大矢博子の推し活読書クラブ
2018/10/10

武闘派ジャニーズ・岡田准一の見せ場がたっぷり! 「散り椿」は武士の「静と動」に注目

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 何を聞いても答えがCOOLな皆さん、こんにちは。COOLといえば、「散り椿」の岡田くんが、SO COOOOOOL! 前回のこのコラムで紹介したように、時代劇の出演本数が多い割に、そしてあれだけの身体能力を備えている割に、これまで剣豪役がなかった岡田くんが、ついに魅せてくれました。

■岡田准一(V6)出演!「散り椿」

「散り椿」(2018年、東宝)の原作は、葉室麟の同名小説『散り椿』(角川文庫)。葉室さんは昨年12月に病で惜しまれつつこの世を去ったが、亡くなる3ヶ月前に、この映画の初号試写をご覧になったそうだ。間に合って本当によかった。映画の最後に葉室さんへの献辞が出てきたときには、ちょっとウルっと来ちゃったよ。

 上司の不正を糾弾したことで逆に藩を追放されてしまった瓜生新兵衛は、愛妻・篠とともに流浪の旅を8年間続けていた。しかし病に倒れた篠は、自分が死んだら新兵衛には藩に戻ってほしいと告げ、とある願いを託す。妻を看取ったのち、故郷・扇野藩に戻ってきた新兵衛。それが8年前のお家騒動を再燃させて……。

 というのが原作・映画両方に共通する設定だ。映画の予告にも使われた「そなたの頼みを果たせたら、褒めてくれるか」「お褒めいたしますとも」という夫婦の会話は原作の序章に登場するが、あれは妻の遺言なのである。故郷に帰って何をしてほしいのか、原作は恋愛小説であるとともに、篠の本心を巡るミステリと言っていい。ただし映画ではこの段階で、具体的な頼みの内容(の一部)を明らかにしている。

 他に原作と映画の違いとして早々に気づくのは、登場人物の年齢や続柄。原作の新兵衛は篠の妹・里美が寡婦として守る坂下家に寄宿し、里美の息子・藤吾に迷惑がられるのだが、映画では里美は未婚で、藤吾も弟という設定になっている。木村監督のインタビューを見ると、新兵衛役に岡田くんありきでキャスティングしたため、総じて年齢が原作より若くなったとのことだが、これは映画と原作を比べてもまったく違和感はなかった。

 そこよりもっと注目すべき原作の改変がある。ミステリ色や政争の駆け引きがほぼなくなっているのだ。その代わり、殺陣とロマンスが前面に来ている。そのふたつを描くため、映画ではそれ以外の要素を思い切って削ぎ落としたように思えた。結果として、物語の後半は大きく原作と異なっている(ただし最終的な着地点は同じ)。


イラスト・タテノカズヒロ

■原作には手に汗握る謀略とサプライズがみっちり!

 映画では藩政をほしいままにする家老の石田玄蕃(奥田瑛二)vs. 不正を正したい側用人の榊原采女(西島秀俊)+新藩主という対立の構図があり、そこに新兵衛(岡田准一)が巻き込まれていくという体裁だった。だが原作では、それぞれの陣営の背後にもっと大きな、新藩主の座を狙う2派の存在がある。原作の新兵衛は最終的に、その黒幕と対決することになるが、それは映画ではカットされていた(原作のセリフだけ別の場で使われている)。

 もうひとつ、まるっとカットされていたが、原作には「蜻蛉組」という闇の組織が登場し、新兵衛の窮地を助けたかと思えば、逆に敵に回ったりもする。この蜻蛉組が何のために動いているのか、というのがポイント。蜻蛉組の存在は物語終盤の意外な展開とサプライズを生む、超大事な役なのである。

 この蜻蛉組には誰が属しているのかわからず、物語の途中で「この人も蜻蛉組だったのか!」と驚かされることが複数回、ある。映画の配役を見て「ぴったりだ!」とワクワクしていたので、そこがカットされてたのは残念だった。映画のあとで原作を読まれる際には、あの役者さんを思い浮かべると楽しいぞ。

