大矢博子の推し活読書クラブ
2019/09/11

生田斗真主演「源氏物語 千年の謎」知れば更に楽しめる原作・原典の魅力!

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 こわれそうなものばかり集めてしまう皆さんこんにちは。大河ドラマ「いだてん」では斎藤工さん演じる水泳界のスター・高石勝男の、スターゆえの悲哀が視聴者の涙を誘いましたね。前半の三島弥彦に対応するような役どころに、斗真を思い出した皆さんも多かったのでは。ということで、ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は斗真が日本文芸史上最大のスターを演じたこの映画だ!

■生田斗真・主演、東山紀之(少年隊)・出演!「源氏物語 千年の謎」(2011年、東宝)

 原作は高山由紀子『源氏物語 千年の謎』(角川文庫)。映画公開当時、光源氏に扮した斗真の写真が文庫カバーに使われたのをご記憶のファンも多いのでは?

 娘・彰子を中宮の座につけるべく、紫式部の物語の才能を利用をしようとする藤原道長。紫式部の懊悩は彼女が書く源氏物語の中へ封じ込められ、次第に物語と現実が交錯し始める……というのが、原作・映画の両方に共通する設定だ。道長と紫式部という現(うつつ)のパートと、源氏物語のストーリーが交互に描かれ、次第にそのふたつが混じり合っていく。

 見どころ・読みどころは何といっても、現実と物語の交錯だ。まず、現の安倍晴明が物語の中に入り込み、葵の上に取り付いた六条御息所の生き霊を調伏するという場面がある。原作でこの場面を読んだときにはのけぞった。この手があったか! 確かに、安倍晴明と紫式部の生きた時代はほぼ同じなわけで、当時大人気だった源氏物語を安倍晴明がリアルタイムで知っているのは極めて自然だ。こういうアレンジは面白いなあ。

 そしてもうひとつは、光源氏が現に迷い出て「そなたはどこまで私を苦しめるのだ」と紫式部に訴える場面だ。なんと作中人物が著者に直談判! 映画では紫式部が「それがあなたの人生」と告げて終わるが(作者に言われちゃしょうがない)、原作ではもっとどろどろした本音が赤裸々に語られ、さらにそこからもう一捻りある。さらに物語を書く者の業も混じり、実に読み応えのあるエンディングになっている。原作のテーマは、紫式部はなぜ「源氏物語」を書き、そこに何を込めたのか、だ。著者が最も書きたかった部分はここにあると思うので、ぜひ原作でお確かめいただきたい。

 なお、原作の源氏物語パートにはいろいろと脚色があり、映画の方がむしろ原典に近い。ただ映画では「雨夜の品定め」の段がカットされたため、夕顔の死の意味が薄まってしまったのはちょっと残念。


イラスト・タテノカズヒロ

■映画と原作をより深く味わうために

 とは言うものの。虚と実が交互に描かれる構成は、章立てがはっきり変わる小説ならまだしも、映画ではちとわかりにくい。少なくとも、源氏物語と藤原道長の時代について最低限の知識がないと混乱してしまうかも。

 藤原道長は、平安時代中期に絶大な権力を持っていた公卿だ。その権力をさらに増すために、自分の娘・彰子に天皇の男皇子を産ませ、自ら天皇の外祖父になろうと考える。だが天皇には当時すでに男児を生んだ中宮・定子がいた。本書の中では、天皇を彰子に振り向かせるため、源氏物語で人気だった紫式部を彰子に仕えさせることで、天皇の興味を引こうとしたという設定にしている。ちなみに定子に仕えていたのが清少納言で、後世まで清少納言と紫式部がライバル視されていたのにはこんな理由もあったわけ。

 また本書は紫式部と藤原道長の間に関係があったという設定で、男の出世に利用された式部の修羅の心が物語に反映されていく。彼女が生み出した光源氏は多くの女性を苦しめ、彼に恨みを抱いて生き霊と化す六条御息所を、式部は無意識のうちにまるで自分の化身として描いた。そして彼女の精神を蝕む毒に安倍晴明が気づく、という流れだ。

