玉森裕太主演 東野圭吾の真骨頂「パラレルワールド・ラブストーリー」を最大限に楽しむには?
緩やかにスピードを下げた黄色い地下鉄に乗りたい皆さんこんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム。今回は連載第2回「リバース」以来2年ぶりの、玉ちゃんの登場ですよ!
■玉森裕太(Kis-My-Ft2)・主演!「パラレルワールド・ラブストーリー」(2019年、松竹)
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- パラレルワールド・ラブストーリー
- 価格:825円(税込)
原作は東野圭吾の同名小説『パラレルワールド・ラブストーリー』(講談社文庫)。東野作品はこのコーナーでもすっかりお馴染みで、「ナミヤ雑貨店の奇蹟」「ガリレオ」「ラプラスの魔女」「手紙」「マスカレード・ホテル」に続く6回目の登場だ。他にも「トキオ」(2004年、NHK)、「流星の絆」(2008年、TBS)、「プラチナデータ」(2013年、東宝)、「疾風ロンド」(2016年、東映)など多くの東野作品にジャニーズが出演している。キスマイからは千賀くんが「白い凶器」(2012年、フジテレビ)に出てたよね。
まず例によってあらすじを紹介……したいのだが、これがなかなか難しい。並走する電車に乗っている女性に、ドア越しに恋をしていた敦賀崇史。ところが親友の智彦が、まさにその女性を恋人の麻由子だと言って紹介してきた。嫉妬に苦しみ、思いを抑えきれない崇史……というのがAパート。敦賀崇史には麻由子という同棲中の恋人がいる。紹介してくれたのは親友の智彦。だがその智彦はアメリカに転勤になり、連絡がとれない……これがBパート。
何を言ってるのかわからないと思うが、私も書いててわからなくなった。つまり、同じ登場人物が違う関係性で登場するふたつの物語が並行して語られるのである。ただここでポイントになるのは、崇史・智彦・麻由子の3人が勤務しているのがヴァーチャルリアリティや人間の記憶について研究している企業だということ。そして片方の崇史がときどき、現状と矛盾する「ありえない記憶」の夢を見るということ。
どちらの自分が本当なのか。それともパラレルワールドなのか。AパートとBパートが交互に登場し、話が進むにつれて次第に綻びが見えてきて……というのが原作・映画両方に共通する設定だ。まったく予備知識なしで映画を見た人は、「え、何、どゆこと?」とはじめ戸惑ったのではないかしら。その戸惑いは崇史の戸惑いと同じなのである。
■カットされた原作エピを時系列に加えてみると
本作が映画になると聞いたとき、最初に感じたのは「このややこしい話をよく映像化しようと思ったな!」という驚きだった。実はこの話、構造上、映像より小説の方がわかりやすいのである。なぜなら小説はAパートとBパートが切り替わるとき、章が変わったり1行空いていたりという、はっきりした切れ目があるから。ここからはこっちの崇史ですよー、と教えてくれるようなものだ。
翻って映画にはその切れ目がない。だから翻弄度合いは小説の比ではない。見終わったあとで確認のためにもう一度見たくなる人も多いだろう。もちろん2回見るというのもありだが、ここでひとつ、お勧めしたいことがある。映画館で、まずパンフレットを買っていただきたい。中に、映画のストーリーを時系列に従って整理した表が入っている。そして原作を読み、映画には出てこなかった原作のエピソードをその表に(できれば拡大コピーをとって)書き込んでみるのだ。
映画ではカットされていたが、原作では研究所員の失踪事件が出てくる。その事件を調べるうちに崇史は、自分もしくは智彦の身に同じことが起きているのではないかという疑いを持つ。さらにBパートではアメリカにいるはずの智彦の部屋が荒らされていたり、崇史を見張る存在がほのめかされたりする。また、ラストシーンも原作とは異なる。そういったエピソードを表に書き入れた「完成版」を作ると、この物語がいかに細部まで緻密に構成されていたかがわかって驚くぞ。
