中居正広から東山紀之&中島健人へ 「砂の器」脚色の歴史を振り返る(後編)
SHYな言い訳仮面でかくした皆さんと、地球はいつでもまわってる皆さんこんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、お待たせしました、「砂の器」後編ですよ。
■東山紀之(少年隊)、中島健人(Sexy Zone)・主演!「砂の器」(2019年、フジテレビ)
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- 砂の器 上巻
- 価格:691円(税込)
まず前編のおさらい。1961年刊行の松本清張『砂の器』(新潮文庫)のストーリーを大きく改変した映画が1974年に大ヒットした。2004年の中居正広版ドラマ「砂の器」(TBS)は、原作小説ではなくこの映画に準じて作られた。ただしドラマならではの改変箇所として、犯人視点にしたこと、時代設定が2004年で動機や隠蔽工作が時代に合わせて変えられたこと、の2点がある。ここまで覚えてますか?
で、ヒガシ&ケンティ版「砂の器」である。こちらも原作小説ではなく、映画のストーリーを踏襲していた。クライマックスは原作には存在しないコンサート+回想だったし、最初の殺人以外の死亡事件とトリックもまるっとカットされていた。さらに原作では終盤まで隠されていた真犯人も、中居版ドラマ同様、早々に明かされた。「砂の器」映像版の定番脚色だ。てかもう、これが松本清張の『砂の器』だと思われてないだろうか。違うからね? コンサートも回想も「宿命」も小説にはないからね? 原作読んでみてね?
ただもちろん、これまでの映像化作品をただなぞっただけではない、2019年の「砂の器」としての面白い改変が随所に見られた。事件現場は蒲田ではなくハロウィンの渋谷。CGによる復顔、カメダも検索で一発だ。被害者の身内がわざわざ警視庁に来なくても、被害者はDNA鑑定で判明。情報は映画館じゃなくテレビから(原作小説が出た頃はテレビは贅沢品だった)。監視カメラ大活躍。被害者の職業も変わっていた(原作通りの職業では現代は制約が多すぎる)。うん、そりゃそうだ。むしろ自然だ。この平成バージョン、ありだぞ。
前編で触れた、時代が変わって使えなくなった動機と工作についても工夫があった。原作と映画の〈昭和ならではの動機〉が、中居版では現代の動機に変えつつもその根っこに古い因習を置き、ヒガシ&ケンティ版は完全に現代の社会病理を中心に据えた。また、原作では戦争を使った工作が、中居版では実在の災害になり、今回はさらにオリジナルの展開を加えていた。こういう脚色の変化は本当に面白いなあ。
古い小説を現代劇にする場合、それはもう脚色ではなく翻案と言っていい。以前このコラムで取り上げた「モンテ・クリスト」(2018年、フジ)が舞台を19世紀のフランスから現代の日本に置き換えて、それでも原作のテーマをしっかり再現したのと同じだ。今回のドラマもあらゆる要素を現代的に変えながらも、まぎれもなく、これまで脈々とつながっていた映像版「砂の器」を受け継ぐ作品だった。
イラスト・タテノカズヒロ
■ヒガシ&ケンティ版「砂の器」が原作を超えた2つの改変
私がいちばん感心したのは、ある証拠物件の中途半端な隠蔽方法についてだった。これは映画も中居版もヒガシ版も原作通りなのだが、私は原作を読んだ時「燃やせばよくね?」と思ったのである。原作では「燃すというのは、かなり人目に立つ仕事なのだ」「あのキナくさい臭いは消しようもあるまい」と一応は説明されているものの、本当に隠したいなら他にもっとやりようがあったろうと。それが、今回のヒガシ&ケンティ版で思わず膝を打ったね。
あの隠蔽工作について、今回のドラマでは若手刑事の吉村が「俺だったらさっさと燃やしちまいますけどね」と言った。だよね、と私が身を乗り出したとき、ヒガシ演じる今西刑事がこう言ったのだ。工作した人物には「愛する気持ちと憎む気持ちが入り混じって」「見つかってほしいような見つかってほしくないような」気持ちがあった、と。腑に落ちた。その人物の立場を考えると、確かに説得力充分だ。むしろ複雑な気持ちにならないわけがない。いやあ、この解釈においては、今回のドラマは原作を超えたね。