 背後の黒幕と蜻蛉組、このふたつの存在が原作をぐっとエキサイティングなお家騒動ものにしている。映画ではさらりと流した「采女の父親を斬ったのは誰か」という謎も、原作では二転三転し、飽きさせない。だが原作でいちばんすごいのは、これだけの要素を盛り込みながらも、瓜生新兵衛の静謐にして清廉な人柄、榊原采女のクールな中に熱いものを湛えた人柄、そして篠を巡る思いの静かなやりとりが、とてもしっとりと、切なさたっぷりに描かれていることだ。波乱万丈の展開もエキサイティングなアクションも、葉室麟は「静かに」描くことで、人の思いを浮かび上がらせる。これが葉室麟の小説のすごさなのである。

 じゃあ映画は原作の魅力を損なってるの? いやいや、そうじゃないから面白い。改変は大きいが、通底するものは同じなのだ。それは原作のテーマをしっかりすくい上げているからに他ならない。

■ついに来た、武闘派アイドル・岡田准一の見せ場

 映画ではお家騒動の構図をシンプルにしたぶん、ロマンスと殺陣にたっぷり時間がとられている。新兵衛と篠の静かな思いの交わり、篠を巡る三角関係に悩む新兵衛と采女、新兵衛と里美の間にほのかに見える愛情の萌芽といったあたりは見どころたっぷり。だがやはりここは、岡田くんの殺陣に注目せざるを得ない。何なのあれ、すごすぎない?

 雪の中、大雨の夜、鮮やかな椿の前、そしてクライマックスの豪雨の中などなど、さまざまな場で展開された鮮やかな殺陣。小柄な岡田くんの姿が一瞬消えたかと思うと低い姿勢からずばっと一閃! と思いきや脇から迫る敵をノールックで一刺し! 殴ると斬ると投げ飛ばすのコンボ! そして全てが速い速い速い! 鍔迫り合いという言葉はあるけど、刀を合わせながら片手で相手の胴を押し返すって初めて見た気がする。圧倒的だ。前のめりになって口開けて見入っちゃった。

 前回書いたように、これまで斬らない役ばかり演じてきた岡田くん。抑え込まれていた武闘家魂が、この映画で一気に吹き出た感がある。岡田くんは殺陣作りにも参加し、キャメラも回したそうだ。この殺陣を鑑賞できるってだけでも映画を見る価値がある。そしてこの映画での殺陣の素晴らしさこそ、葉室小説の魅力に通じると私は感じた。

 一切のセリフや説明を排し、ただ動きのみで見せる殺陣。普段は「静」の武士が見せる鮮烈な「動」の場面が、新兵衛の思いを浮かび上がらせる。それは葉室麟の描く、己の中にすべての思いを封じ込め、ただ粛々と行動で示す武士の姿と通じるものがある。お家騒動やミステリの中に静謐な武士の生き方を描いた原作『散り椿』と、無言の殺陣の中に作り手の思いを込めた映画「散り椿」。両者は異なるようでいて、底の部分は同じなのだ。

 原作に「散る椿はな、残る椿があると思えばこそ、見事に散っていけるのだ」という言葉がある。葉室麟という椿は散ったものの、作品という多くの椿を遺してくれた。その代表作である「蜩ノ記」と「散り椿」に岡田くんが主演していることが、ジャニオタとして、そして葉室作品を愛する読者のひとりとして、とても嬉しい。

【ジャニーズはみだしコラム】

 時代劇のジャニーズ出演は多いが、死ぬことはあっても斬られるシーンはあまりない。トシちゃんが演じた沖田総司は病死だし、タッキーが演じた義経は自害、岡田くんの石田三成は斬首。あ、斬首も「斬られる」うちに入る?
 いわゆる殺陣の中で斬り死にした例が過去にあったかな……と思い返してみた。あったあった。まず、大河ドラマ「武蔵」で佐々木小次郎を演じた松岡昌宏。マツ兄の小次郎はシャープでカッコよかった! が、巌流島で市川新之助(現・海老蔵)演じる宮本武蔵と決闘し、壮絶な最期を遂げる。そういえばマツ兄は大河ドラマ「秀吉」で信長の小姓・森蘭丸を演じ(これも麗しかったなぁ)、本能寺で討ち死にしている。
 もうひとつ思い出したのが、1997年にTBSで放送された大型時代劇「竜馬がゆく」だ。主演の坂本竜馬は上川隆也さん。その竜馬と一緒に近江屋で斬られる中岡慎太郎を、岡本健一が演じている。なお、この作品には人斬りで有名な岡田以蔵役で長瀬くんも出てるので、ファンは要チェックだ!

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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