大矢博子 ジャニ読みブックガイド
2018/06/20

今井翼出演「終わった人」活動休止中の翼くんを思い浮かべながら原作を読もう!

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 壁に映った自分の影を蹴り飛ばしてみる皆さん、こんにちは。翼くんが病気治療のため当面のお休みを発表してから、日に日にちゅばちゃ欠乏感が増しているのは私だけではないはず。このタイミングで、翼くんの銀幕デビューとなる「終わった人」(東映)が封切られたとあっては、これは見ずにはいられない!

■今井翼・出演!「終わった人」

 原作は内館牧子(映画にも出演してるぞ!)の同名小説『終わった人』(講談社文庫)。定年後の生き方に試行錯誤する男性を主人公に、シニア世代のリアルをコミカルに、かつペーソスたっぷりに描いている。

 定年を迎えた田代壮介は、それまで仕事一筋だったため時間を持て余してしまう。公園も図書館もスポーツジムもジジババばかり。高学歴・高職歴に雇用側の腰が引け、再就職先も見つからない。愚痴ばかりの壮介に、美容師として働く妻も呆れ顔。そんなとき、壮介の運命を変えるふたつの出会いがあった。ひとつはカルチャースクールの受付嬢、浜田久里。そしてもうひとつは、ジムで出会ったIT企業の社長、鈴木直人。壮介は、新たな恋と新たな仕事、という第二の人生を歩き始めたのだが……。

 というのが原作・映画の両方に共通するストーリーだ。主人公の田代壮介を演じるのは舘ひろしさん。かっこよくてハードボイルドなイメージの舘さんが情けないオヤジをユーモアたっぷりに演じ、ラストにはじんわり泣かせてくれる。

 映画オリジナルの展開はほとんどなく(野球がラグビーになっているが、これは舘ひろしがラグビー経験者だからだろう)、物語は原作に忠実だ。壮介が出会う数々の事件──恋と再就職の意外な展開も夫婦仲の悪化も帰省も、原作通りに描かれる。だが文庫で500ページを超える長編を、まったくのノーカットで映画にできるはずもない。この映画化の特徴は、原作のエピソードをほぼ網羅した代わりに、そのエピソードの背景となる心理描写の積み重ねをカットした、という点にある。


イラスト・タテノカズヒロ

■原作でより細やかな心情を味わおう

 たとえば、壮介がカルチャースクールに通おうとするくだり。映画では母校(東大)の前を通ったときに若き日を思い出し、そうだ大学院に行こうと思いついたふうに描かれている。けれど原作ではそこに至るまでに、「自分ほどの能力と経歴を持った人物が頭を下げて中小企業に雇ってもらうのはプライドが許さない、大学院での研究なら見栄えもいいし自分にふさわしい」という、こじらせた自意識が伝わるエピソードやぐるぐるした思考の描写が積み重ねられている。

 他の人物も同じだ。視点人物は壮介だが、他の皆も行動に出るまでの思考や感情、葛藤が丁寧に描かれているのが特徴。映画ではそれらを飛ばして「結果」をテンポよく繋げることでコミカルさを増すことに成功している。翻って原作は心情を追う分、(もちろんコミカルではあるのだけれど)じっくり登場人物たちの思いを追うのに適している。

 著者の内館牧子はもともと脚本家のせいか、ごく自然なセリフ回しと、情景が想像しやすい地の文が特徴だ。嬉しそうに、とか、慌てて走って来て、といったト書きのような説明が多いのも映像が浮かびやすく、人物の心情を汲む助けになる。つまりは、奇をてらったり文学的表現に凝ったりというところがなく、とても「読みやすい」のだ。普段、長い小説を読み慣れていないという人でも、すんなり世界に入っていける作りになっている。

 翼くんが演じるのは、壮介に会社の顧問になってほしいと頼んでくるIT企業の社長、鈴木だ。高齢者ばかりのスポーツジムに降臨した若いイケメンで、おばさま方のアイドルである。壮介は彼を見て「ホストのようだ」と感じ、顧問を頼まれたときも最初は騙されているのではないかと考える。鈴木もまた、壮介に依頼する前に半年かけて下調べをしている。そんな経緯ののちにビジネスパートナーとなるわけで、そういった互いの印象の変化は映画では味わえない。ぜひ原作で確かめていただきたい。

■「翼の出番、少ない!」とお嘆きのあなたに

 ……だが! あえて言おう、翼くんの出番、短過ぎっ! 原作を読んでいたから鈴木が物語の半ばで途中退場するのはわかっていたが、それにしても短い。あの場面(どの場面かは言わない)が来た時、「え、もう?」って思ってしまった。

 なので「鈴木をもっと!」と思った同士諸君には、原作の鈴木パートを翼くんでジャニ読みしてほしい。スポーツジムのジジババグループと一緒に居酒屋で飲んで、「友達から何十枚も芝居のチケットを買わされてさ、みんなで行くのってどう?」なんて富豪みたいなことを(いや、富豪の役なんだけど)言ってオバチャンたちから歓声を浴びたり、壮介が顧問を引き受けると聞いて子どものように喜んだり、壮介の言葉に泣きそうになったりと、原作の鈴木はとても感情表現が豊かだ。翼くんで想像しながら読むと、ホントに楽しいぞ。途中までは。

 途中までは、というのはもちろん、鈴木にはあまり楽しくない展開が待っているからなのだけれど、映画では急転直下という感じで素早く済まされたそのくだりが、原作ではゆっくり、詳しく、そして臨場感たっぷりに綴られる。壮介は鈴木の笑顔に思いを馳せ、彼を讃え、労う。そして鈴木の片腕だった若き副社長に、人生の先輩としてある言葉をかける。

 このコラムを読んでくれているのは若いジャニーズファンが多いと思う。定年を描いたこの物語は、まだ他人事だろう。けれどこの場面で壮介が副社長にかけた言葉は、ぜひ若い人に読んでほしい。映画で使われなかったのが残念でならない。

 私が映画を観て辛かったのは、鈴木の突然の退場だけでなく、その後の彼にからむ場面がすべてカットされ、鈴木の存在が完全に消えてしまったことだった。翼くんのお休みが発表された後、舞台は後輩たちの代役が決まり、ラジオ番組は終了し、相棒だったタッキーは三宅くん(V6)と新ユニットを結成しと、翼くんの「いた場所」が一斉に消えた。仕方ない。でも寂しい。映画の鈴木の描き方は、その状況を彷彿とさせた。けれど原作では、ことあるごとに壮介は鈴木を思い出す。鈴木に語りかける。鈴木の不在をきちんと描くことで、逆に鈴木は存在し続けたのだ。それで私は、少し救われた気持ちになったのである。

 ちゅばちゃ、待ってるからね!

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2017/06/27
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ご参加をありがとうございました!

 第30回は、黒川博行の1985年の作品『雨に殺せば』(創元推理文庫、角川文庫)黒マメコンビこと、黒木憲造と亀田淳也のふたりの刑事が活躍する「大阪府警シリーズ」の一冊である。
0代後半、童顔でコロコロした体型から「マメちゃん」と呼ばれ可愛がられる亀田。陽気で、天然ボケで、上司にこき使われながらも笑顔を忘れない。高校への聞き込みに女子高生が見られるとワクワクする。そんなマメちゃんをジャニーズがやるなら……大矢のチョイスは、桐山照史!(ジャニーズWEST)
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大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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