岡田准一&横山裕出演「天地明察」 原作のあの「強火」な絡みが見たかった!
見上げればきらめく星、胸の鼓動信じる皆さんと、君のいない世界で今星を見ていた皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は「このふたりの絡みをもっと見たかった!」ともんどり打ったこの作品ですよ。
■岡田准一(V6)・主演、横山裕(関ジャニ∞)・出演!「天地明察」(2012年、松竹)
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- 天地明察(上)
- 価格:704円(税込)
原作は冲方丁の同名小説『天地明察』(角川文庫)。江戸時代前期の幕府碁方(囲碁棋士)にして天文暦学者・渋川春海(安井算哲)を主人公に、貞享の改暦を描いた歴史小説である。映画では岡田くんが渋川春海を、そしてヨコが碁方の若き天才・本因坊道策を演じた。
碁方であると同時に算術に秀でた春海は、日本各地の北極星の高度を測ることで観測点の緯度を計測する「北極出地」のメンバーに抜擢される。その後、会津保科家当主にして幕府の重鎮・保科正之から改暦を命じられた。それまで日本で使っていた宣明暦は古過ぎて、ずれが出ていたのだ。だが天文学には未知のことが多く、なかなか作業は進まない。さらに作暦の利権を一手に握っていた公卿からも妨害が……。果たして正しい暦は作れるのか。
というのが小説・映画両方に共通する基本的なあらすじ。基本的な流れは原作通りだし重要な出来事も網羅されているが、時間的な問題で細かい部分がかなりカットされている。登場人物もかなり減らされ、原作ではふたり、3人に割り振られていた役割をひとりで担っていたり、何かを為すときの中間を省略していたり。たとえば主役・渋川春海には生涯ふたりの妻がいたが、ひとりめのエピソードは割愛され初恋を貫いたように改変されていた。
このため、原作と映画の雰囲気に違いが出た。原作は、渋川春海という一介の算術マニアに過ぎなかった青年が、さまざまな人と出会って交流を持ち、影響を受け、学び、変化していく様子を描いた成長小説なのである。時には幕府の重役と、時には御三家の殿様と、時には囲碁のライバルと、算術の天才と、暦学の先達と、師と、同志と、公卿と、そしてふたりの妻と……。算術に夢中になって刀を地べたに置き忘れるようなスットコ棋士が偉業を成し遂げるまでに至る「交友録」とその結果の「変化」こそが本書の核なのだ。
翻って映画はむしろ、渋川春海個人の戦いという面を前に出してきた。出会いによって春海の何がどう変わったかというところより、いかにして正しい暦を作るかという挑戦に物語の主眼を移していたのだ。それはそれで見応えがあったのだけれど、ジャニオタとしては「この人は原作通りの設定で見たかった!」という人物がいる。ヨコが演じた、本因坊道策である。
イラスト・タテノカズヒロ
■ヨコが演じた本因坊道策、原作では「算哲先輩強火担」
これまでこのコラムでは岡田くん主演作を数多く取り上げてきたので、今回はちょっとヨコに紙幅(web記事でも紙幅でいいのかな?)を割かせていただく。本因坊道策は渋川春海と同じ幕府碁方の棋士で、圧倒的強さを誇った「棋聖」と呼ばれる人物だ。寺家の流れを汲むため、ヨコも僧形で登場した。
映画の道策は渋川春海の好敵手として、いかにも「デキる!」という感じの造形だった。もちろんそれはそれでヨコのクールなルックスとあいまってとてもミステリアスでステキだったのだけれど、原作の道策のキャラはぜんぜん違うのだ。そしてこの原作のキャラがすごくいい!のである。
原作の道策にとって春海は目標でありライバルであり憧れの人。いつかふたりで囲碁の世界を変えてやるんだ、という意欲に満ち満ちている。ところが春海は囲碁の他に算術や天文に気を取られ、時には囲碁そっちのけで熱中することも。それが道策にとっては歯がゆくて仕方ない。大好きな先輩が自分と同じ夢を抱いてくれないことに焦れまくる。だからやたらと対戦を挑み、挑発し、師匠に叱られたりする。どうしてよそ見ばっかりしてるの、どうしてもっと僕の方を見てくれないの、てなもんだ。