 この物語は時代の基本的な知識や源氏物語のストーリーを知っているほど深いところまで楽しめるので、ぜひこの機に「源氏物語」に触れて欲しい。現代語訳もコミカライズもたくさん出ている。また時代を知るには、紫式部については杉本苑子『散華 紫式部の生涯』(中公文庫)、藤原道長については永井路子『この世をば』(新潮文庫)、そして清少納言を主人公に道長の権力闘争に巻き込まれる女性を描いた冲方丁『はなとゆめ』(角川文庫)がオススメだ。

 映画の現実世界では藤原道長をヒガシが、紫式部を中谷美紀さんが演じ、ふたりが関係を持つところから物語が始まる。映画も原作も、オープニングからいきなり激しいラブシーンである。しかも野外で。あれ、道長の狩衣(かりぎぬ)はまだしも、式部の襲(かさね)の袿(うちぎ)は事後にひとりで着られるものなのだろうか。けっこうたいへんだと思うんだが。

 その後、式部は道長に召し出され、彰子のために源氏物語を書くよう言いつけられる。そこから虚の世界に入り、斗真演じる光源氏の物語が始まるというわけだ。

■『源氏物語 千年の謎』のジャニオタ的楽しみ方

 まずは光源氏を演じる斗真だ。当時27歳。今見ると、ずいぶん若く感じるなあ。これがまた実に麗しいのだけれど、こちらも(原典がそうだから当たり前なんだが)ラブシーンに次ぐラブシーン、ラブシーンの乱れ打ちである。しかも全部相手が違う。そして(これまた原典がそうだから当たり前なんだが)とにかくモテモテである。宮廷の女官たちにキャーキャー言われる。彼女たちがうちわを持ってないのが不思議なくらいだ。

 以前、「いだてん」の回で、CDデビューせず俳優一本に絞った斗真が「アイドルになった」と書いた。だがそれ以前に、この映画ですでに彼はアイドルを演じていたのだ。そして「いだてん」との共通点はもうひとつある。「いだてん」の記事を書いた時点ではまだ描かれていなかった、〈スターの悲哀〉だ。

 大河で斗真が演じた三島弥彦はストックホルムで壁にぶつかり、スターである自分を裏切るかもしれない恐怖に震えた。そしてこちらでは、美貌と才能に恵まれ多くの女性に好かれたスター・光源氏の、寄る辺ない寂しさが表現される。きらびやかな表の顔と、苦悩する裏の顔。ぜひ「いだてん」の斗真天狗とこの斗真源氏を比べてみていただきたい。原作では光源氏の苦悩は、もっと激しく描かれている。著者への直談判ももっと長い。

 そして注目すべきはヒガシですよヒガシ! 情を解さない傲慢な権力者・道長を、ジャニーズの中のノーブル・オブ・ノーブル、ヒガシはミステリアスに演じた。だが、この物語の中では道長と光源氏が重ね合わされていることに注目。道長=光源氏なのである。そしてヒガシはかつて、ドラマ「源氏物語 上の巻」(1991年、TBS)で光源氏を演じているのだ。25歳のときである。いやもう、あのクールビューティ源氏を思い出さずにはいられない! それから20年後に、ヒガシは道長になり斗真が源氏になるわけで、このコラムで何度も書いてきた〈縦の継承〉はここにも存在したのだ。

 もうひとつジャニオタ的視点として、本書には安倍晴明が登場することも忘れてはならない。ジャニーズで晴明といえば稲垣吾郎だ。映画では窪塚洋介さんが演じているが、原作を読むときはぜひゴロちゃんで当て読みしていただきたい。ヒガシの道長、斗真の光源氏、そしてゴロちゃんの安倍晴明。完璧じゃない?

 しかし、今更言っても詮無いこととはいえ、ヒガシから斗真に継承される前に、やはり光GENJIの誰かに一度やってほしかったよね光源氏……。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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