大矢博子 ジャニ読みブックガイド
2022/11/24

玉森裕太主演「祈りのカルテ 研修医の謎解き診察記録」玉ちゃん推しならぜひ原作を! 主人公視点で描かれる原作の魅力を解説

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 幸せただ祈ってる皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は玉ちゃんの白衣も眩しいこのドラマだ!

■玉森裕太(Kis-My-Ft2)・主演!「祈りのカルテ 研修医の謎解き診察記録」(日本テレビ・2022)

 梨園御曹司にシェフにモデル、カメラマンにパイロットとさまざまな仕事(の役)を経験してきた玉ちゃんが今回挑戦するのは医者。何この高難度キラキラ職業横断俳優……。とはいえ今回の役はひよっこ研修医で、各科で研修を受けながら自分がどの道に進むか決める立場だ。一話ごとに研修を受ける科が変わり、そこで出会った患者にまつわる謎を解くミステリである。

 何度も睡眠薬の過量服薬で運ばれてくる患者(精神科)や、決まっていたがんの手術を突然拒否した患者(外科)、心臓移植手術をアメリカで受けるための〈つなぎ〉として入院している高飛車なVIP患者(循環器内科)などなど、一見厄介な患者たちの背後にあるものを、研修医の諏訪野良太(玉森裕太)がカルテから推理する。そこに浮かび上がる悲しくも優しい真実がドラマの大きな見どころのひとつだ。

 基本的に一話完結だが、ドラマでは他の研修医たちとその患者も含めた群像劇の趣もあるし、複数の話を通して登場する患者などなど、全体を通したドラマもある。また、話が進むにつれて諏訪野自身の過去が少しずつ明かされていくのも興味を引くところ。青春、医療、人間模様、謎解き、そしてコメディ風味も時々入って、とても贅沢な作りのドラマになっている。

 原作は現役医師でもある知念実希人『祈りのカルテ』(角川文庫)とその続編『祈りのカルテ 再会のセラピー』(KADOKAWA)の2冊。主人公諏訪野の造形や各話で起きる事件、その謎解きと顛末は基本的にすべて原作通りだ。ドラマ第1話の精神科、第2話の外科、第5話の循環器内科、第6話の小児科、そして次回放送予定の第8話の皮膚科が『祈りのカルテ』から、第7話の救命救急科は『再会のセラピー』から採られている。第3話の産婦人科と第4話の総合診療科はドラマオリジナルだ。

 だが原作とドラマで大きく違うところもある。というか、事件と謎解き以外は大きく改変されている。そしてこの原作とドラマの違いこそ、玉ちゃん担さんたちにぜひ原作を読んでほしい理由なのだ。


イラスト・タテノカズヒロ

■原作には諏訪野のドラマだけがみっちりぎっしり!

 ドラマでは他の研修医たちとの交流場面も多く、元気な冴木(矢本悠馬)や優秀な曽根田(池田エライザ)を筆頭に、個性的な仲間たちとわいわいする様子が時にはコミカルに、時にはシリアスに展開される。ドラマとしてのタイプもテイストもまったく違うけど、中居くんが出演した医学生の群像劇「輝く季節の中で」(フジテレビ、1995年)を思い出したりもした。

 だが実は彼ら研修医仲間は原作には登場しない。かろうじて冴木だけはごくたまに出てくるが、ドラマの冴木とは名前が同じだけのまったく別キャラ。外科部長との親子関係もない。また、ドラマでは各科の担当医同士にもつながりがあるが、これも原作にはなし。

 原作は諏訪野良太の視点で綴られている。一話ごとに異なる科で異なる担当医につき異なる患者と出会い、その科ならではの医療描写があり、その科ならではの悩みに諏訪野がぶつかる。そして患者の謎を解く過程で、患者が持つドラマと、その科が背負う使命や矜持が描かれる。また、各話の始まりには「うちの科においで」と誘われる諏訪野が、最後には「君は優秀だけどうちには向かない」と言われてしまうのがお決まりのパターンだ。

 つまりものすごく乱暴にまとめるなら、ドラマで他の研修医たちが登場する場面がすべてカットされ、最初から最後まで諏訪野の話だけ──というのが原作小説なのである。ドラマで曽根田が担当している女の子も、原作では別の形で諏訪野がかかわることになる。その分、治療の様子や患者に向き合う諏訪野の気持ちが丁寧に綴られているし、ミステリとしての謎解きの筋道もすっきりしている。

 諏訪野のキャラクターも原作に近い。女手ひとつで育ててくれた母を大事に思いつつ、母が再婚した義理の父に気を遣うという諏訪野の過去も(ただし原作には義理の父は登場しない)、患者の気持ちに寄り添いすぎる諏訪野の性格も、何かを頼まれた時の「喜んで」という返事も原作通り。全体的にはドラマ視聴者も違和感なく原作の世界に入れるはずだ。

■玉ちゃん演じる諏訪野を原作で深掘りしよう

 もちろん諏訪野パートにも細かい違いはある。原作では「カルテがすべて教えてくれました」という決め台詞はないし魚肉ソーセージも食べない。また、医師・医療のルールなども原作ではもっと厳密に語られるし、治療場面や症状の描写も具体的で(そこはさすが現役医師作家)、医療ものとしても読み応えはたっぷりだ。

 もうひとつ大きな違いが、諏訪野がちょこちょこ出会う患者の広瀬の設定だ。ドラマ第7話である事実が明かされたが、実はそれは原作では『再会のセラピー』の最終話で出てくる話なのである。ええっ、それ先に言っちゃうんだ、でも広瀬の設定がドラマと原作では違うよね? というあたりが実に気になる。原作とは異なる展開が用意されてるようにも見えるんだよなー。展開といえば諏訪野が最終的に科を決めるエピソードが、ドラマのその科を描いた回ではスルーされた。どうするのかな? 先に原作を読んでる人は、そのあたりをあれこれ想像するのも楽しいかも。

 おっと、それはまだ先の話だ。まずは玉ちゃん担さんたちには、諏訪野を玉ちゃんで脳内再生しながら原作を読んでほしい。原作の諏訪野も明るくてサービス精神旺盛で、院内電話にも「どうもー、点滴ライン確保から処方書きまで雑用なら何でもおまかせ、諏訪野でございます。お呼びでしょうか?」って言いながら出たり(近いセリフはドラマにもあったよね)、「相変わらず調子のいい奴だな」「それが売りですから」なんていう会話もある。女子との会話のきっかけにしようと恋愛ドラマを見始めたらどっぷりハマってしまったエピソードなんかもある。その一方で、ずっと柔道をやってきた格闘家っていう設定もある。

 だが「調子のいい奴」の心の底が、原作で少しずつ炙り出されていくのがポイント。共感力の高さが思わぬ弱点になることもある。逆に、自分の心を見つめることで強くなれることもある。そしてたくさんの科でそれぞれの指導医についていろんな経験をして、どの道に進むかの選択をする。これっていろんな先輩のバックで踊ったり、いろんな先輩と一緒にドラマや舞台を経験して、自分なりの道を探していくジャニーズアイドルたちも同じかもしれない。さまざまな経験を経て自分の心の奥底を知っていく、そういう部分こそ玉ちゃんで見られるといいな。繊細な演技はピカイチだもの。

 なお、『再会のセラピー』には、著者の別作品「天久鷹央」シリーズ(新潮文庫NEX)のキャラクターが登場する。原作を読んで興味を持った方は、こちらもぜひどうぞ。

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