大矢博子の推し活読書クラブ
2019/07/24

松本潤が演じた「松浦武四郎」ってどんな人? 北海道とアイヌを愛した「がいなもん」

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 いろんなことがあるけれど笑顔は消えはしない皆さんこんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は髷潤を堪能した「永遠のニシパ」(「シ」は正式には小文字)がもっとよくわかる、こちらの小説を紹介するよ。

■松本潤(嵐)・主演!「永遠のニシパ 北海道と名付けた男 松浦武四郎」(2019年、NHK)

 北海道150年記念ドラマとして放送された「永遠のニシパ 北海道と名付けた男 松浦武四郎」。幕末から蝦夷地を調査すること6回、明治になって「北海道」という名前を提言した探検家の物語である。

 90分の単発ドラマという性質上、放映されたのは松浦武四郎の人生の一部分、1845年の第1回蝦夷地調査から、明治3年の開拓判官辞職直前までだった。28歳から53歳までの25年間だ。蝦夷地調査で地図を作り、和人に搾取されているアイヌの現実を知り、アイヌの人々に受け入れられて交流を持つ。武四郎の著した書物のせいで松前藩に命を狙われたり、時の幕府から出版の許可が出なかったりという話も登場した。

 だがその功績が明治新政府に認められ、函館府判事に任ぜられて蝦夷地の地名選定に尽力。「北加伊道」という名前を提言し、北海道とアイヌのために頑張るぞと思ったものの、方針が折り合わず政府と袂を別つ。以降、武四郎は一度も北海道の地を踏むことはなかった──というのがドラマの大筋である。

 ドラマの冒頭で「このドラマは『北海道』の命名を提言した松浦武四郎を主人公としたフィクションです」と字幕が出たように、短い時間で主題をわかりやすくするためだろう、史料にはない架空のエピソードが多く含まれていた。たとえば熊に襲われてアイヌの青年がケガをした話や、アイヌの女性・リセとのロマンス、彼女の息子を江戸に連れてくるくだりなどがそうだ。

 武四郎が北海道調査の最前線にいた時期だけに話を絞っていたため、そもそもなぜ彼が探検家を目指したのかとか、政府の役人を辞してからどうしていたのかといった話は描かれなかった。そこで、武四郎の生涯を描いた小説を紹介しよう。河治和香『がいなもん 松浦武四郎一代』(小学館)だ。ドラマは脚本家の大石静さんオリジナルで原作は存在しないのだが、『がいなもん』を読むと、松潤が演じた松浦武四郎という人がどんな人物だったかもっとよくわかる。──というか、めちゃくちゃ面白いのよこの人!


イラスト・タテノカズヒロ

■松潤が演じた松浦武四郎はこんな人

 小説は明治16年、絵師・河鍋暁斎の娘・豊(とよ)に、66歳になった武四郎が自分の人生を語って聞かせるという形式になっている。話を聞く豊は武四郎が探検家だった時代を知らないので、ごく普通の娘らしい感想を抱いたり質問したり。詳しい知識がなくてもすんなり入っていけるよう工夫されている。

 ドラマの武四郎はシリアスな部分が前面に出ていたが、小説では歳を取ってもすこぶる元気で、ユーモラスで、変わり者で、飄々としていて、とってもチャーミングなおじいちゃんだ。しかもかなり多趣味。古銭マニアで勾玉収集家。絵も好きだし、書斎にはあちこちで集めた雑多なコレクションが溢れている。一方、脚も衰えず、ちょいと九州まで西郷隆盛の墓参りに出かけたりする。スペック盛りすぎだろうと思うが事実だから仕方ない。武四郎の出身地である伊勢の言葉で「途方もない、とんでもない」を意味する「がいなもん」をタイトルにつけた理由がよくわかる。

