大矢博子の推し活読書クラブ
2023/02/08

木村拓哉主演「THE LEGEND & BUTTERFLY」天下を取った覇王の生涯 信長と木村くん、重なる二人の道のり

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 光る風に吹かれて自由に生きてゆく皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は現在大ヒット中のこの大型戦国映画だ!

■木村拓哉・主演!「THE LEGEND & BUTTERFLY」(東映・2023)

 おっもしろかったーーーーーー! 斬新な試みや新解釈に驚かされる場面も多々あり。いちばん驚かされたのは「あれ、斎藤工さんだったの!?」というところなんだが、まあそれはおいといて。

 この映画には原作小説はなく、代わりに映画をもとに執筆されたノベライズがある。昨年『琉球建国記』(集英社文庫)で第11回日本歴史時代作家協会賞を受賞した実力派歴史小説家、矢野隆による『THE LEGEND & BUTTERFLY』(角川文庫)だ。ノベライズなのでストーリーやセリフは映画に準じているんだけど、小説ならではの魅力もあるので、それは後で詳しく取り上げるね。まずは物語から紹介しよう。

 天文17 (1548)年、尾張の織田信長のもとに、美濃・斎藤道三の娘である濃姫が嫁いできた。ところがふたりとも気が強く、初夜から取っ組み合いのケンカになる始末。しかも口でも腕っ節でも濃姫の方が二枚も三枚も上手なのだ。信長としてはまったく面白くない。

 その関係に変化があったのは、駿河の今川義元が尾張に侵攻してきたときだった。勝てるわけがない、自分が腹を切ればいい、という信長に対して濃姫は打って出ることを提案する。ふたりで桶狭間奇襲の作戦を練り上げ、家臣を鼓舞するスピーチまで濃姫がプロデュースするのである。以来、ふたりは、あいかわらずケンカは絶えないものの、戦国を生き抜くいいパートナーになっていった。しかし思いがけないきっかけでまたふたりはすれ違い始める……。

 見どころはたくさんあったんだけど、まずびっくりしたのは、歴史背景や人物の説明がない! 木村くんが演じてる主人公が織田信長だってことを伝えるセリフやテロップすらないのよ。いやわかるけども。「犬」と呼ばれてた和田正人さんが後の前田利家だってことも、伊藤英明さん演じる福富貞家がどんな立場なのかも説明がない。今川が攻めてくるとか、浅井と同盟を結ぶなんてセリフが出るけど、それは誰でどんな背景があってどんな合戦で……というのもまったく出てこない。長篠の戦いに至っては、画面に年号と地名が出るだけで、あとは死屍累々の風景のみ。誰と戦ったのかすら説明されない。

 でも、それがまったく気にならないのよ。だって歴史好きな人なら説明されなくてもわかってることだし、歴史を知らなくても「なんか信長がどんどん偉くなっていってる!」というのはわかる。そして、それで充分なのだ。だってこの映画は上り詰める信長と濃姫が、どう変わっていくのかを描いた話なんだから。


イラスト・タテノカズヒロ

■木村くんの尾張弁をノベライズで確認せよ

 それでももうちょっと周辺情報が知りたいぞ、とか、あの人は結局誰だったんだ?みたいなことが知りたいときこそ、ノベライズの出番だ。基本、映画(脚本)に則っているので一般の歴史小説に比べれば説明は少ないけれど、それでも必要な情報はしっかりと、それでいて話のテンポを阻害しないように挿入されている。このあたり、さすが歴史小説家だ。もちろん、登場人物の名前も、どんな立場なのかも、ちゃんと説明されている。

 さらにさらに、次に私が驚いた(そして感動した)のは、信長が尾張弁を喋っているということ。冒頭、祝言に向けてオシャレをしている場面での「どうでぁ(どうだ)」にひっくり返ったね。「軟弱な男ではねぁ(ない)」ってのもあった。尾張弁特有の「でぁ」「ねぁ」の発音も完璧ではないか!