挙げ句の果てに春海は「北極出地」のメンバーとして1年以上碁方の職場を離れることに。北極星の魅力を縷々語る春海(算哲)に道策はこう告げる。「つまり、この星のせいで、算哲様はますます碁から離れるということですか」「この星が、憎うございます」……男の嫉妬を描く話は多いが、北極星にヤキモチを焼いたのは道策くらいだろう。
原作の道策は怒ったり拗ねたり泣いたり笑ったりと感情表現がとても豊か。そのベースにあるのは「囲碁大好き」「算哲様大好き」という気持ちである。映画のクールな道策も良かったけど、「算哲先輩強火担」として愛情ダダ漏れの原作の道策はもう、最高に可愛い。こっちの道策をヨコで見たかったんだよなあ。そしてその鬱陶しいほどの愛情に気づかず、若いっていいなぁとばかりにニコニコしてる鈍感な春海。大阪出身ジャニーズの先輩後輩であるふたりのこんな絡み、見たくないわけがないじゃないか! 映画で実現しなかったこの絶妙なコンビ芸を、ぜひ原作のジャニ読みで体験していただきたい。
■僕らはいつでも「答え」を探した──和算小説の楽しみ
もうひとつ、原作小説でぜひ味わっていただきたいのが算術パートだ。映画も小説も序盤に、春海が神社の算額絵馬を見に行く場面がある。市井の算術愛好家が自分で考えた設問を絵馬として奉納し、それを解いた者はその答えを余白に書き込む。これを見たときの春海の高揚感は映画でも見事に再現されていたが、原作ではさらに具体的な設問と図形が掲載されている。
この設問が面白い。「今勾股弦釣九寸股壱弐寸在 内ニ如図等円双ツ入ル 円径ヲ問」──これは「釣(つり・高さ)が九寸、股(こ・底辺)が十二寸の、勾股弦(こうこげん・直角三角形)がある。その内部に、図のごとく、直径が等しい縁を二つ入れる。円の直径を問う」という意味だ。私はいまだに九九の七の段が時々不安になるくらい数学が苦手なのだけれど、それでも、当時の言葉で現代と同じ設問が表現されていることと、江戸時代も今も同じ原理を用いて同じ答えに達することができるという不変の真理に、震えるほど感動したのである。
春海は嬉々として挑戦し、ある間違いを犯す。それで自己嫌悪に陥るのだが、それを知った上司がふたり、こんなことを言う場面が原作にある(映画では一部だけ再現された)。「お主は実に良い学び方をしておるぞ。この誤問がそう言っておるわ」「羨ましい限りでございますねえ。精魂を打ち込んで誤謬を為したのですからねえ」……原作で私がいちばん好きな言葉である。間違いを恐れて何もしないより、精魂込めた間違いの方が得るものはずっと大きい。間違うことができる、というのはとても贅沢なことなのだ。
本書は春海が精魂込めて間違う、その繰り返しを描いた作品と言っていい。読みながら関ジャニ∞の「涙の答え」が脳内を駆け巡った。“世界を照らすような「正解」を探して灼熱の夢を見た”り、“何度も「間違い」に追いかけられて眠れない夜を過ごした“り、“僕らはいつでも「答え」を探した”り、君のいない世界で星を見ていたり。この曲は大倉くんの主演映画「100回泣くこと」の主題歌だったけど、私の中では「天地明察」のテーマにもなっている。
もうひとつ現代と同じものがある。好きなものを目にしたときの喜びだ。算術マニアの春海は算術の問題となると時間を忘れ我を忘れて没頭する。改暦という一大事業は挫折の連続だったが、それでも「好きなことをしている」という喜びが物語の底をずっと流れているのだ。だから原作には悲壮感がない。辛いことや悲しいことがあっても、好きなものの存在が春海を支える。とても幸せな物語なのである。好きなものが支えになる──それはジャニオタならよくわかるよね。
大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。
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