岡田准一主演「散り椿」を前に「蜩ノ記」を復習 あえて抑えた身体能力にリアルな武士の佇まいを見た
遠くで呼んでる声が聞こえてくる皆さん、こんにちは。「愛なんだ2018」でたっぷりV6成分を補給されたことと思います(だが圧倒的に尺が足りん、と未成年の主張で訴えたい53歳主婦)。次なるイベントは今月28日公開の岡田くん主演「散り椿」ですが、その前に予習として、あるいは岡田時代劇の復習として、今回はこちらをジャニ読みしてみましょう。
■岡田准一(V6)出演!「蜩ノ記」
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- 蜩ノ記
- 価格:754円(税込)
「散り椿」の前になぜ「蜩ノ記」(2014年、東宝)かといえば。どちらも葉室麟さん原作で世界観に共通するものがある、という理由がひとつ。そして岡田時代劇史の中で、この「蜩ノ記」はとても重要な位置にあるのだ。が、それは後述するとして、まずは原作の葉室麟『蜩ノ記』(祥伝社文庫)の粗筋から。
殿の側室と不義密通の罪を犯したとして切腹の沙汰が下った戸田秋谷。だが彼が携わっていた家譜(藩の歴史書)編纂が途中だったため、切腹まで10年の猶予が与えられ、その間に家譜を仕上げるよう命じられた。それから7年。切腹を3年後に控えた秋谷のところに、若き藩士・檀野庄三郎がやってくる。表向きは家譜編纂の手伝いだが、実は秋谷の見張りだ。ところが秋谷やその家族と暮らすうちに、庄三郎は秋谷が本当に罪を犯したのか疑問に感じるようになる……。
岡田くんが演じたのは檀野庄三郎。映画は基本的に原作通りに進むが、祭りの夜に起きる殺人事件や、村人たちが一揆を起こそうとまで考える生活の苦しさの様子など、カットされた部分もある。映画はここぞという場面をピックアップして繋げているのに対し、原作ではその背景や経緯、心情が丁寧に描かれているので、原作を読むことで映画の理解がかなり深まるはずだ。原作にしかない伏線もあるので、映画を見た人もぜひ原作をお読みいただきたい。
今回、久しぶりに原作を読み直してみて特に心に響いたのが、藩の重役に都合の悪い歴史もそのまま書き残す戸田秋谷の姿勢だった。そのまま書いたら家老が怒るのでは、と〈忖度〉をほのめかす庄三郎に、秋谷は「家譜が作られるとは、そういうことでござる。都合好(よ)きことも悪しきことも遺され、子々孫々に伝えられてこそ、指針となりうる」と答え、重役である家老に対しても「御家の真(まこと)を伝えてこそ、忠であるとそれがしは存じており申す。偽りで固めれば、家臣、領民の心が離れて御家はつぶれるでありましょう」と進言するのである。原作が出たのは2010年。これは今こそ読まれてほしい時代小説だ。
イラスト・タテノカズヒロ
■実は剣豪役が一度もなかった岡田准一
さて、岡田くんが演じた檀野庄三郎は、城中で喧嘩沙汰を起こし刀を抜いてしまったため切腹となるところを、罪を減じる代わりに秋谷の見張りを命じられた、という設定。岡田くんといえばジャニオタなら知らない人はいない武闘派で、この映画でも居合の形や喧嘩を仲裁するシーン、少年と取っ組み合うシーンなどでその身体能力の片鱗が見られた。岡田くんにとって殺陣の多い時代劇はピッタリ……と思いがちだが、実はそうじゃないから面白い。岡田くんが時代劇で演じたのは総じて「刀を使わない」役ばかりなのだ。
ちょっと江戸時代の武士のシステムについて説明しておこう。武士の仕事は番方と役方に分けられる。警備担当の武官が番方、行政担当の文官が役方。太平の世では役方の方が圧倒的に多く、彼らは刀を抜くことはない。というか抜くことを禁じられている。『蜩ノ記』で庄三郎が罰せられたのも喧嘩で刀を抜いたからだ。城中はもちろん市中でも同じ。したがって、武士の嗜みとして道場などで自発的に修行するのがせいぜいで、剣を振るう機会など役方にはない(と、つい先日、時代小説家の上田秀人さんに教えて頂いた)。
これを踏まえて岡田くんが演じた過去の時代劇を見てみる。初時代劇映画は「花よりもなほ」(2006年、松竹)で、仇討ちの話だった。岡田くん演じる青木宗左衛門は浪人という設定で、前身がわからないので番方か役方かは不明だが「剣が弱い」という設定だったのでおそらくは役方だろう。ついで「天地明察」(2012年、角川/松竹、原作・冲方丁、角川文庫)では天文暦学者・渋川春海の役。これも文官で刀を使う仕事ではない。
その後、大河ドラマ「軍師官兵衛」(2014年、NHK)と映画「関ヶ原」(2017年、東宝、原作・司馬遼太郎、新潮文庫)で、それぞれ黒田官兵衛と石田三成を演じた。これらは戦国時代が舞台でしかも武将なので剣ができないわけはないのだが、前者は軍師、後者は奉行であり、ともに武人としてより頭脳で勝負する仕事だ。まあ、岡田三成はかなり武闘派だったけども。
そして「蜩ノ記」の庄三郎は右筆、今でいう文書係である。もちろん役方。……いや、ちょっと待て。何このラインナップ。岡田くんの身体能力、完全に持ち腐れじゃない? 岡田准一の無駄遣いじゃない?
