大矢博子の推し活読書クラブ
2022/11/09

井ノ原快彦主演「つまらない住宅地のすべての家」デフォルメされたドラマと、何気ない日常のちょっとした変化を描く原作、ぜひ両方楽しんでほしい!

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 シミュレイションなんか誰にもされたくない皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、前回に続いてイノッチが主演を務めるこのドラマだ!

■井ノ原快彦・主演、岸蒼太・阿達慶(ジャニーズJr.)・出演!「つまらない住宅地のすべての家」(NHK・2022)

 まさかこの小説がドラマになるとは! 原作となった津村記久子『つまらない住宅地のすべての家』(双葉社)は、刊行された年の私的年間ベスト3に入るくらい好きな小説なのだ。でも登場人物多いし、人間模様は複雑だし、ドラマ向きではないなあと勝手に思っていたのだが……ほう、こう変えたのか!

 ということでまずはドラマの方から紹介。刑務所から女性受刑者・日置昭子が脱走したというエピソードからドラマは始まる。その逃亡犯がこの近所の出身だと知った丸川明(井ノ原快彦)は自治会長として町内を守るべく、ご近所でローテーションを組んでの見張りを思いつく。

 若干はた迷惑なその思いつきに巻き込まれたご近所さんは、見張り場所を提供することになった笠原家の老婦人、周囲と馴染む気のない大柳家の若者、スーパーでパートをしている山崎さん、そのスーパーで警備員をしている松山さん(ここまでがひとり暮らし)、ふたりの娘を母親がネグレクト気味の矢島家、何やら事情をを抱えているらしい三橋家、母と息子ふたり暮らしの真下家、そして祖母が強権を持つ長谷川家。

 第1週は登場人物紹介という感じだったが(なんせ多いから)、その後次第に各人の問題が少しずつ炙り出されてきた。第2週で分かったのは、逃亡犯が丸川の息子・亮太(岸蒼太)の親友である野嶋恵一(阿達慶)のイトコだということ、三橋家の両親が息子を監禁しようとしていること、などなど。さらに第3週以降では大柳青年の不穏な企みや逃亡犯・日置の目的とその背景などが語られる。

 展開に違いはあれど、こういった骨子は基本的には原作通り。だからといってそのつもりで原作を読むとビックリするよ。物語の雰囲気がぜんぜん違うのだ。ドラマでは住民同士が次第に色濃く交流するようになり、飲みに行ったり、相談したり、手を差し伸べようとしたり、あるいは対決したり、言い争ったりという場面が描かれる。ドタバタ含みのコメディのノリもあれば、逃亡犯の背景をご近所さんで推理するくだりもある。だが、そんな場面は原作にはほぼないのだ。


イラスト・タテノカズヒロ

■ドラマと原作、ここが違う

 原作ではドラマと違い、早々に各家庭の持つ問題が明確に提示される。丸川家の妻が出ていったことや長谷川家の歪な権力勾配、矢島家のネグレクトはドラマでも第1週で語られたが、たとえば三橋家の両親が息子を監禁しようとしていることや、逃亡犯の日置が真下の同級生であり恵一のイトコであること、大柳家の若者がある企みを持っていることなども、原作ではごく序盤で明かされる。さらに家族構成の違う家もあるし、ドラマには登場しない大学講師夫妻の家もあり、学生に振り回される妻がストレスを抱えている。

 それらがはじまってすぐにどんどん出てくるものだから、よくもまあこんなに問題を抱えた家ばかり集めたものだなあ、イヤな町内だなあと感じるに違いない。鬱屈、断絶、絶望、諦め、自暴自棄……これがミステリなら殺人の2,3件は起きそうな町内なのだ。ところが読み進めるとその印象がどんどん変わっていく。それが面白い。

 ひとつだけ例を出そう。ひとり暮らしの大柳青年は職場でオタク趣味をからかわれるなど人間関係がうまくいかず退職、その恨みや鬱屈を自己増殖させ、ついには社会への復讐としてある卑劣な犯罪計画を練る。そしていよいよその計画を実行に移そうとしたとき、笠原家のおばあちゃんが彼を訪ねてくるのだ。逃亡犯の見張りに邪魔だから庭の木を刈りたいが自分の手に余る、代わりにお願いできないか、と。お礼の3千円と煮込みを持って。