 たとえば、ドラマの冒頭で武四郎が羅針盤(方位磁石)を持っていたのをご記憶だろうか。小説を読むと、若い頃に骨董屋で3両の羅針盤を見つけ、矢も盾もたまらず買ってしまったという話が出てくる。その金がどこから出たかというのが問題で、若き武四郎、実はとんでもないことをしでかしたのである。しかもそれがきっかけで家出し、江戸へ向かった。これが彼の初めての〈旅〉で、そこから旅に魅入られるようになる。松潤が持っていたあの羅針盤には、〈探検家・松浦武四郎〉を生んだ最初の一歩を表す物語が隠されていたのだ。

 また、ドラマでは武四郎がリセや市助に篆刻でハンコを作ってやる場面があった。彼が篆刻を得意としていたのは事実だが、なぜそんな技術を持っているのかが小説で語られるのだ。また、旅の途中でハンコを作って売って路銀にしていたなんていう話も出てくる。熊に出会った話も登場するがその顛末はドラマとはかなり違い、小説の武四郎はそのことを朗らかに語る。いやはや、やることなすことどうにも桁外れで、まさに「がいなもん」なのだ。

 シリアスな面が強調されていたドラマの武四郎を見たあとで、小説の飄々とした面白い武四郎を読むと、その違いに驚くかもしれない。けれど彼がとても魅力的な人物だというのは伝わるはずだ。ドラマで描かれなかった武四郎の冒険譚の数々を、松潤を思い浮かべながら読んでほしい。楽しい気分になるぞ。

■『がいなもん』でわかる、ドラマの〈裏付け〉と〈意外な事実〉

 こんなふうに、『がいなもん』を読むとドラマに出てきたエピソードの〈裏付け〉と〈意外な事実〉がわかって、一風変わった読書体験ができる。他にも、リセが架空の人物であるのに対し、市助という少年は実在し、彼がドラマで言ったのと同じセリフが小説に出てきたりするのだ。同じ史料を下敷きにしたのだな、ということがわかる。だがやはり、物語の中心になるのはアイヌが直面した悲劇と、「北海道」の命名だ。

 小説『がいなもん』で語られる武四郎の過去はダイナミックでユーモラスだが、アイヌのくだりだけは弁舌がシビアになる。ドラマでも描かれた搾取の様子は、小説ではより細かく、より具体的に、史料に残された数字なども含めて紹介される。アイヌの現実については、ドラマではリセに象徴させる手法をとったが、小説にはソンという別の人物を登場させ、ドラマよりももっと長いスパンでアイヌが背負ったものを描き出している。このくだりは本書の白眉と言っていい。

 何より注目していただきたい〈裏付け〉と〈意外な事実〉は、「北海道」の命名だ。道、という行政区分は決まっていたので、アイヌの言葉で「そこに住む人」「この国に住む者」という意味の「カイ」を当てた──と一般に言われているし、ドラマでもそう描かれた。けれど小説を読んで驚いたね。もちろん間違いではないのだが、実はそれだけではなく、その裏に武四郎のちょっとした企みがあったことが綴られているのである。「えっ、そうだったの?」という驚きとともに、「やるなぁ」とニヤニヤしてしまうこと間違いなしだ。具体的には小説をお読みいただきたいが、一節だけ引こう。

「かくして松浦老人は〈北海道の名付け親〉と呼ばれるようになった。だが、それは単に〈北海道〉という名を考えついた人、という意味ではなく、〈北海道〉が〈東海道〉などとはまったく違う成り立ちであるということを……きちんと後世に残そうとした人、ということであるのかもしれない」

 それにしても、なぜ武四郎はアイヌをこれほどまで大事に思ったのだろう。それも『がいなもん』に出てくる。実は若いころ、旅の途中で病を得たとき……いや、そこも読んでいただこう。とまれ『がいなもん』はドラマの原作ではないにせよ、松浦武四郎の人物と功績と魅力を知るにはうってつけの物語なのである。ぜひ、ドラマと併せてどうぞ。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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