支店営業課・課長代理の西木雅博(井ノ原快彦)が行方不明になった、ということ。その一件を調べるために本店の人事部から調査役の坂井が訪れ、聞き取りが始まった。

 聞き取り対象となったのは副支店長の古川、西木の直属の部下・北川、融資課の竹本、業務課のエース・滝野(加藤シゲアキ)。彼らはそれぞれが知っている西野を、それぞれの立場から語る。そしてepisode 1で時間が巻き戻り、行方不明になる前の西木の日々が、銀行内の事件とともに描かれるという趣向だ。

 たとえば古川副支店長のパワハラでケガをした部下が警察に被害届を出した一件。または、行内で100万円が紛失し、なぜか帯封が北川のバッグに入っていたことから彼女に疑いがかかった一件。あるいは、融資を取り付けるために竹本が懸命に走り回るも、取引先の社長からけんもほろろの扱いを受けた一件。西木はその都度、渦中の行員の話を聞き、相談に乗り、励まし、慰め、解決策を摸索する。調査役の坂井とも酒を酌み交わしながら胸襟を開いた会話を交わす。ああ、彼が現場の要でありこの支店の良心なんだなあ、とすんなり腑に落ちる構成だ。

 中でも尾を引いたのは100万円紛失事件。大ごとにしたくない上層部は事件を隠そうとするが、西木はひとりで犯人を探す。そして犯人にたどり着いた西木は、その人物をバーに呼び出して事実を突きつける。が、それ以降消息を経った──と、ここまでがドラマの第3回までの流れ。ドラマではバーに呼び出された人物が画面に映し出されたが、原作ではこの時点では名を伏せられているので、ここでも書かないでおく。


イラスト・タテノカズヒロ

■群像劇の原作がドラマではミステリに

 これが原作ではどうなっているかというと、古川支店長の暴力事件は第1話「歯車じゃない」で描かれる通り。原作第2話「傷心家族」は、ドラマには登場しない行員が仕事に追い詰められる話。ストーリーはそのままにドラマでは竹本がその役を担っている。第3話「みにくいアヒルの子」は北川が100万円紛失の疑いをかけられる話で、これも流れは原作通り。そしてこの話で初めて、西木が登場する。

 つまり原作では、暴力事件にも追い詰められる行員の話にも、西木は登場しないのだ。西木が当事者を慰めたり励ましたりする場面も原作にはない。第3話で北川の上司として初登場し、ドラマと同じように北川をかばい、真犯人を見つけようとする。そして第4話「シーソーゲーム」は精神を病んだ行員の話で、これはドラマでは(今のところ)まるっとカット。そして第5話「人体模型」で西木は行方不明になる。本書は全10話からなる連作だが、西木本人が登場するのは第3話と第5話だけなのだ。

 そして第6話「キンセラの季節」で竹本が(小説ではここが初登場)西木の代理を務める。彼の机を使っているうちにとある発見をして、西木の失踪に疑念を抱き始めるという役どころだ。予告を見る限り、この部分はおそらくドラマの第4回で描かれると思われる。

 ストーリーだけ追えば、ドラマは原作にほぼ忠実と言っていい。だが大きな違いは、原作の主人公は西木ではない、ということ。全10話、それぞれに語り手が異なる。暴力事件は古川副支店長の目から描かれるし、北川の冤罪も竹本の焦りも、それぞれの物語として綴られる。滝野が視点人物になる話もある(カツカレーも出てくる)。

 原作に出てくるのはその大半が、仕事のプレッシャーに耐えかねたり人間関係の落とし穴に落ちたりして、ルールを犯す(犯しそうになる)銀行員たちだ。タイトルの「シャイロック」とはシェークスピアの『ヴェニスの商人』に出てくる強欲な金貸しの名前だが、誰もがシャイロックになり得る、という意味がこのタイトルには込められている。原作はそんなシャイロックの子供たちがそれぞれの問題と向き合う様子を描く群像劇なのである。100万円紛失事件は確かに物語の通奏低音ではあるが、原作はあくまでも行員ひとりひとりのドラマなのだ。

■ふたりのジャニーズのドラマ内関係に注目せよ!

 翻ってドラマは、まずepisode 0 で早々に西木が行方不明になることを明かし、そこに至るまでの重要な要素として100万円紛失事件を前面に出した。登場する人物は全員容疑者だ。これにより物語は、人間模様を描く群像劇から一気にミステリへと変貌したのである。

 だからドラマを見てから原作を読むと、ずいぶん印象が違って見えるはずだ。ドラマのようにどかんと大きな謎が最初に出てくるわけではないので、序盤は地味に映るかもしれない。けれど原作にしかない魅力がある。それは各登場人物の心の中やそこに至る事情がつぶさに描かれるということ。

 古川が部下の反抗に思わず手を出してしまった背景、そこから懸命に保身に走ろうとする浅薄な心根。竹本(原作では別の人物)が成績をあげるためになりふりかまわず土下座をし、夜も眠れないほど追い詰められていく過程の感情の揺れ。冤罪を仕掛けられた北川の衝撃と事情。そして「犯人」が抱える隠された真実。そういったものがすべて当人の言葉で綴られるのだ。ドラマのあの人がこのとき何を考えていたのか、それが原作にはすべて描かれている。

 逆に、原作で唯一語り手を務めないのが西木だ。重要人物なのに、ドラマでは主人公なのに、彼が自分を語る話は原作にはなく、常に周囲の人の目を通して描かれる。実はここがポイント。本人が語るからこそ理解が深まる原作にあって、本人が語らないからこそ浮かび上がってくるものをじっくり読み取っていただきたい。もしかしてドラマの結末は原作から変えてくるんじゃないかと思ってるんだけど、どうかな?

 いやあ、それにしても! 原作では西木と滝野が言葉を交わす場面はあまりないのだが、ドラマでは予想以上にツーショットが多くて嬉しい。なんせイメージがそれぞれぴったりなんだもの。すべてにソツなくやり手で支店のエース・滝野=シゲと、その人柄で下から慕われ、いざとなるとめちゃくちゃ頼りになる西木=イノッチ。忙しそうな滝野を心配して声を掛ける西木とそれに笑顔で応じる滝野なんて場面を見せられた日にはアンタ、まんまジャニーズの先輩後輩の図じゃないか。何なのこれファンサなの? ジャニーズ事務所の休憩室のわちゃわちゃを映してるの?

 まあでももちろん喜んではいられない。なんせ西木は消えちゃうし滝野は……まあそれはこの先の話なので書けないけども。成績をあげろというプレッシャーにつぶされそうになり、他人と比較され、結果を出しても出しても追いつかない──なんだかアイドルの置かれた立場とも重なるような、そんな世界で戦うふたりの苦悩を最終話まで見守っていただきたい。ファンサとも思えるにこやかな場面を堪能できるのは、第3話までだぞ!

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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