 大柳青年にしてみれば、この世の全ては敵だ、俺をバカにしたやつに思い知らせてやる、と真っ黒な情熱をふつふつとたぎらせ、さあ××(原作では早々に出てくるがドラマでは第4週まで出てこないので伏せておく)に出かけようとしたまさにそのタイミングでの、高枝切り鋏と煮込みと3千円である。こんなに見事に出鼻がくじかれることってある? しかも煮込みはとてもいい匂いで、大柳青年は「計画は今日でなくてもいいか」と考え、素直に笠原家の枝を刈るのである。

 小さなエピソードだ。だがこれだけで、大柳青年はまだ完全には暗黒面に堕ちていないことがわかる。あのタイミングでおばあちゃんが来なければ、彼はある犯罪を実行し、悲しい目に遭う被害者が出たり彼が犯罪者として捕まったりしていただろう。それを煮込みと高枝切り鋏が救ったのだ。こうした、本人も自覚すらしていない小さな玉突きが、見張りをきっかけに町内のあちこちで起きるのである。

 原作にはドラマのような、濃い交流も言い争いもない。ドラマティックな大逆転も、全員が手を取り合うわかりやすい大団円も、いきなり問題がすべて解決する大仕掛けもない。それでも小さな玉突きが澱んでいた町内に少しだけ風穴を開ける。それぞれ閉じていた家庭が、隣にも「人」がいる、ということに気づく。ほんの少しの化学反応が、確実に今日とは違う明日を予感させる。原作はそんな物語なのだ。

■ジャニーズが演じた親子と親友を原作で確認せよ!

 津村記久子は何気ない日常を描くのがとても上手い。日々の生活の中に潜む鬱屈や抑圧を独特のユーモアでくるんですくい上げる。大仕掛けを排し、視点とその描写力で読ませる作家だ。「人生ってままならないよね」と、笑いながらポンと肩を叩いてくるような、そんなおかしみが著者の作品にはある。

 ただ、それを映像で表現するのは確かに難しい。だからドラマは原作にはないエピソード(丸川と妻の関係とか、松山と山崎のロマンスとか)や派手な展開を多く組み込み、「ご近所付き合い」を通して登場人物それぞれが自分の問題に正面から向き合う構成にしたのだろう。

 したがって、人と人が正面からがっつりぶつかりあって大きな変化が生まれる物語が好きな人にはドラマを、日常の機微を淡々と綴る中でわずかな変化を汲み上げていく物語が好きな人には原作小説を薦めたい。そしてできれば両方を比べてほしいのだ。だって同じ設定の話で、こうまで印象の違うふたつの物語ができるんだから。ドラマと原作を比較することで、「構成」がどれだけ物語を左右するかがよくわかるはず。

 そしてやっぱりなんといっても注目はイノッチと岸蒼太くんの親子だ。今回のイノッチは信用金庫に務めるパパで、前回の「シャイロックの子供たち」の銀行員に次いでの金融マン。だけど料理シーンも多いことから、思い浮かぶのは映画「461個のおべんとう」(2020年、東映)だった。そういやあの映画でもジャニーズ親子だったなあ。

 しかし今回はあのお弁当パパとはかなりキャラが違う。イノッチがもう、笑っちゃうくらいうぜえ(笑)。空回るし周囲は見えてないし自分ルールにこだわるし。それらも原作の設定と同じなんだけどかなりデフォルメされているので、ウザさ倍増。まさかイノッチを見てうぜえと思う日が来るとはね。それだけ芝居が上手いということなんだけど。

 そしてそれに蒼太くん演じる息子が冷静に突っ込むのがたまらない。かなりクレバーな役どころだしナレーションも務めてるし、むしろこのドラマは蒼太くんの人気を上げそうな気がするぞ。原作でも亮太視点の章はクレバーっぷりが発揮されているのでファンは必読。さらに同じJr.の阿達慶くん演じる親友の恵一が視点の章もある。恵一は恵一でいろいろ考えてるんだけど、ドラマではあまり描かれないので、こちらもぜひ原作でチェックされたし。もちろん、ドラマほどウザくない丸川父を読みたい人もね!

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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