原作の不満を覆してくれた場面がもうひとつあった。原作に登場するふたりの女性の役割を、土屋太鳳演じる成瀬梨絵子がひとりで担っていたことだ。原作のふたりとは、待つ女と自分を犠牲にして尽くす女である。昭和の女性の描かれ方と言ってしまえばそれまでなのだが、今読むと「そんな都合よく……」と首をひねる箇所もある。ところがそのふたりの女性に起きたことを成瀬梨絵子に集約したことで、行動に筋が通ったのだ。驚いた。こんな手があったか。
しかもその改変が、真犯人の心理描写も変えた。原作と映画版では犯人の心理描写はほぼなく、中居版も動機と捜査に関すること以外では感情の揺らぎを見せなかった。だが今回初めて、犯人がそれ以外の部分で感情をほとばしらせたのだ。そしてその直後、まるで天啓を受けたかのように行き詰まっていた仕事を一気に仕上げる。今回のドラマはただ設定を平成仕様に変えただけじゃない。原作でも映画でも道具に過ぎなかった女性に対し、ちゃんと犯人が「愛していた」ことを描いた初めての作品なのだ。
さて、ここからが本題。前編で私は、原作『砂の器』には、差別問題より松本清張はこっちをメインテーマに据えていたのでは、と思われるもうひとつの主題がある、と書いた。今や映像作品の影響で、『砂の器』はあの差別問題こそが主題であると思っている人が多い。けれど原作を読めばわかる。松本清張は差別についてさほど筆を費やしてはいない。というか一言で終わらせている。そこを膨らませたのは映画の手柄だ。では原作『砂の器』のメインテーマとは何か。〈世代の相克〉である。
■3人のジャニーズが『砂の器』のメインテーマを体現する
ほぼすべての映像作品でカットされているが、原作小説にはヌーボー・グループという若者の集まりが登場する。若手評論家、画家、作曲家などによって作られたもので、既存の概念を否定し、新しいものを作ろうというグループだ。戦中に初等教育を受け、戦後にその教育内容が180度変わった経験をした世代である。若き評論家は老大家を舌鋒鋭くこき下ろし、若き作曲家はピアノではなく電子音楽を手がける。
捜査の過程でヌーボー・グループに出会った40代(大正生まれ)の今西刑事は、その考えに戸惑う。最新機器を使ったトリックにも混乱するばかりだ。原作では今西のような戦前世代と、ヌーボー・グループの戦中・戦後世代の分断が幾度も強調される。既存の概念を否定する、すなわち過去を否定するということが、そのまま動機につながることに注目。否定されるべき古い概念は、確かにある。戦後15年、戦前世代が次の世代にバトンを渡すまでの軋み音が、この物語のテーマなのだ。
その象徴がラストシーンである。いざ犯人を逮捕、というところになって、原作の今西刑事はずっとバディを組んでいた若手刑事の吉村(ヌーボー・グループと同世代)に「本人に逮捕状を見せるのは君の役だ。君がしっかり本人の腕を握るんだよ」と言いわたすのである。「ぼくはいいんだ。これからは、君たち若い人の時代だからな」と。物語の最後で、世代交代が為されるのだ。これまでの映像作品で、この交代劇を描いたものはない。
そう思ってドラマを見ると、ヒガシ、中居くん、ケンティという3人が「砂の器」で並んだことに意味が見えてくる。昭和の歌番組全盛時代にデビューし、王道のアイドルグループとしてジャニーズを牽引してきた少年隊。歌番組が激減した平成、あらゆるジャンルをこなす新しいアイドルとして25年間トップに君臨し続けたSMAP。ネットとライブの二元化が進んだ今、これから令和のジャニーズを担う一翼となるであろうSexy Zone。
映像作品は、世代という本書の最重要のテーマを敢えてはずしてきた。だから一般にも『砂の器』が世代の物語だという認識はない。けれどジャニーズファンにだけは、このテーマがしっかり伝わるはずだ。かつて中居くんが演じた役にケンティが新たな解釈を加えた。そのケンティをヒガシが見守り、引き上げる。原作『砂の器』で松本清張が描いた、前の世代を超えていこうとする若者たちと、その若者に次代を託す先輩。それはまさに、この3人のジャニーズが演じるにふさわしい物語なのである。
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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