 これ、実は意外と珍しいのだ。秀吉がコテコテの尾張弁なのはありがちな演出だけど、信長は威厳ある武家言葉を使うドラマが多い。現在の大河ドラマでV6天魔王と評判の岡田くんなんて、まさにそれ。ところがこの映画では、武将として話すときは武家言葉だけど、ちょこちょこ尾張訛りが交じるのである。いやあ、私、名古屋在住なんですけどね、「木村くんが尾張弁を使っている」という事実に萌えちらかしたさ。

 ただ、やはり映画は通じてナンボなので、そんなコテコテした尾張弁ではなく、時折訛るくらいだった。もっと木村くんの尾張弁を味わいたいというあなた(どれくらいいるかはわからないが)は、ノベライズでチェックだ。ノベライズの方が、文字のせいか方言度が高く感じられるのである。それは信長だけじゃない。濃姫やそのおつきの者たちの美濃弁も、信長の側近たちの尾張弁も、ノベライズでは5割増。なんかよく聞き取れなかったという地方の皆さんは、彼らが何と言っていたのかぜひノベライズで確認されたし。

 ところがその尾張訛りが、信長が出世するにつれて少しずつ減っていく。後半にはほとんど訛りはなくなっている。それが信長の変化を表してるんだよなあ。第一印象最悪からの恋ってのはラブコメの王道だし、本能寺に向かう前に信長が立てる史上最大のフラグ(あんな絵に描いたようなフラグある?)もロマンス小説の定番だけど、ノベライズでは映画でセリフとしては語られなかった信長の本音、濃姫の本音も描写されている。映画のふたりを、より深く理解できるはずだ。

■木村くんが演じる、天下を取った覇王の孤独

 この映画では、木村くんは信長の16歳から49歳までを演じている。16歳でSMAPを結成(デビューは19歳)し、現在50歳の木村くんにそのまま重なる。これは偶然ではないだろう。だからこそ、今の木村くんが信長に抜擢されたのではないだろうか。

 10代の頃の信長には冗談を言って笑い合う仲間(家臣だけど)がいて、導いてくれる父がいて、叱ってくれる宿老がいた。20代の信長は天下を目指して駆け上がる。けれど信長が偉くなるにつれて、背負うものも大きくなる。自分がトップになってしまっては頼れる相手もいない。背負ったものの大きさに苦悩する30代の信長は、次第に〈魔王〉に変わっていく。どんどん孤独になる40代。気づけば、信長はひとりきりだ。

 王者の孤独。ジャニーズでは(芸能界全体でも)押しも押されもしない別格のトップで、周囲からもそういう目で見られ、期待される立場の木村くん。彼が背負ってきたもの、背負っているものもまたとてつもなく大きい。それによるプレッシャーがないはずもない。もちろん信長の立場と木村くんのそれは別物だ。だがそれでも、重なる。この信長は木村くんだからこそ演じられるのだと思わずにはいられない。

 もうひとつ、印象に残った場面がある。斎藤工さんを除けばこの物語でいちばん驚いたのが、宮沢氷魚さん演じる明智光秀の謀反の理由だ。この解釈は初めてでは!? 謀反の前のあれやこれやの解釈も歴史好きとして大興奮したぞ。

 ネタバラシになるので具体的には書けないんだけど、この映画の光秀は、勝手に信長に自分の理想を見る。「こうであってほしい信長さま」を自分の中に作り上げ、そのためにとことん尽くすのである。要は偶像(=アイドル)だ。けれど信長が自分の理想とははずれた行動に出たとき……。

 いや、これね、つまりは「推しに裏切られたと思ってるファン」なんですよ。しかも相手はトップ・オブ・アイドルの木村くんだし。アイドルに限らず「推し」に理想を仮託するってままあることだよね。でも相手は生身なんだから100%こっちの理想通り生きてくれるはずもない。そのときどう感じるかという話で……まさか光秀を見ながら、ジャニオタとしての我が身を振り返ることになるとは思わなかったわ!

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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