■武士の静かな自己鍛錬こそ、岡田准一にふさわしい
もちろん役者なんだから、身体能力抜群の岡田くんが剣の弱い武士を演じることだって当然ある。だが、それが少し変わったのがこの「蜩ノ記」なのだ。右筆の庄三郎の役職は、本来なら剣が強い必要はない。だが葉室麟は、庄三郎に家伝として田宮流居合をやらせた。庄三郎が考えに行き詰まったとき、竹林に入っていって居合の練習をする場面がある。原作ではその姿勢を丁寧に、静謐に、厳かに描いている。こういう、静かな中に鋭さを込める表現力は葉室麟の真骨頂と言っていい。
この「蜩ノ記」のために、岡田くんは居合を習ったという。竹林場面の原作の描写と映画の描写(映画では竹林ではない)をぜひ比べていただきたい。そうそう、それと、映画ではクライマックスの家老邸の場面で、秋谷の息子・郁太郎が原作とは異なる行動に出る。その伏線が、この竹林の庄三郎の練習場面(原作・映画とも)にあるので、そこもチェックだ。
やっと武闘派・岡田准一の見せ場が来るか? ──だが「蜩ノ記」では、複数回の殺陣の中で人を斬る場面は1回だけ、しかも事故だ。刀を抜くことを禁じられている役方の武士にとって、剣の修行は自己鍛錬に他ならない。一方、岡田くんが格闘技を始めたのは、ドラマ「SP 警視庁警備部警護課第四係」(2007年、フジテレビ)のためだった。だが、ジャニーズ事務所はもともと格闘技を禁止していたという。それが本業と反するものでも、自分の目指す自分であるために鍛錬を続ける──刀を抜かない武士と格闘技オタクの岡田准一というのは、意外と近いところにあるのではないか。
さて、そんな岡田くんが、ついに〈剣豪〉を演じるのが今月末公開の「散り椿」だ。ちなみに「散り椿」での岡田くんの役は元勘定方(経理係)なので、やはり役方なのだが、一刀流の道場で四天王と呼ばれた腕前の武士。刀を抜いての大掛かりな殺陣がきっとあるはず! その映画と原作の紹介は、次の更新にて。葉室麟という作家の描く清廉な武士像についても次回詳しくやる予定なので、お楽しみに。
ところで、「蜩ノ記」で私が岡田くんの身体能力をいちばん感じたのは、殺陣ではなく、薪割りの場面だった。あんな「デキる奴」感の滲み出たかっこいい薪割りはちょっとないぞ! DVDなどを観る機会があればぜひ確かめてほしい。
【ジャニーズはみだしコラム】
ジャニーズは時代劇と縁が深い。岡田くん以外にも、映画では「忍びの国」に大野くんが、「武士の一分」に木村くんが主演。テレビでは必殺仕事人シリーズに出演したヒガシと松岡くんの時代劇率が高く、2018年にヒガシが大岡越前、2017年にマツ兄が遠山金四郎という時代劇の二大スターをそれぞれ演じている。10代の慎吾ちゃんや中居くんが「腕におぼえあり」に出ていたのを覚えてるファンもいるはず。
大河ドラマは別途扱うとして、それ以外でいちばん古いジャニーズ出演時代劇は何だろう? トシちゃん主演の「燃えて、散る 炎の剣士 沖田総司」かなあ……と思っていたが、OBを含めて考えたら、大事な人を忘れてることに気がついた。
数々の時代劇に出演、特に「水戸黄門」では助さん役を12年に亘って演じたあおい輝彦が元ジャニーズ、いや、初代ジャニーズじゃないか! 初代ジャニーズの音源はさすがに入手が難しいが、TOKIOが「TOK10」で「涙くんさよなら」をカバーしているので、お持ちの方はぜひ。
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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