事件のエピソードを削ったことで、映画は恋愛ドラマの要素が強くなった。けれど原作の崇史はもっと「推理」をする。自分から能動的に謎を解きに行く。だがここで彼が解こうとする謎は、どっちの世界が現実なのかというよりも「自分を自分たらしめているものは何か」という根源的な問いだ。自分を作っているものが積み重ねてきた記憶だとしたら、その記憶を失ってしまったら、あるいは改変されてしまったら、それは自分と呼べるのか否か。
東野圭吾には、SF設定を取り入れてこの「自分を自分たらしめているものは何か」というテーマを追求した作品群がある。脳移植手術の後、ドナーの人格が表面化してくる『変身』(講談社文庫)、とある科学技術を絡めた双子の物語『分身』(集英社文庫)、娘の体に死んだ妻の魂が入り込む『秘密』(文春文庫)などがそれに当たり、『パラレルワールド・ラブストーリー』もその中のひとつだ。ぜひ他の作品にも手を伸ばしていただきたい。併せて読むことで、東野圭吾が本書で投げかけたテーマがより深く伝わるはずだ。
■“クズな肉食系男子”を演じる玉ちゃんの新境地
さて、玉ちゃんである。しょっぱなから見所が待ってるぞ。映画の冒頭、山手線に乗る玉ちゃん。どうせなら黄色の地下鉄に乗ってほしいが、地下鉄は並走しないから無理だ。でも「ナーバスな僕の顔をドアの窓に映して」る玉ちゃんと、「高鳴って君に会いたくて心が弾けるように駆け」出す玉ちゃんが堪能できるのだ。何だこれ、「君、僕。」のPVか。しかも俯いたときのエラから顎のライン、美しすぎるだろ……尊い……。
だがのんきに構えていられるのはここまでだ。玉ちゃん演じる崇史、これってなかなかのクズ男なのである。以前このコラムで映画「ナラタージュ」を取り上げ、松潤演じる教師が麗しきダメ男だったという話を書いたが、あの松潤が優柔不断型・流され型のダメ男だったのに対し、本書の崇史は積極的・肉食系の美しきクズ男だ。
この原作は1995年の刊行で、24年前の小説である。今よりさらにジェンダーの意識は薄かった。作中、Aパートの崇史は親友の恋人に横恋慕し、嫉妬し、諦めきれずに行動に出る。崇史の発想はかなり自分勝手だし、今読むと(というか当時からそうだったのだが)彼の行動はほぼ犯罪だ。けれど当時は、それがまだ「情熱のあまり」でなんとなく押し切られていた。それが2019年の映画化で原作以上に暴力的な演出になっていたのには驚いたが、いずれにせよ、崇史は決してかっこいいヒーローではないのだ。
これまでクールな役や繊細な役からコミカルな役までいろいろこなしてきた玉ちゃんだが、この手の役を演じるのは初めてである。崇史と自分に共通点はない、とインタビューでも語っている。その挑戦に注目するのはもちろんだが、むしろファンの皆さんには原作を玉ちゃんでジャニ読みすることを推奨したい。前述したように原作の崇史は自ら謎を解くために思考し、推理する。しかも原作は崇史の一人称一視点なので、彼の心の声もすべて文章になっている。原作を読めば崇史の心情の変化や、映画ではあまり表に出てこなかった論理的な思考がたっぷり味わえる。むしろそちらの方が玉ちゃんのイメージに近いように思う。
だが考えてみれば──そもそもアイドルと役者を並行している時点で、それはパラレルワールドのようなものかもしれない。キスマイとしてステージでキラキラ踊ってる玉ちゃんと、バラエティで突っ込まれて笑ってる玉ちゃんと、スクリーンで苦悩する表情を見せる玉ちゃん。どの玉ちゃんが本当か、なんて気にせず、そのすべてをそれぞれ愛している私たちは、まさにパラレルワールド・ラブストーリーを体現しているのかも!
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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